第15話 貴族たちは南の王都でお茶会をする
グラナード王国北部に広がる荒野にぽつんと建つ一軒家。
その庭先に甲高い女性の声が響きわたる。
「おーっほっほっほ。ミリアちゃん、いらっしゃいまして?」
「……いらっしゃるのです。なーんか嫌な予感がしてお引っ越ししていたのですが」
しばらく間を置いてから、嫌々そうに一人の少女が家から顔を出した。
少女の名はミリア。華奢で小柄な風貌に似合わず、北の魔女として恐れられている存在でもある。整った顔立ちをした可愛らしい少女であるが、今はその顔も台無しである。
そんな北の魔女に対して、高い調子で話しかけているのは恰幅の女性コルネットである。研究と称してたびたび北の谷に入り込んで、ミリアを困らせている存在だ。
だが今日の格好は、僻地に調査に来たような重装備ではなく、身分の高い貴族のような服装をしている。もっとも、本来はその姿が正しいのだが。
「おーっほっほっほ。そんなに警戒しなくても、今日は北の谷に用事はありませんわ。この間お話しした、東部の豪族に嫁いだ友人に会ってきた帰りに、たまたま寄っただけ。これはそのお土産ですわ」
そう言ってコルネットは取り出したのは、茶葉の入った袋だった。
「リスエッポの丘でのみ摘まれた最高級茶葉ですわ」
「まぁ。それではさっそくお茶会の準備をしましょう!」
ミリアが急に顔を輝かせた。
それを見て、コルネットはにやりと意地悪く笑った。
「あら? これは私がもらったお土産ですわよ。ただお見せしただけですわ。これから王都の自宅に戻って優雅にお茶会をする予定ですの。それでは失礼いたしますわ。おーっほっほっほ」
コルネットは高笑いをすると、ぽかんとしてそれから恨めしい顔になったミリアをおいて、近くに停めてある豪華な馬車に乗り込んだ。
☆☆☆
「ということがありましたの。あのときの北の魔女の顔といったら。一本とってやったですわ。おほほほほ」
「……まったく。あなたのその性格、変わらないわね」
グラナード王国の首都カロ。
小高い丘に建てられた城のすぐそばの一等地にある邸宅の庭園からは、王都の町並みが一望できる。
この国では女性でも貴族の身分が保証されており、コルネットはそこに居を構える有力貴族である。
そんな庭園でコルネットは、一人の女性と優雅にお茶をたしなんでいた。
向かいで、苦笑しつつもお茶をじっくり味わっているのは、燃えるような赤毛が特徴の女性だった。
三十を前にして、国家魔法局のトップに就任した若き局長、マヨーネである。
「ま、変わらないといったらあの子の食い意地の張ったところもだけど。この場合は飲み意地って言った方がいいのかしら」
「あら? マヨーネさん、北の魔女をご存じですの?」
「ええ。レディウス王国の学校で同期だったのよ」
そういうコルネットとマヨーネは、お互い貴族同士として子供の頃からのつきあいだ。
つまりマヨーネも有力貴族の生まれであり、まだ若いマヨーネが局長に就任したのも、魔法の実力だけでなく、家柄も買われてのことである。
「知りませんでしたわ。世の中狭いものですわねー」
と感心したように呟いてから、コルネットはがばっと身を乗り出した。
「――って、わたくしたちと同い年でしたら、ミリアさん、いくら何でも若すぎませんことっ?」
机の上のティーセットががたりと揺れる。
「そーなのよね。直接会ったことないから顔見てないんだけど、噂や部下の話だと、学生時代とほとんど変わってないみたいなのよね」
「女の敵ですわね」
コルネットが憤った様子を見せる。
淑女にしてはやや横幅が大きくなってしまったとはいえ、女としての美意識は捨てていない。三十という年齢は、まさにアンチエイジングの真っ盛りである。
「まぁそれはさておき。コルネット、そもそも北の谷って何なのかしら?」
「何ですの。藪から棒に」
「あのね。この間、ミリアに一緒に魔法局で働かない? って誘ってみたんだけど、断られちゃったのよね。まぁ、学校の卒業時の進路も、働きたくないのです、って誘いを全部蹴って、生まれ故郷に戻っちゃったくらいなんだけど」
「あの子らしいですわね」
「そんなだから、王都の魔法局が堅苦しく感じたのかもしれないけど、返ってきた手紙の内容を見ると、どうも北の谷で何かすることがあって、あそこに居続けていないと駄目みたいなのよねー」
「普段はのほほんと暮らしているようですが、北の谷の番人とも、言われていますわね」
コルネットがうなずく。
その番人による、北の谷の調査の妨害を疑って、ミリアに一度手を出したことがあるのだが、それはマヨーネに言うことでもないので黙っていた。
「そう、番人よね。じゃあ、彼女は何を守っているわけ?」
「北の谷の秘密……。あ、それで先ほどの話になるわけですわね」
「そーゆーこと」
マヨーネは椅子に深く腰掛けて、身体の力を抜く。
堅苦しい王宮では立場的にもなかなか出来ない仕草だ。
「もともとこの国は、南は首都、東は隣国との国境境、西は港町って感じで栄えていたけれど、北は荒野と山脈と断崖絶壁の海があるだけだから、軽視される傾向にあったのだけど」
「北の谷に注目していたのは、物好きな研究家か一攫千金を狙う冒険者くらい、ということですわね。わたくしが北の谷に興味を持ったのも単純にグラナード王国の未踏の地が、北の谷くらいだったってことがきっかけでしたわ」
「未踏の地というけれど、城の図書館に保管されている古い地図と戸籍を調べてみたら、北の谷には小さな集落があったことが確認されているわ。もっとも載っているのはその回のみ。次に作成された戸籍や地図からは姿を消しているけど」
「別に珍しいことではなくって? 地方の小さな集落がなくなることなんて良くあることですし、地図も戸籍も、そこまで正確でしたら、わたくしたちのような職業も成立しておりませんわ」
「まぁそーなんだけど」
広大な国の隅々まで、書類で完全に管理などできるわけない。
国の事業として行っていても、王都から遠く離れた地方の戸籍などは、いい加減なものだ。地図も同様である。
「もしその集落が本当に存在していて、今は存在していなかったとしたら、彼女……ミリアはその住民の生き残りかしら?」
「だとしたら、彼女は地図から消えた集落を守っているということですの? それとも、地図から消えるよう隠している、とでも?」
コルネットは見知ったミリアの顔、普段の様子を思い浮かべて、苦笑した。
「とてもそのような悲壮感は見られませんわね」
「はは……そうかも」
マヨーネも同じような表情を浮かべて、テーブルの上のお菓子を手に取る。
そして、それに気づいた。
「ねぇ……これって?」
バスケットに入ったお菓子が無くなって、その下に敷かれた白い紙に特徴的な文字が描かれていた。
『二人きりでお茶会なんてずるいのです』
「これは……魔法で描かれた文字ですわね……」
「ミリアの『メール』ね。この丸っこい文字ですぐ分かるわ」
「……それにしても、よくこのタイミングで送ってきますわね」
遠く離れたところに、文字を移し出す魔法である。
もっとも、移す場所を把握していなければ、出来ないものだ。
「見張られているのかしらね。それとも、あなたが自宅まで戻って、お茶会する時間と場所と相手を読んでいたのか?」
「相変わらず、謎の女ですわね」
コルネットはいたずらっぽく笑った。
「せっかくですので、送り返してやりますわ」
「場所、分かるの? あの子、気まぐれでしょっちゅう移動しているようだけど」
以前送った部下も、結局道に迷って偶然出会えただけだった。
その後、場所を聞いてメールを送ろうとしたが、また移動していた。
「ええ。北の谷周辺の荒野を根城にしているならず者たちがいるので、ときおり情報をもらっているのですわ。物は使いようですわ」
へぇ、と感心するマヨーネをよそに、コルネットは紙を裏返すと、その白紙に文字を描き出した。
『若さの秘密を教えなさい』
その文字を送る。
ちなみに、このメールという魔法をコルネットに教えたのはマヨーネであるが、そのマヨーネもまた、学生時代ミリアに教わったものだ。
しばらくして、文字が浮かび上がった。
『リスエッポのお茶の恨みなのです』
「これは答える気なさそうね」
マヨーネは苦笑する。
懐からメモ用紙を取り出すと、コルネットにミリアの座標を聞いて、メールを送り返した。
『マヨーネよ。今度コルネットと一緒に、おいしい菓子を持って遊びに行くから、待ってなさい』
『楽しみにしています』
急にやり取りに乱入して混乱するかと思ったが、しばらくして問題なく返事が戻ってきた。
コルネットのお茶会の相手として予想していたのかもしれない。
だがそれにしては、これだけの短い返答に、マヨーネはどこか寂しさを感じた。
「気ままに暮らしているわたくしならともかく、多忙なあなたが北の谷まで出向く時間なんてありますの?」
「まぁそうなんだけど、時間くらいはいくらでも作ってみせるわ」
マヨーネは言い切った。
「向こうはどう思っているか知らないけど、少なくともあたしは親友だと思っているんだから」
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