第2話 面接
[いつから働けますか?]
鼻の下にヒゲをたくわえた口元がボソボソと呟いた。店のオーナー、青山新吾は太い指でスプーンを持ち、コーヒーカップを回す。
しかも左回しだ。角砂糖をひとつ入れて今度は右に回す。
[いつからでも]
私は面接してもらっている立場なのに、ぶっきらぼうに答えた。先週、スーパーのレジのパートを時々居眠りするという理由でクビになっていた。
53才の正義感の強い私は、万引きを見抜き、捕まえる事が喜びとなっていた。
[みどりさん、マニュアル通りにやってくださいね。もしお客様にお金を払う意志があったらどうするの?店の信用問題ですよ]
よく店長にそう怒られたが、私は一瞬の顔でそれが常習なのか、初犯なのか、お金がなくて本当に困ってやるのかが分かった。
動物的感が働く。本当に困ってやる人は、品物を隠している間、居眠りの振りをして見過ごす。中途半端な正義感の六頭身の私を店長は見限りクビにしたのだ。
[みどりさん、何処か悪いと思うの。一度病院に行った方がいい。その間、岡本さんに代わってもらうから]
店長はえらのはった私より、20代の可愛いスマートな岡本さんをレジに入れたいのだ。
店長の見え見えの魂胆を思い出して、
[明日から、働かせて下さい]といらっとした口調で答える。まずい。
私はオーナーと名乗る青山新吾の顔を恐る恐る見た。
[それはありがたい。時給は1200円です。お客様がお持ち頂いた商品をリメイクする仕事です。あなたには受付をしてもらいます。リフォームじゃないんです。リメイクなんです]
オーナーは履歴書にも目を通さず、悪態の私との雇用契約を結んだ。
私にとってはリフオームでもリメイクでもどちらでも良かった。何より仕事が決まったことに安堵した。
53才の独身女は明日の米の為に働くのだ。結婚歴はない。だから子供もいない。老後の蓄えもしなくてはならない。
リメイクSHOP青山は私の住むアパートから自転車で5分くらいの所にあった。
スーパーとは反対の方向だ。たまたま店に貼ってある求人チラシを見てこれ幸いと電話をかけた。
面接場所はこれまた近くの喫茶店だ。何でも頼んでいいと言われ、チョコレートパフェを御馳走になった。
たとえ採用されなくても食べて損のないものと甘いものに目のない私の浅ましさだ。
[私なんかより、もっと若い人の方がいいと思いますが。受付ですよね。私の見てくれでお客様が来るのかしら?]
好印象を与えるために思ってもないことを言う。強かな私にオーナーはニコリとする。
[お客様の大切な商品を価値あるものにリメイクするんです。その受付をしてもらいますから少し落ち着いた人の方が信頼されるんですよ。
それにうちは住み込みなんです。綺麗で若い子だと困るんです]
オーナーの言葉に驚いた。容姿についてはこの際どうでもいい。住み込みとは一言もチラシに無かったではないか。
[住み込みですか?]
[ええ、今決めました。僕の店の隣に別宅があります。そこに引っ越して来てください]
リメイクSHOP青山の店の駐車場は三台分の狭さだが、花壇があって手入れが行き届いてる事を知っていた。
季節の花がいつもかわいく、美しく咲き誇ってるのだ。パンジー、クリスマスローズ、チューリップなど、色とりどりだった。花が大嫌いな私は毎日の水やりや、植え替えの為に住み込みになるのだろうか。またオーナーの身の回りの世話もあるのか。
なんのために独身でいるのか、頭が混乱してきた。花に媚びる事はとにかく敗北を意味するのだ。
感性のひねくれ具合を悟られないように、オーナーに断ろうとした。
[ 住み込みといっても、僕の世話や、花の水やりはしなくていいですよ]
オーナーは私の不安や不満が聞こえたかのようにロマンスグレーの前髪を整えながら言う。
[もちろん、水道光熱費も頂きません。引っ越しにかかる費用も全部こちらで出しますよ。落ち着くまで午後から店に来てくれたらいいですから。アパートの住人さんとのお別れもあるだろうから]
採用が決まってほっとした。費用もかからないのならありがたい話だ。ギリギリまで寝ていられる。
私は軽く会釈してパフェの底の方にあるコーンフレークをスプーンでつつく。しなやかになったところで食べるのだ。
チョコレートアイスで湿ったかどうか確認していると、オーナーはすでにいなくなっていた。
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