第10話 商家の娘は南国フルーツで儲けをたくらむ


 グラナード王国の西北に位置する半島の先端の町、ドミナ。

 その下町の一角にある小さな料理屋カナデ亭は、北の魔女が寄る店として、一部の人間には有名店だった。


 その店に、昼の営業が終わった時間を見計らうように、一人の女性が訪れた。

 ショートカットにすらりとしたパンツ姿からは、出来る女というイメージが思い浮かぶ。


「ねぇねぇ。すいませーん。ちょっといいですかー?」


 けれど見た目に反して口調はくだけた印象のある彼女は、ここから少し離れた西端の都市を中心に商いを行う商家の娘、アルトリネである。

 彼女はちょっとした手荷物を持って店内に入ってくる。

 テーブルを拭いていた店の一人娘、クレラがそれに対応する。


「はい? 今は準備中ですけど」

「ん、食事じゃないから大丈夫。ねぇねぇ、ちょっと。聞いたんだけど、ここにミリアちゃんの発明品があるって、本当? 食事を保存できるってやつ」

「あ、レ・トルトのことですか?」

「そうそう。それ。商売で使いたいんだけど、分けてもらえるかなぁって」

「うーん。あれって先生が一個一個作っている物だからなぁ。商売で使うんでしたら、結局ミリア先生に頼まなくちゃいけないと思うんですけど。でも先生ならきっと『働きたくないのです』って言いそう」

「あはは。ほんと、言いそうー」

「ですよねー」

「うんうん。って、それじゃダメなんだけどねぇ」


 初対面にも関わらず、ミリアをだしにしてすっかり意気投合した二人が笑っていると、背後からごほんと咳払いがあった。


「ギャギャバーに乗っていたらくしゃみをしたので、風邪をひいたのかと思ったのですが、噂話だったのです」

「あ、先生」

「ミリアちゃん、ちょうどいいところに――」

「はい。面倒なことはお断りなのです」

「まぁまぁ、まずはこれを食べてみてよ」


 アルトリネが袋から取り出したのは、手のひらにころんと乗るほどの大きさの黄色く丸い果実だった。


「あらあら、これはルロロパンだね。南国の果物だね。ちょっと待ちな。今切ってあげるから」


 店の女主人のヴィオも顔を見せて、さっそくアルトリネが持ってきた果物を人数分に切りそろえてくれた。

 黄色い皮をむくと、中は白くて、瑞々しい食感である。


「うーん。甘くておいしいのです」

「そうですね。ギャギャバーに乗せて一緒に食べたらもっと美味しいかも」

「……クレラちゃんの料理は色々独特すぎるのです」

「先生には言われたくないかも……」

「ね、これなんだけど。今でもそこそこ美味しいんだけど、この間商談ついでに現地で食べてきたら、もっと美味しかったの! しっかり木になった状態で完熟したルロロパンはほんと、別物」

「あぁ、それ港の果物屋も同じこと言っているわね。足が短い果物だから、どうしても完熟前に船で運んでこなくちゃ腐っちゃうんだってねぇ」

「そうそう。それでミリアちゃんのレ・トルトがあれば完璧だって思ったの」


 アルトリネがずいっと身体を寄せる。

 食いしん坊なミリアならすぐに興味を持ってくれるかと思った。

 けれど、ミリアは渋い顔のままだ。


「レ・トルトは時間を止めるだけですので、結局現地まで行かないといけないので、無理なのです」

「なるほど。じゃあ今日からミリアちゃんは、『北の魔女』改め、『南の島の魔女』で!」

「それはすごく魅力的なのですが……やはりそういうわけにはいかない事情があるのです」

「それじゃあ、ぱっと行って、ぱっと帰ってくる魔法ってないんですか? 瞬間移動ってやつ」


 はいっと手をあげて質問するクレラ。

 ミリアは苦笑しつつも、授業の一環として答えた。


「目に見える範囲でしたら可能ですけど、南の島は遠すぎるのです。それに無機物ならともかく、『人』を移動させるのは大変なのです。器用なマヨーネさんはたまにそれで講義を抜け出していましたけど」

「へぇ。そーなんだ。じゃあいつもミリアちゃんが乗ってる、アレはどうなの? ピンク色の。あれでぴゅーって行けないの?」


 魔法についての詳しい説明は分からないので、適当に聞き流したアルトリネが聞いてくる。

 その質問に、別の意味でクレラも食いつく。


「あ、先生。あたしもギャギャバーに乗ってみたいです!」

「おっ、それじゃ私も~」

「……分かりました。ですが、クレラちゃん、あまり食べないでくださいね」



  ☆☆☆



 しばらくして、ミリアたち三人は、ドミナの町の上空に漂っていた。

 ちょっとした馬車程度の大きさのギャギャバーのため、女三人が乗るくらいなら十分過ぎるほどのスペースはあった。普段は球体だが、座るとちょうどいいくらいにへこんで体を固定してくれる。


「わぁぁ。すごい。うちの近所ってこんな風になってたんですねっ」

「気球には何度か乗ったことあるけど、あれって風に弱いからこの辺りだとあまり実用性がないんだよねー。でもこれは安定してるね。座り心地もいいし」

「はい。ギャギャバーは重力を操って飛んでいますので。どういう仕組みか分からないですけど、私たちの身体も上手く固定してくれているようです」

「重力?」


 アルトリネが聞きなれない言葉に首をかしげる。

 普段は、本体のインパクトが大きくスルーされることが多いため、ミリアも説明し慣れていないので、適当に端折って答える。


「ようは引っ張る力です。物が落っこちるのも下から引っ張られているという考え方です。つまり引っ張る向きを自由に変えることができれば、自由に飛び回れるということなのです」

「じゃあ、南の方に向かって落っこちれば、凄いスピードで移動できるじゃん」

「はい。理論上は。ただし気まぐれなので、私もふわふわ乗っているだけで、そこまで命令はできないのです」

「もぐもぐ……でも、お願いすればやってくれるって言ってますよ。この子」

「……クレラちゃん。また食べてたのですか」


 静かにしていたと思ったら、座っているギャギャバーを食べていたようだ。

 驚いた様子でコルネットが目を見開く。

 

「ええぇっ。これって食べれるの?」

「食べない方が良いです。それよりクレラちゃん、ギャギャバーの声が聞こえるのですか?」

「はい。なんとなく。やっぱり姫だからなのかな……」

「……はい?」


 ミリアがきょとんと首をかしげる。

 クレラも説明のしようがなかったので、そこはスルーしてギャギャバーにお願いしてみた。


「それじゃ、やっちゃって」


 クレラがぽんと手をギャギャバーの上に置いて言った途端――

 視界が、世界が変わった。


「きゃぁぁっぁぁっ!」


 誰の悲鳴だったか。

 ただひたすら落ちていく感覚。

 目に映る景色が凄い勢いで流れていく。

 あっさりと町を抜け、ただっ広い荒野をひたすら突っ切っていく。

 進む先に、大きな都市が見えてきた。


「ぎゃ、きゃぁっ、あ、あれ、王都のカロですよねっっ?」


 その王都もあっさりと抜け、大海原に出る。


「あ、海だ。わぁっ、広い~」

「……気持ち悪いのです……」


 三人を乗せた(くっ付けた)ギャギャバーは、さらに南へと落下していく。


「つ、通常の自由落下だと、空気抵抗の影響で、結局スピードは一定内に収まって、しまうのですが、どんどん加速しているので、通常よりGが掛かっているのだと、思うのです」

「よく分からないけど、凄い。きゃぁぁぁっ」


 猛烈なスピードでグラナードを越え、海を越え、南のレディウス王国も越えて……船で何日もかかるルロロパンの自生する南の島まで、半日足らずで着いてしまった。


 だが――


「おー。アルトリネさん、お久しぶりね。ルココパン? あれ、収穫終わったから、もう無いヨ」



 こうしてミリアたちの自由落下は、ただの徒労となったのであった。





「帰りはゆっくり帰りたいのです」


 ミリアは自分としては当然の主張をしたが、残りの二人は渋い顔をした。


「うーん。商売があるから、今日中には戻りたいんだけどなぁ」

「うん。あたしも明日友達と遊びに行く約束があるから」

「……。私だけ何の予定もない寂しい女みたいなのです」


 というわけで、せっかくの南の島だというのに、バカンスを楽しむことなく何の収穫もなく、さっさとドミナに戻る三人だった。

 


 ちなみに。

 この経験をもとに、アルトリネは絶叫系のアトラクションを開発して大儲けすることになるのだが、それはもう少し先の話である。



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