第4話

 槇くんとたくさん話すのは初めてだったけど、こんな下らない事を真剣にやろうなんて面白い人だなって思った。顔は相変わらず怖いけれど、槇くんの声色は安心する。きっとあの大きな手は冷たいに違いない。

 授業中は勿論の事、毎日楽しみにしている美術部にいる時でさえ夜が待ち遠しくて気もそぞろだ。向かいに座る沙月をなんとか時間内にデッサン出来たものの、輪郭が少し崩れて歪んでいる。沙月に見せるにはお粗末過ぎて、こそこそとページを繰って次の被写体である果歩ちゃんに今度は集中して取り掛かった。

「本当に私でいいの?」

 帰り際に沙月にコンクールの絵のモデルになって欲しいとお願いしたところ、難しい顔でそう返してきた。

「高校生最後の大きなコンクールだよ。もっと時間を掛けて題材を探した方がいいよ。勿論、本当に私を描きたいと思ってくれてるならありがたいんだけど」

 沙月とは中学校の美術部から共に過ごし、今年で六年目の付き合いになる。私は大学に入ったら油絵はもう描かないだろうから、最後は沙月がいいと思ったのだ。いや、沙月でいいやと思ったのだ。

「ごめん、もう少し考えてみる」

 沙月は美大に進学するつもりだ。昔からコンクールで賞を何度も獲っているけれど、それは油絵だってデッサンだって一枚一枚の絵に対して真剣に向き合ってきた結果だと私は知っている。

 そんな子に対して失礼な事をした、と顔が熱くなるのを感じた。

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