第8話 藤澤の注文書
家に帰り、作りおきしたプリンを食べ、藤澤の注文書に目を落とした。
立ちくらみがする。突然、目の前に私と藤澤雄三が話している画像が表れる。テレビでも見ているかのようだ。
[ 藤澤雄三、38才。娘は清く正しく静かに暮らしている。このランドセルは隣に住ん出た子のもんや。 いつもピンクのワンピースばかり着とったかわいらしい子や。 俺はピンクちゃんと呼んでた。ほんで、あんさん、俺何してるようにみえますか?]
[分かりません]
[ ヤクザや。細かく言えばチンピラ。運転手とか雑用ばかりのチンピラ。でもな、ある時、組長さんの、つまりオヤジに頼まれて、高校生の娘を学校に送ってたわけよ。そんで惚れられて結婚。まあ子ども出来たし許されたわ。
まあ、そんな話どうでもいいか。ピンクちゃんはヤクザの俺を怖がらんと、なついてくるわけよ。顔は不細工やったけどな。かわいい笑顔でおはようってな。いつも俺、刑事に見張られてたわけ。次期、組長になるかもしれんとな。
確かに、チャカあるし、薬売ってたし]
話を聞いている私は唖然としていた。
[あんさん、口開けてると不細工やな。はっはっ。そんで刑事に踏み込まれる少し前にピンクちゃんが知らせてくれたわけよ。おじちゃん逃げなって。俺はとっさに、チャカと薬をピンクのランドセルに突っ込んだ。そんで勝手口から逃げたわ]
この男最低だという目で見ている私。
[ それからピンクは全部返しにきた。おじちゃん、いい人だからこれからも私が守るってね。俺ははじめて反省したね。子供の夢詰めるランドセルにくず入れて逃げるなんて。親にも言わんとピンクは苦しかったやろな]
私は一心不乱に注文書を書いている。
藤澤の顔を夕日が照らした。
[しばらくして、ピンクは引っ越した。その時、置いてったのがこのランドセルや。いつでもおじちゃんの大切なものを隠してねって]
私はここで藤澤の顔を見つめている。遠くを見て寂しそうな顔をしていた。
[だから、とびきりの財布と印鑑入れ作ってや。お願いします] 藤澤が私に向かって丁寧にお辞儀をした。
注文書は誰にでも読める綺麗な字になっていた。夢でも見ていたのだろうか。
けれど、藤澤の夕日に照らされたときの優しい目は覚えていた。
神経を消耗したのだろうか。ふたつめのプリンを食べようとして、立ち上がろうとしたとき、強い眠けに襲われた。
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