第6話 天才少女は学生時代の留学先で変な娘と出会う
グラナード王国とは海を隔てた向かいにある、レディウス王国。
世界の南に位置した大陸一体を治める大国であり、魔法先進国家でもある。
その王宮のすぐ近くに、広大な敷地面積を誇る、王国の名を冠した国立の学園があり、そこには世界各国から有能な子弟が集まっていた。
彼らは日々魔法の研鑽につとめ、魔法学の発展に寄与していた。
そんな広大な学校の敷地を、一人の少女が歩いていた。
赤毛のくせっ毛と同じ色の制服は、高等部のものである。
彼女の名は、マヨーネ。
本校きっての優秀な生徒であり、生徒だけでなく講師陣からも一目置かれる人物である一方、問題児としても有名であった。
どこが問題かというと、とにかく講義をさぼるのだ。
「まぁだって、講義受けていても退屈だし」
誰ともなく、マヨーネはつぶやいた。
地元の期待を背負ってこの学園にやってきたが、ひと月もしないうちに、飽きてきた。
世界最高峰なんて言われているから、もっとレベル高いと思っていたのに講義は基礎ばっかりでおもしろくない。
それだったら、教室で講義を聞いているよりも、さぼっているマヨーネを追いかけてくる講師たちから逃げることの方がおもしろい。
講師陣も、いちいちサボっている生徒に構っていられるほど暇ではない。
だが学力が足らなくて脱落する生徒と違って、マヨーネは優秀ゆえに、何とかまじめに授業を受けさせようと、あの手この手と使ってくるのだ。
背の高い植物に囲まれた学園裏の庭園を歩いていると、マヨーネは目の前に、一人の少女が立っていることに気づいた。
背中まで伸びるストレートの黒髪が印象的な少女だった。
自分と同じ制服を身にまとっているので高等部の女子生徒だ。
今の時間は授業中のはず。
にも関わらずこんなところに立っているのは自分と同類か、それとも。
「マヨーネさん、ですね?」
少女が口を開いた。
綺麗な声というのがマヨーネの第一印象だった。
「そうだけど? サムバチ先生の代わりに、あたしを連れ戻しに来たのかしら? ご苦労様」
「ぼけーとしていたら、単位が危なくなったのでその取引なのです」
「って、あんたの自業自得じゃん!」
女子生徒の答えにがくっとしてしまったが、その目的はマヨーネが予想通りのものだった。
「というわけで、おとなしくついてきてくださると嬉しいのですが」
「やだ、と言ったら?」
女子生徒は何も言わなかった。
ただ穏やかに微笑んでいるだけである。彼女曰く、ぼーっとしているのかもしれない。
サムバチ先生の講義に、こんな女子がいただろうか。
受講生も多いし記憶にない。別に受け持っている講義に出ているのかもしれない。
見た目は頼りない子だけれど、魔法は見た目に反映しない。
まぁいずれにしろ、大人しく連れて行かれるつもりはない。
マヨーネはすかさず魔法を構築する。しかも相手にわざと見えるように。
おっとりとした少女の顔色が変わる。
マヨーネが構築したのは、太陽光を利用した火の魔法。それもかなり巨大な規模だ。植物に囲まれたここでそれを放てば、大惨事になるのは目に見えている。
「炎よ!」
マヨーネが叫び、少女が構えた途端。
少女の頭に滝のような大量の水が降り注いだ。
少女は何が起こったか分からないのか、目をぱちくりしてきょとんとしていた。その瞳と整ったまつげから、水が滴る。制服がびっしょりと身体にくっつき、その上からたっぷり水気をふくんだ長い髪の毛がからみついている。
火の魔法をわざと見せて、水を呼び出したのだ。
おそらく炎に対して何らかの対抗魔法を考えていただろう少女は、完全に虚を突かれ、濡れ鼠状態となったのだ。
本来見せるものではない構成をあえて相手に見せるようにして、別の魔法を発動させる。理屈上は可能だが、やろうとすると難しい。
言葉を口にしながら別の文字を描くのが意外と難しいのと同様だ。
優秀なマヨーネのだからこそ出来るものだった。
「ふふふ。綺麗な顔していたから水が似合うかなって。水も滴るなんとか、ってね」
マヨーネは笑って言うと、ぐっしょり濡れた少女を置いて、さっとその場から去っていった。
☆☆☆
正午を回っても、マヨーネは学園内をうろうろしていた。
まじめに講義を受けるのはつまらないけれど、学園自体は嫌いじゃない。寮に戻って籠もっているよりも、たまに気が向いたら講義に出たり、学食でのんびり食事をしたりと、気ままに歩き回っている方が楽しいからだ。
「さてと。午後はどうしようかしら」
中庭のベンチに腰掛けてパンを食べながら、マヨーネは空を見上げた。
雲一つない快晴。まだ帰るのはもったいない気がした。
「それでは、まじめに授業を受けましょう」
「おおぅっ?」
ベンチの背後から声をかけられ、マヨーネは柄にもなく驚いてしまった。
振り向くと、先ほどの少女が先ほどと同じような微笑を浮かべて立っていた。水に濡れた髪と制服はすっかり乾いているようだ。
「サムバチ先生の授業はもうないはずだけど?」
「それは関係なく、リベンジなのです」
「あっそ」
どうやら、水をかけられたことを根に持っているようだ。
どこか達観した見かけによらず、ふつうに人間らしい反応をしている少女に変に感心しつつ、マヨーネはあさっての方向を見て、声を上げた。
「あ」
声と視線はフェイント。
少女がそちらに気を取られた隙に、その頭に水をぶっかけようとする。
だが少女はにこりと、マヨーネを見たまま言った。
「対策はばっちりです」
少女の頭の上に、金だらいが出現した。
あらかじめ準備はしていたのだろうが、一瞬でそれを発生させる技術には、驚かされた。
が。
ゴンっ。
たっぷり水が溜まって重くなったたらいが、少女の頭の上に落っこちた。
明らかに痛そうな音とともに、少女が頭を抱えてうずくまっている。ついでに金だらいからこぼれた水も、盛大にぶっかかっている。
「えーと」
とりあえず、マヨーネはその場から逃げた。
☆☆☆
「またお会いしましたね」
「残念。先に講義は出ちゃったわよ」
マヨーネの言葉に、少女はこの世の終わりのような顔をした。
何となくまた来そうだから、あえて先を越してやったのだ。
マヨーネにしてやったりの笑みが浮かぶ。
「ところで、頭大丈夫?」
「なんか含みがある言い方の気もしますが、たらいの痕はこっそりたんこぶになっているのです」
少女がきれいな黒髪の頭頂部を手でさすった。やっぱり痛かったようだ。
「ところでよくまぁ、この広い学園からあたしを見つけてくるわねぇ」
学生・教職員、売店等の従業員に、清掃整備の人など、合わせれば何千もの人物がうようよしているのだ。
その中から、自由気ままにうろついているマヨーネと三度もはち合わせる可能性は、かなり低いはずだ。
「最初にお会いしたとき、マヨーネさんにこっそりと発信器の魔法をかけましたので。まだ試行錯誤して正確ではないのですが、だいたいの位置は分かるのです」
「うそ、いつの間に? てか、そんな魔法あるんだ」
どんな原理を利用しているのか。初耳だった。
初めて会ったときから、ただ者じゃない感じはしていたが、少女はマヨーネが思っている以上に、優秀のようだ。
「ねぇ……」
「あら?」
興味引かれて魔法のことを聞こうとしたら、少女は身体を別の方向に向けていた。そちらから、ふと焦げ臭いにおいが漂ってきている。
マヨーネも少女と同じ方向に視線を向ける。
少し先の建物から、黒い煙がもくもくと発生していた。
「あっちからみたいね。調理室だっけ? 魚焼いている感じじゃないけど……」
学園には本館の校舎に加え、様々な建物もある。
煙の発生源は、本館に渡り廊下で連結している小さな建物からだった。
「大変です。すぐに参りましょう!」
少女が今日初めて見るような真剣かつ慌てた表情を見せて走り出した。
「一階建てだし、中の人はちゃんと逃げられたと思うけど」
「あそこでは学食に出ている料理の下処理をしているのです。つまりそこが燃えてしまったら――」
「なるほど。そりゃ大変ね」
マヨーネもお世話になっている味だ。
それにしても彼女、見た目によらず食い意地は張っているようだと、マヨーネは妙に感心した。
建物の周りには、たくさんの人が遠巻きに中の様子をうかがっていた。
おそらく外に逃れてきたであろう職員の一人に、マヨーネは話かけた。
「ちょっと、大丈夫? どうなの、これ?」
「あ、は、はい。その、揚げ物用の鍋が倒れて床に油が巻き散らかされて一気に火が……予備の油缶にも引火してしまったみたいで。幸い、巻き込まれた人はいなくて全員逃げられましたが」
被害者はいなくても、このまま燃えていれば建物は全焼。さらに本館へと火が燃え移る可能性もある。
この学園では魔法学を中心に教えているが、それ以外の講義も多数行われている。この学園に通う全ての生徒が魔法を使えるわけではない。
使えても実践に向かない程度、もしくはまったく魔法を使えない生徒も多く在籍している。
今この近くで、火事を消せるほどの魔法を使えるのはマヨーネ以外いないようだ。
「ちょっと退いて!」
マヨーネは声を上げて、周りの人を遠ざけさせる。
そして煙が漏れている窓に向け、魔法で発生させた水を大量に送り込もうとする。
「あっ。だめです!」
少女がなぜかそれを止めようとするが、それより早くマヨーネの魔法が完成し、水を放った。
建物の中の炎が、爆発したかのように膨れ上がった。
強烈な炎が逆流して窓をぶち破り、マヨーネを襲う。
「――――っっ」
突然のことに、マヨーネは悲鳴を上げることもできず、立ち尽くしてしまう。
だがその炎が身を包む寸前、壁に当たったかのように、炎が消えた。
とっさにつぶってしまった目を開けると、例の少女が自分をかばうように立っていた。
「あれは油に引火した油火災です。水をかけると、水と油が反発して、逆効果なのです」
「じゃあどうすればいいのよっ?」
火に水を掛けちゃいけないなんて、聞いたことない。
混乱するマヨーネに対して、少女は事も無げに告げた。
「炎は酸素を使って燃えます。ですので、空気を絶てばいいのです」
少女は右手をすっと伸ばした。
するとその手が向けられている範囲の炎が、すっとろうそくの炎のように消えていく。
どういう原理の魔法を使っているのかはマヨーネには分からなかった。
おそらく彼女の言うとおり「空気を絶っている」のだろう。
「どんな魔法も、この世界の原理を利用しているのは同じです。ですので、どんな知識であれ、あって損はないので、ちゃんと授業に出てみるのも悪くないと思いますよ。基礎は重要ですよ。学園もそれを理解したうえで、新入生向けの講義を組んでいるようですし」
「うっ」
マヨーネは何も言い返せなかった。
確かに少女の言うとおりだと思ったからだ。
「たとえば、水を発生させるにしても、マヨーネさんがしている水分を集める方法より、効率のよい方法もあるのです」
「きゃっ……」
少女が事も無げに言った途端、マヨーネの頭上に大量の水が流れ落ちてきて、あっという間に身体中が濡れ鼠状態になってしまった。
少女がいたずらっぽく笑った。
「今朝の仕返しなのです。火事で消火活動していたら、濡れていても変ではないでしょう」
マヨーネは怒るのも忘れて、毒気を抜かれてしまった。
同時に目の前の少女に興味が惹かれるのを感じていた。
それは、この学園に来てから初めての感覚だった。
「ねぇ。知ってると思うけど、あたしはマヨーネ。ここの高等部の生徒だけど、あなたは?」
「私はミリアです。グラナード王国の北の方から来ました」
少女、ミリアが口にした懐かしい国名を聞いて、マヨーネはさらに興味が惹かれた。
「なんだ、あたしと一緒じゃん」
「あら、そうなのですか」
やはり同郷の者として特別な感情があるのだろうか。
ミリアが今までとは違った笑顔を見せた。
へぇ。こういう顔もできるんだと、マヨーネは思った。
「ま、そんな縁もあるし、これからよろしくね」
「はい」
☆☆☆
「とまぁ、そんなことがあってね。それ以来学校でよくつるんでいたのよねぇ」
「ええっ、局長はミリア様とお知り合いだったのですか。でしたら、お誘いにあのような堅苦しい方法を取らなくても……おかげで凄い苦労したんですけど」
「それはあんたが経費をケチったからでしょ」
不満げに声を上げる部下のセシルに、マヨーネはぴしゃりと言い放った。
「だって仕方ないじゃない。上からの正式な要請だったんだし。それにミリアとは、学校卒業後は、忙しくて音信不通だったんだから」
学生時代よりは短く切りそろえたが、相変わらずくせっ毛が残る赤毛を弄りながら、マヨーネは口を尖らせた。
サボりまくって遊んでいた学生時代ももう昔の話。
今では、国家魔法局の若き局長として毎日忙しい日々を送っている。
どこかの、働きたくない魔女とは対照的である。
「あれ? でも、それでしたら……そのミリア様と局長の年齢が合わないような……」
「……あたしの顔と見比べてくれたのは癪に障るけど」
「い、いえ。そういうわけでは」
「まぁいいわ。噂に聞くと、あの子、見た目は十五六の少女のままって言うじゃない。不老不死の魔法かしら? あの子なら本当に実践しちゃいそうだけれど、そういう欲はないように見えたのよねぇ」
「はっ。もしかして局長は、その永遠の若さの秘密を得るために――」
「だから上からの命令だって言っているでしょ!」
ごんっ。
マヨーネは、部屋の隅に置かれた杖を魔法で動かし、無礼な部下の頭を叩いた。
そして、頭を抱えうずくまっているセシルの横に転がった杖を見て、どこか懐かし気にため息をついた。
「ミリアみたいに金たらいでツッコミたいところなんだけど、あれって結構難しいのよねぇ」
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