第13話 東の森の魔道士は北の魔女の秘密を探る


 グラナード王国北部に広がる荒野にぽつんと立つ一軒家。

 そこに一台の馬車が止まった。シンプルで見た目は質素だが、実用性に優れた馬車である。


「ミリアちゃーん、遊びに来たよー」


 庭の外から声を掛けたのは、ショートカットの女性、トパングにある商家の娘、アルトリネである。

 今日も別の商売のついでに、ミリアの好きそうな物を持って商売に(遊びに)来たのである。

 だがいつもと違って、ミリアが家から出てくる様子はない。


「あれー、留守なのかな……? 珍しいなぁ。ん、何これ」

 

 アルトリネは庭の敷地内に、ビラが何枚も落ちているのに気づいた。

 風で飛ばされてきたのか、どれも同じことが描かれている。


『ドミナの町のエンスノ商店で大売り出し! 食料品・出来合い物が、驚きの低価格! 本日まで』


「あれ? エンスノ商店で大売り出しの情報なんて聞いてないけどなぁ」

「お嬢様。何者かが来ます」


 アルトリネが首をひねっていると、御者兼護衛のクラフィナが短く忠告してきた。

 示された方向に目をやると、どこに隠れていたのか、裏の垣根を越えるようにして、青髪の青年が姿を現した。


「ふっふっふ。北の魔女め。まんまと引っ掛かったな。さすが俺様。俺様の作戦は完璧だ。北の魔女が留守の隙に、北の魔女の秘密を探ってやる」

「あのー」

「うおぉっ。き、貴様はいったい何者だっ?」


 青髪の青年が驚いた様子で飛びのいた。

 表に馬車も停めてあるのに、気づかないなんて、どこか抜けていそうだ。


「アルトリネだよー。トパングで商人やってるの。んで、ミリアちゃんのところに来たんだけどー。あなたは?」

「ふっ。俺様は東の森の魔道士バルブリードだ。北の魔女には恨みがあって、その秘密を探りに来たのだ!」


 バルブリードはかって、北の魔女の二つ名を持つミリアに挑んで、敗れ去っていた。

 そこで正攻法での戦いは厳しいと感じ、その力の秘密をこっそり探っていたのだ。


「てことは、この広告は、ミリアちゃんを留守にするため、バルちゃんが作った偽物? 嘘だって気づかれたらミリアちゃん、すごく怒るよ? のほほんってしているけど、食い意地は張っているからねー」

「うっ……」


 バルブリードの額に汗が浮かんで流れ落ちる。

 食べ物の恨みが恐ろしいのは、前に対峙したときに、痛いほど思い知らされている。


「ちっ。ならば、知られたからには生かしておけんな」

「……お嬢様。こいつ、馬鹿っぽいですが、実力は確かなようです」

「おいっ。誰が馬鹿っぽいだとっ?」


 間に割って入ったクラフィナの言葉に、バルブリードがツッコミを入れる。

 だがバルブリードもクラフィナも互いに動こうとしない。

 いつもなら問答無用に喜々して叩きのめすクラフィナが警戒しているということは、それなりの魔法使いなのだろう。


「大丈夫だよー。あたしは商人だもん。儲け話じゃなかったら別に関係ないから、ミリアちゃんにも黙っておくよー。それにあたしもミリアちゃんのお宅に興味があるし」


 というわけで、アルトリネはそう答えた。

 冷徹というわけではない。

 あくまで商売と自分の興味のバランスをうまくとって行動しているのだ。その一貫した姿勢がまた、アルトリネを若くして有能な商人にしていた。


「なら、休戦だ。よし、北の魔女が帰ってこないうちに入るぞ」

「うんっ。おっじゃましまーすー」

「鍵も掛かっていないのか……」


 アルトリネが不通に玄関のドアノブをまわして家の中に入る。

 バルブリードががっくり肩を落とす。

 何か警戒されていないのが逆に悔しい。


「……普通の家だな」

「あたしも何度かお邪魔しているけど、見た目はそうなんだよねー」

「おやおや。珍しいねえ。お客さんかい?」


 二人で話しながら奥に進んでいると、廊下の横に無造作に置かれている一抱えほどの大きさの石から声がした。


「……岩が喋るのか?」

「うーん。いくらで売れるかなぁー」

「おやおや。珍しいねえ。お客さんかい?」

「うるさいね」

「ああ。黙らせたいが、口が分からん」


 結局、無視して奥に進む。


「お嬢様。物音がします」


 クラフィナが足を止めた。

 しばらくしてアルトリネの耳にもそれが聞こえた。

 いつもお茶を飲みながら商談(お喋り)するリビングの奥にある部屋からだ。


「魔女の家だ。変な生物くらいいても不思議ではない。まぁこの俺様に任せろ」


 バルブリードが警戒しつつも先に進み、奥の扉を開けた。

 そこはいかにも物置といった感じで、様々な物が置かれていた。

 その誰もいない部屋の中心を、くるくると独りで動き回っているのは――ほうきだった。


「ほっほっほ。これはこれは。客人とは珍しい」

「……ほうき?」

「うむ。ミリア様からは格さんと呼ばれておる。かってはただの樹木だったのじゃが、杖となり、今ではこうしてほうきとして、ハウスキーパーをしておるのじゃ」

「へぇ」


 さっきの石よりは意志疎通が出来そうだ。

 アルトリネは腰をかがめて、ほうきに聞いてみた。


「ねぇねぇ。格さんだっけ? 格さんはミリアちゃんの魔法によってそうなったの? ほかにも面白そうな物、作ってない?」

「いや、わしは北の谷に生えていたときからこうじゃったのぉ。いつからこのようにしゃべって考えられるようになったかは分らぬが。じゃがわしの他にも似たような者が、あの谷にはうじゃうじゃいるぞい」

「……北の谷というのは、そういうものばかりなのか?」

「そういえば、前にミリアちゃんからもらった北の谷のサボテンも喋らなかったけれど、植物学的には何か画期的なことになっているって、学者さんが騒いでいたなぁ」

「……やはり、北の谷に秘密があるのか」

「儲け話の匂いがあるよねー。実はあたしもそこに行きたーいってミリアちゃんに言ったんだけど、危ないのです、って断られちゃって」


 すると突然、クラフィナがどこか慌てた様子で言葉を発した。


「お嬢様。ミリア様がこちらに向かってきているようです。何やら凄まじい殺気がどんどん近づいてきます」


 クラフィナの報告に、バルブリードは顔色を変えた。

 嘘広告がバレたのだろう。

 もしその状態で顔を合わせたら、以前の食べ物の恨みも含めて、何をされるか分からない。


「で、では、俺様はもう帰る! さらばだ!」

「じゃーねー。今度、東の森に寄る機会があったら面白いもの持って行くねー」

「お嬢さまは逃げなくてもよろしいのですか?」


 慌てて家を飛び出して行くバルブリードの後姿をちらりと目にやりながら、珍しくクラフィナが怯えた様子をみせている。

 アルトリネはにこりと笑った。


「何言ってるの? 食べ物の恨み状態のミリアちゃんだったら、持ってきた食べ物を高く交換できるチャンスじゃない」



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