第4話 初出勤

 引っ越しも無事に終わった。

 住むように用意されたのは部屋ではなくて、

店の隣にある家だ。六畳、四畳半の畳の部屋と、キッチンとお風呂とトイレつきの平屋だ。

 

 オーナーは店の二階に住んでいる。今までこの平屋にきずかなかったのは、裏にあるからだ。まだ誰も住んでいない感じの新築だ。

 

 私は満足げに初出勤の日を迎えた。

ユニフォームとして与えられていたエプロンをつける。お洒落なカフェの店員のようだ。

 茶色のワンピースの上に黒いエプロン。

なんか変な感じ。生え際のこめかみ辺りの白髪が気になった。久しぶりのワンピースは女だった事を思い出させる。


 髪を1つに束ねる。店に入るためには一度玄関を出て、表にまわり駐車場を通って行く。

 

 店の扉は重たそうな木の扉だ。西洋のお城を小さくしたような建物だ。レンガ造りがレストランを想像させる。誰もリメイクSHOPだと思わないだろう。お金持ちの退職後の道楽のように、看板のない気品ある建物の中で趣味のリメイク作業が行われる。この前までスーパーのレジ打ちに髪を振り乱してきた私にこの店の受付が務まるだろうか?


 変な不安がよぎり、否、米の為とかきけして重たい扉を開けた。

 すぐに高価な革張りのソファと存在感のあるカウンターが目に飛び込んできた。

 [おはようございます]恐る恐る声をかけた。オーナーはすでにソファにゆったりと座り、コーヒーを飲んでいる。

 [どうぞ、こちらにお掛けなさい]

手招きされ、ソファに座る。体か沈みこむ。

 [今日は仕事の説明だけさせてもらおうかな。うちは先に電話で予約するシステムだから、安心してゆっくり覚えて欲しい]


 私は家から持参したメモ帳とペンをエプロンのポケッとから取り出した。

 [メモは取らなくていいですよ。簡単だから。

お客様の要望をこの注文書に書くだけですから。そしてこれが優れもののペンです]


 オーナーはそういうと私の前にA4サイズの用紙と、これまた高そうな万年筆を置く。

 ソファの間には大企業の社長室にありそうな漆塗りのテーブルがある。捨てようか迷っていた家にあるコタツとは大違いだ。

 [この注文書にはお客様の名前、住所、電話番号、リメイクする商品、内容を詳しく書いてください。お客様の話す事を全て書き留めて下さい。話している間は、話をさえぎらずに一字一句正確に書いてください。そしてリメイクのイメージの画像をお客様に見て頂きパソコンからプリントアウトして下さい。注文書と商品、画像写真をこのボックスに入れて、あのカウンターに置いておいて下さいね。壁にプレートがあるの見えますか?左から三日月、半月、満月のプレートです。僕の仕事の進行がどのくらいか、下にお客様の名前のプレートをかけておきます。満月は完成品です。仕上がり次第連絡するようにして下さい]

 

 ずいぶんアナログとデジタルのミックスされた仕事だと思った。

 [全部、打ち込む作業の方が楽ですか?]


 オーナーは私の不満な顔を見破り、笑顔混じりで質問してきた。

 [いいえ、アナログ世代なので、書く方が楽です。ただ、最近、耳が遠いし老眼ですから]

  50過ぎた頃から、顔を蚊に刺されて起きるようになった。モスキート音が聞こえない。

 

 オーナーはそのペンは優れものですからと笑うだけだった。


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