第12話 北の谷の魔女は弟子にお金の怖さを語る


 グラナード王国西北部の都市、ドミナ。

 その下町の一角にある料理屋『カナデ亭』の厨房から、大量の袋を持って、ミリアは出てきた。


「ふぅ。これでしばらくは大丈夫なのです」

「わぁ。先生、ずいぶんたくさん作ったねー」


 満足げな表情を浮かべるミリアを見て、店の片づけをしていたクレラが笑った。


 密封されたそれぞれの袋に入っているのは、今さっきそこの厨房で女主人のヴィオ作ったハンバーグなどを「レ・トルト」したものである。

 袋に入れその中の時間を止めることによって、長期保存を可能とし、再度時間を動かせば、出来たてを食べることができるという、ミリアオリジナルの魔法だ。

 クレラも理論だけは聞いたけれど、とても真似できるようなものではなかった。


「はい。これでしばらくは働かずにぼけーっとしていても美味しいご飯が食べられるのです」

「そういえば、先生ってあまりお金を持たないですよね。どうしてですか?」


 クレラはふと思った疑問を口にした。

 ミリアは基本的に物々交換で暮らしていて、お金を使うことはあまりない。

 ここカナデ亭で食事をとるときも、お金を払うことはない。

 店のストック分のレ・トルトの製造と、一人娘のクレラに魔法の授業をすることで、支払いの代わりにしているのだ。

 働くのは面倒くさいと言うミリアだが、北の谷の魔女という異名があるくらい優れた魔法使いである彼女なら、簡単に一生遊んで暮らせるくらいのお金を稼げそうな気がするが。


「そうですね。それには深ーいわけがあるのです。ちょうどよい機会です。クレラちゃんにも、魔法によるお金の怖さについてお教えしましょう」


 クレラの質問に対し、ミリアは急に真剣な顔つきをして語り出した。

 めずらしく真面目な様子のミリアに、クレラも緊張した面持ちでその話に耳を傾けた。



  ☆☆☆



 グラナード王国から海を挟んだ南側にあるレディウス王国。

 魔法先進国であるレディウス王国には、世界各地の有望な子弟の集まる巨大な学園がある。

 ミリアはかって、国の特待生としてその学園に通っていた。

 これはその時の話である。


「はぁ……美味しいです」

「ミリアって、本当に美味しそうに食べるわよねぇ」

 

 巨大な学園内の多数の生徒にも対応できるよう作られた食堂のホールの一角で、ミリアはつい最近、ひょんなことで知り合った友人のマヨーネとともに昼食を摂っていた。


「はい。今までは美味しくもないピンク色のお肉ばかり食べていましたので」

「……ピンク色?」

「今思うと、果たしてあれをお肉と言っていいのか……謎なのです」

「そうなんだ」


 マヨーネは深く聞かないことにした。

 ミリアの話は変わったものが多い。そのため、そういうものなんだと納得しなければ、対応できないのだ。


「ところで、マヨーネさんのお食事はどうして私といつも違うのでしょう」


 ミリアのお盆には、ライスとフライ、コンソメスープにサラダのセットが乗っていた。これはAセットと呼ばれ、献立は変わっても、基本的な組み合わせはいつも同じである。

 特待生の学生証を見せるともらえるので、いつもミリアの食事はこれである。


 一方マヨーネの皿に載っているのは、フルーツやチョコがちりばめられた菓子パンだ。他にもパスタだったりミリアと同じようなものだったりと、毎日さまざまである。


「ん? ミリアのは特待生のサービスセットでしょ。私はそればかりじゃつまんないから、たまに買っているんだけど」

「買う? どうやってですか」

「普通にあそこのカウンターでお金を出すだけだけど……」

「お金?」

「もしかしてミリア、お金を持ってないの?」

「はい」

 

 ミリアがこくりとうなずいた。

 マヨーネも、いいところの貴族の娘であるため、買い物も自分でしなかったり、してもつけで済ませたりと、現金を使わないことが多い。それでも故郷から離れた地で、一人で暮らすとなると、やはり現金はあった方が良い。

 だが一方で、学園から徒歩圏内の寮で暮らし、食費もかからず、服も制服が支給されているため、贅沢しなければ、現金は必要ないのだ。


「お金って存在していたのですね」

「……は?」


 だがミリアの「持っていない」は、お金を持ち合わせていないではなく、それ以上のものだった。


「いえ、知識としては知っていましたが……この世界にも貨幣システムが成立していたとは、驚きなのです」

「いや、レディウス王国は、グラナードより進んでいるから。ていうかグラナードでも同じお金を使ってるし」

「そうでしたか。私の周りでは物々交換で暮らしていましたので」

「あー。そういう地域もまだあるみたいよねぇ」


 マヨーネは財布から一通りの硬貨を取り出すと、ミリアに見せてそれぞれの種類を説明した。

 ミリアはそれを興味深そうに聞いた後、マヨーネに言った。


「あの、もしよかったら、お金を少し貸してくれませんか?」

「ん、いいよ。なんか頼んでくるの?」

「いえ。これを元にして、お金を作ろうかと思いまして」

「へぇ。ちょっと意外。でも頑張ってみなよ」

「はい」


 マヨーネは多少多めのお金をミリアに手渡した。

 お金には困っていない。ミリアがどういう方法でこれを増やそうとするかは分からないけれど、元手は多い方が良いだろう。

 ギャンブルをするミリアの姿はあまり想像できないけれど、それはそれで興味深い。全額すってしまっても、面白い話が聞けそうだと思った。




 数日後。ミリアから貸したお金が全額返ってきた。


「これ、お返ししますね。私の分はこちらにあるのでもう大丈夫です。ありがとうございました」

「おお。本当に増やしたんだ。すごいじゃん」

「はい。今日はおごりますよ」

「お、それじゃ贅沢に頼んじゃおうかなぁ」


 そのときはスイーツに夢中になって、ミリアがどうやって増やしたのか聞きそびれてしまったマヨーネだが、後になって、それを後悔するのであった。



 さらに数日後。

 マヨーネはミリアと一緒に、普通の生徒は滅多に立ち入ることのない、学園長室に呼ばれていた。さすがに大規模な学園のトップの部屋だけあって、貴族の娘であるマヨーネも感心するような作りに仕上がっている。

 肌の色つやも良く、年より若く見える学園長が重々しく語り出した。


「急に呼び出して悪いね。少々公に出来ないことが起きていてね。我々講師陣や、生徒会が動くと目立ってしまうので、君たち二人に、極秘での調査をお願いしたいのだよ」


 まだ一年だが、いろいろ問題児であり魔法の腕も飛びぬけているミリアとマヨーネは、学園側からも一目置かれる存在になっていた。それでお呼びがかかったのだろう。


「なんですか」

 とりあえずお説教でないことにホッとしたマヨーネは、むしろ恩を売るチャンスだと思って乗り気になって聞いてみた。


「これは他言無用なのだが……実は、わが学園内で、偽造硬貨が使用されているのが確認された」

「……え?」

「学園内の食堂・購買で見つかっている。さすがに多数の学生を捌いているので誰が使用したかは分かっていないが、おそらくわが学園内の生徒の可能性が高い」


 ミリアがぽんと手を打った。

「ああ。それでしたら、わ――」

「分かりました。迅速に見つけて解決させてまいります!」

「お、おお。頼むよ」


 普段問題児のマヨーネのやる気に、若干困惑気味の学園長の視線を浴びながら、マヨーネはミリアの髪の毛を引っ張るようにして、部屋から逃げ出した。



「――痛いのです」

「ミリア、ちょっと聞きたいんだけど」

「はい。なんでしょう」

「私が貸したお金を元手に『作った』って言っていたけど、それってもしかして魔法で……」

「はい。頑張って真似して作ってみました」


 マヨーネは頭を抱えた。

 魔法は、常人が出来ないことを、叶えることができる。

 だがそれゆえに、危険視をされる存在でもある。

 硬貨偽造もその一つだ。それが世界でも有数の魔法学園で見つかったら、大問題になるのは必至だ。


「……はぁ。作るって、てっきりギャンブルか何かで増やしたのだと思っていたけど……」

「マヨーネさん。ギャンブルはいけないと思うのです」

「硬貨偽造の方がもっと悪いわよっ!」


 たっぷりとお説教した後、学園内では危険なので、マヨーネは寮の部屋にミリアを連れて戻ってから、彼女が作った偽造硬貨を全て出させた。


「……なんか、どれもデザインが微妙に異なっているわね」

「細かい意匠が施されていて、まったく同じのは作るのが難しいのです」

「まぁ偽造防止のために、複雑なデザインにしているんだけどね。って逆によくこれで普通に使用できたわね」

「堂々としていれば、意外とばれないものなのです」

「それ悪人のセリフだからっ」

 

 ぽけぽけしているけれど、魔法に関しては万能だと思っていたミリアだが、どうやら不器用のようだ。きっと料理とかも苦手に違いない。


「仮に全く同じデザインで作ったとしても、しっかりとしたところに出せば、すぐにばれるわよ」

「そうなのですか」

「ええ。例えば、硬貨に使われている金貨は、わずかに別の物質も含まれているんだって。もちろんその割合も、どんな物質だかも、絶対に秘密だけど。つまり純金で出来ていたら逆に偽物だって分っちゃうわけ」

「なるほど。奥が深いのですね」


 ミリアが感心した様子でうなずく。

 魔法で硬貨を作ることがどれだけヤバいかは分かっていないみたいだが、そっくりに同じものを作るのが不可能なことは理解したようだ。


「でもそうなりますと、金貨より金の方が価値はあるのでしょうか?」

「まぁ、純金っていう意味ではそうかもしれないわね」

「思いつきました!」

「……なんか、嫌な予感しかしないんだけど」

「うふふ。秘密なのです」



  ☆☆☆



 それからさらに数日後。

 ミリアとマヨーネは、再び学園長に呼ばれた。

 偽造硬貨の件は適当に誤魔化して説明済みである。嘘も混じっているが、実際もう出回ることもないので、実質解決したのは間違いではない、はずである。

 それがバレたのかとマヨーネは警戒していたが、どうやらそうではなく、別件のようだった。


「度々すまないね。偽造硬貨の件を迅速に処理してくれた君たちだからこそ、またお願いしたいことなんだ。やはり表ざたに出来ないから話なのだよ」

「はい。今度はなんですか」

「実は、ここ最近、なぜか急に大量の金塊が市場に出回り始めたのだよ。しかも出所は、わが学園の生徒たちのようなのだ」

「……」

 マヨーネはじとっとした目で隣のミリアを見た。


「何でも、一部の学生寮の前に『ご自由にお持ちください』と書かれて大量の金塊が置かれていたというのだが。それが市場に売られまくったおかげで、金の価値が一気に暴落している。銀行が次々と経営危機に陥っていて、わが学園も同様に他人事ではない。このままだと経営破綻にまで発展する恐れがある」


「ああ。それでしたらこちらの金塊で――」

 マヨーネは問答無用でミリアの頭を叩いた。


「あ、あの。それでだね……」

「は、はいっ。大丈夫です。今回も迅速に解決してきますっ」


 マヨーネは問答無用にミリアを引っ張って、部屋を出た。



「……痛いのです」

「やかましいっ!」


 問い詰めると、やはりその金塊はミリアが魔法で作り出したものだった。

 前回は自分一人でお金を手にしたのが叱られた原因だと勘違いしたみたいで、今度は他の学生も使えるようにと、たくさん作って寮の前に置いたという。マヨーネは別の寮に住んでいたので気づかなかった。

 これだけの金塊が置いてあったらすぐに噂になりそうだけど、やはり怪しさ満載の金塊を売ることに若干の罪悪感があったのか、話が広がるのが遅れ、結局このような事態になってしまったようだ。


 それにしても市場経済を暴落させるほどの金を作り出すとは、規格外の魔力である。

 そこに若干の嫉妬を覚えなくもなかったマヨーネだが、目の前のミリアを見ていると、犯罪者にならなくて良かったと、むしろ思うくらいだ。

 とりあえず、一からミリアに市場経済についてレクチャーする気にもなれなかったので、マヨーネはぴしゃりと言い放った。


「もう、あんたは金に関するものの取り扱い禁止! 学食のスイーツくらいおごってやるから、欲しかったら私に言いなさいっ」

「はいなのですっ」




  ☆☆☆




「という世にも恐ろしい話がありまして、マヨーネさんにたっぷり叱られて以来、私は魔法でお金を取り扱わなくなったのです」

「……」

 

 ちなみに、金のない学生たちはアルバイトに精を出して、資金を得ていたが、ミリアの場合はずっとマヨーネにたかっていたため、労働を経験してこなかった。

 こうして魔法以外はダメ人間が出来上がってしまったのだ。


「でも先生、たまにお金持ってくるよね。それってどうしているんですか?」

「はい。真面目にお仕事することもありますが、たいていは近所に住む、盗賊団の皆さまが、『お納めください!』と持ってきてくれますので」

「……それって、どうなのかなぁ?」




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