第5話

 その晩、私の夢に出て来たのは槇くんに似た男の人だった。私は彼と目が潰れちゃうくらい綺麗な夕日を浜辺で一緒に眺めていた。浜辺には小さな子供も一人いて、砂の城を作っている。だだっ広い砂浜でミーを探したけれど見つからない。そこで場面は飛んでしまって、今度は知らない家の中だった。柔らかい陽射しが入る綺麗な一軒家。全てが淡く輝いて見える。庭には大きな犬が見えた。ゴールデンレトリバーだろうか。可愛らしいが、私が探しているのは背中にハートマークが付いている猫なのだ。あなたじゃないわ。

 そこで目覚ましの音が鳴った。もぞもぞと動いて時計のアラームを止める。少し動いただけで分かる。体が軽くて頭がすっきりしていた。見たい夢を見る方法の多くは、リラックスして眠りにつくことが出来るよう環境を整える事だったのだ。

「というわけで、猫の夢は見なかったけどいい感じだった」

 私の報告に槇くんは「俺はそんなに変わんなかったなー」と、苦笑いした。

 小春の方を二人で見ると、彼女は勝ち誇った顔で両手にピースサインを作った。

「見ちゃったー」

「すごい!どんなだった?」

 私は心底羨ましくて、小春の腕を掴んでしまった。

「なんかね、毎日通ってる家の前の道路を歩いてたの。白い猫が尻尾をピンって伸ばして。近付いてみたら、黒いハートマークが尻尾の付け根あたりに。なんかふわっとした毛並の可愛い猫ちゃんだったわ」

 やっぱりミーだ。ミーの模様はそこにあった。

「俺らと山本で何が違ったんだろ。昨日実践しようって言った事以外に何かした?」

 槇くんは悔しそうに小春に目をやった。

「特に何も。あ、ちなみにアロマがなかったからお母さんの香水借りて振ってみた」

 小春からはムスクの香りがほのかにした、

「俺は姉ちゃんに借りてアロマたいてみたんだけどな。なんかオレンジっぽい匂いのやつ」

「私はアロマがなかったから、香りがするものは何も置かなかったんだ。私も今晩コロン付けてみようかな」

「あ、この前の誕生日にあげたやつ?」

「そう」

 薄紫の透明な丸い小瓶に入ったそれを安易に使うのは勿体なくて、大切に引き出しにしまってあった。

「俺は香水つけたくないから、ひたすら猫の想像するしかないかなー。香水とアロマの違いっていったら、成分以外で言うならより近くで匂いがすることか」

 槇くんは手を顎について考え込むように雨が滴る校庭の大きな木を見つめた。

「ハンカチとかタオルに匂い垂らしたら?」と小春が言ったけれど「これ以上近くであの匂い嗅ぎたくない」と槇くんは項垂れた。

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