第5話 商家の娘はレアな商品を求める


 グラナード王国北部。

 乾燥した大地を、一台の馬車が走り抜けていた。


「……うーん。本当にこっちでいーのかなぁ?」

 馬車に揺られながら、アルトリネはショートカットの髪に付いた砂埃を払った。

 頬杖をつきながら、窓の外の風景を眺める。

 どこまでも広がる土と岩。所々に生えている背の低い草木から、たまに小動物が飛び出てくる。


「私は言われたとおり馬車を進めているだけですが」


 御者台に座って馬を操っているクラフィナが、無感情に答えた。

 無口なたちで、旅のお供には時折物足りなく感じることがある人物だ。

 だが馬車を操る技術と、時折現れる賊や魔物を蹴散らしてくれる戦闘能力は、御者としては十分だった。


「でもねー。実はたまに移動するみたいなんだよねぇ、家が」 

「家が……ですか?」


 さすがのクラフィナも驚いた様子で聞き返してきた。

 前を向いているため、その表情が見えなかったのを残念に思いつつも、珍しく食いついてきたクラフィナの反応に気を良くして、アルトリネは答えた。


「そう。一軒家が丸ごとねー。でも、らしくない? 常識はずれな北の魔女さんの家っぽくってね」


 アルトリネはグラナード王国の最西端に位置する港町トパングに本拠を置く商家の娘である。

 フランクな性格で、その話し方や態度が無礼に見えることもあるが、物を見る目は確かである。問題の性格もむしろ客に気に入られることの方が多く、二十代半ばにして最近では単独での商談も任されるようになってきた。

 そんな中、お得様の一人から紹介されたのが、北の魔女だった。


 アルトリネは水筒の水を一口飲んで馬車の中を見回す。

 高価な宝石から、がらくた、さらには食料品まで、様々なものがあふれている。

 話によると、北の魔女は現金での取引はしない。基本的には物々交換だという。

 果たして北の魔女が何を要求するか。

 いずれの要求にも対応できるよう、いろいろなものを持ってきたのだ。

 

「お嬢様」

 クラフィナが前を向きながら、短く口にした。


「賊です」 

「クラフィナに任せるよー」


 荒野を馬車一つで旅していたら、当然こういう事態に出くわす。

 だからこそクラフィナを連れてきているのである。


「御意。光栄です」

 表情も口調もいつも通りなのだが、実は喜んでいることがコルネットには分かっていた。

 このところ魔物にも出会っていなかったから、暴れ足りないのだろう。


「おい、そこの馬車止まれ。良さげな物の匂いがぷんぷんするぜ」


 クラフィナの言葉通り、馬に乗った盗賊たちが次から次へと集まってきて、行く手をふさぐ。

 馬を止めたクラフィナが脇に置いてある剣を手にしながら、小さな舌打ちをする。その音がアルトリネの耳にも届く。


 賊の数は思ったより多いようで、馬車の後ろにも多数姿を見せている。

 十人くらいなら平気で立ち回れるクラフィナだが、そうなるとさすがに馬車から離れなくてはならず、アルトリネが無防備になる。

 そんなジレンマからクラフィナは馬車から動けないでいた。


 さてどうしたものかなーっと、さほど緊張感なくアルトリネが考えを巡らしていると、不意に雲ひとつない空が急に影が差した。


 盗賊たちがざわめき始めた。

 コルネットが馬車の天窓から空を見る。


 なぜかピンク色の球体が、ふわふわと上空を舞っていた。


 そのピンク色の物体から、ひょこっと可愛らしい少女が顔を出すと、盗賊たちの動揺がさらに広がった。


「げぇっ。き、北の魔女っ。なぜここにっ?」

「はい。最近この近くに引っ越してきたのです」

「し、失礼しました。おい、すぐに帰るぞ!アジトの引っ越しだっ」


 場慣れしたコルネットも呆気にとられるほど、文字通り、蜘蛛の子を散らすかのように、盗賊たちは去って行った。


 砂煙がいまだ収まらないうちに、ピンク色の球体がゆっくりと地面に迫る。

 そこから、ひょいと少女が飛び降りてきた。長い髪の毛とスカートがふわりと揺れる。


「……あれが北の魔女」

「うん。そうみたいだねー。あたしも初めて見たけど」

 クラフィナが珍しく、どこか感心した様子で呟いている。


 北の魔女ミリア。実年齢は不明。自称20歳だが、見た目はどう見ても十代半ばの小娘。だが浮世離れした話し方や性格からは、もっと年上にも感じられるという。そもそも北の魔女の噂は、十年以上前から実しやかに伝わっている。

 世間から北の魔女と呼ばれ、秘境である北の谷を守る番人とも言われているが、真相は不明だ。


 噂で聞いていた容姿通り。盗賊たちの慌て方からしても本物だろう。


「こんなところまでどうなさいました? 迷われたのなら、町までご案内しましょうか」


 北の魔女のふたつ名に相応しくなく、けれどその容姿にはぴったりな可愛らしい声を発するミリアに対して、アルトリネはとびっきりの笑顔を向けて答えた。


「ううん。北の魔女さんに用があったの。商売人として」



  ☆☆☆



 ミリアはアルトリネの提案を快く承諾し、「それでは家にまいりましょう」ということで、彼女の家まで向かうことになった。

 ぷかぷかと上空を浮かぶピンク色の物体を追いかけながら荒野を進む。


「あのピンク色のって、魔女さんの使い魔か何かなのかなぁ? 仮に量産化できたとしたら……うーん。需要あるかなぁ?」


 なんてことを考えているうちに、しばらくして、久しぶりに目にする人工的な建物が見えてきた。

 モダンな街並みに似合いそうな、庭付きの一軒家だ。家自体は珍しい造りではない。もっとも、荒野にぽつんと立っている様子は異常であるが。


「さぁさぁ、どうぞ」

「おじゃましまーす」


 北の魔女ミリアは、アルトリネを友好的に家へと招き入れてくれた。

 アルトリネは遠慮なく、興味深くあたりを見回す。

 魔女の家というと、物語の中では怪しげな実験器具や大きな釜がお約束だが、それらは見当たらない。

 だが一方で、見たことのない物も無造作に転がっていた。


「ご商売に来たということですが」

 お茶を飲んで一通りたわいもない話をしたのち、ミリアから切り出してきた。


「うん。そだよー。早速だけど、これなんてどう? 欲しい感じ?」


 家に上がる際、馬車の中から売り物になりそうな物をバックにたくさんつめて持ってきた。

 まずアルトリネが取り出したのは、蛙の干物、ヤモリの干物などなど、いかにも魔女が使う魔法の材料になりそうなイメージの物だった。


 けれど、ミリアは首を横に振った。


「あまり美味しそうではないのでいらないのです」

「え、食べるの?」


 怪しげな魔女っぽい実験媒体として持ってきたのに、ミリアは興味なさそうだ。

 もっとも実際の魔法にこのような媒体は必要ないことぐらいアルトリネも知っている。

 けれど北の魔女と言われているくらいなので、必要かなと持ってきたのだ。


「あのー。ってことは、大きな最新の釜も馬車に持ってきたんだけど、いらない感じ?」

「大きな釜が必要になるほど食いしん坊ではないのです」


 ミリアは少し憤慨した様子だった。


「いや。だから食事のつもりで持ってきたんじゃないんだけどー。あ、もしかして、ミリアちゃんって、食べ物が欲しい感じ?」

「はい。ただし、食いしん坊ではないのです」


 即答したミリアの様子からすると、あまり説得力なかった。

 というわけでアルトリネはクラフィナに命じて、馬車の中から食べられそうなものを持ってこさせた。

 馬車旅だから痛みやすいものは置いていないけれど、長期保存が可能な根菜系の野菜、それに乾物なら多少あった。もちろん自分たちの食料はちゃんと残してあり、それ以外の物である。


「美味しそうな人参さんにジャガイモさんですねぇ」

「ただのどこにでもある野菜だけど、こんなんでいいの?」

「魔法で食べ物を作るのは難しいので助かるのです」

「へぇぇ」


 まぁこんな荒野じゃ食べ物ないかなと、アルトリネは納得した。


「それでは、こちらのお野菜をいただける代わりに、これを差し上げましょう」


 ミリアはすっと立ち上がると、壁際に向かった。

 来た、とアルトリネは身構えた。

 北の魔女との取引は、基本的に物々交換。その物品は北の魔女の名にふさわしく、価値のあるマジックアイテムであることが多い、という。


 だがミリアが両手に抱えて持ってきたのは。


「サボテン、だよね……」

「はい。茶色いサボテンなのです。とても珍しいのです」

「できれば別のものがいいかなぁって……」

「では。こちらの赤茶色いサボテンもセットでお付けいたします」

「どうも……」


 今回は失敗のようだ、とアルトリネは素早く判断した。

 あまり強引に釣り上げてミリアの機嫌を損ねるのは避けたかった。


 それに、ただの野菜や食料と引き替えなら、そんなものだろう。今度来るときは、有名店のお菓子を持ってくることにしよう。

 というわけで、アルトリネは仕方なく妥協して、サボテンセットを受けとった。



  ☆☆☆



「お疲れさまでした」

 ミリアの家が見えなくなった頃、馬を操りながら珍しくクラフィナから話しかけてきた。


「どーも。クラフィナもお疲れー。町に戻るまであとちょっとお願いね」

「は。それにしても、北の魔女、ただ者ではありませんでしたね」

「まぁ確かに、面白い人だったねぇ」

「はい。隙あらば斬ろうとしていたのですが、隙がありませんでした」

「いやいや、斬っちゃダメだよぉっ」


 相変わらず物騒な従者である。

 だがミリアに対する評価は意外だった。

 アルトリネには、ぽわぽわで隙だらけにしか見えなかったけれど、クラフィナには何かを感じ取ったのだろう。


「家の外で待機していても何かに見張られているようでした。おそらく庭に監視するものがあるのかと」

「へぇ。そんなのもあるんだー」


 アルトリネは感心しながら馬車の天井を眺めた。

 盗賊のおびえ方やクラフィナの言葉からすれば、危険な人物なのかもしれない。けれど、アルトリネから見れば、話しやすい面白い人だった。

 商売に問題なければ、また遊びに来たいと思った。


「じゃ今度来るときは、それと物々交換できるよう頑張ってみよっかな」




 ちなみに――

 ミリアからもらったサボテンは、北の谷研究用に専門家に引き取られ、それなりのお金になったとかなっていないとか。




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