第3話 引越

 このアパートで暮らして10年になる。

 玄関は北向なので冬はかなり寒い。しかし私の願いは洗濯物がカラリと乾けばいいのだ。

取り込むときの太陽に消毒された匂いに癒された10年間を懐かしく思った。

 何より2年前に越してきた下の親子との別れが残念だ。

 [本当はピンクが良かったでしょ]


 下の階に住む母娘が挨拶にみえ、お決まりのタオルを受けとり、ドアを閉めようとした時、

娘が叫んだ。同じ位の年だろうか、髪を1つに束ねた女が叫ぶ。

  [ありがとうございます] 

関わりたくなくて、お礼を大声で言った。


 その次の日からその娘の奇行が始まった。

 [ お前のエンジェル数は5だ‼それに囚われるな] 

 [猫のトイレで用をたすのを誰にも言うな!]  [背中の刺青は上り龍か?] など私の玄関に貼り紙がされるようになった。

 

 パートで疲れて帰ると、貼り紙にいらっとした。全く根拠のない疑問文や質問だ。

 本気で引っ越しを考えた。しかし、万引き犯を捕まえたある日の貼り紙に私の思いが180度変わる。

 [あなたは素晴らしい] [私も目をつけていた] [社会貢献100%] [次は三丁目の木村だ]など毎日労い、予告、推理の言葉が並んだ。

 缶ビールのつまみにもってこいの貼り紙だ。

なぜか本当に貼り紙通り、名指しされた人物がやらかす。あの娘に特殊能力でもあるのではないか? 私は貼り紙をワクワクしながら見るようになっていた。

 

 ここを引っ越したら、スーパーの損失ではないか?そんなことを考えながら、段ボール箱に荷物を詰めた。

 もう万引き犯を捕まえる必要がないんだった。私はため息をつく。

 住み込みの条件付き雇用契約を結んだことを思い出した。

 あきらめよう。アパートは近い。また私の家を見つけて貼り紙してくれる。 一度も話したことのないあの娘に変な期待を抱きながら、引っ越し準備を着々とした。

 

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