総力戦
お凜は本当に容赦がなかった。
うちのおばあちゃんって、こういう人だったのか――と、びくつきながら起き上がろうとして、もう一度尻もち。
お凛が竜と戦っていたのは、千住の街の大通りだ。道の向こう側から、勢いよく駆けてくる影がある。砲弾を探しにいった赤門衆が戻ってきたのかと思ったけれど、違った。動き方が全然違うのだ。シュンッ、シュンッと、道を左右に飛ぶ影のように、時々瞬間移動でもしているんじゃないかという素早さで、お凛のもとへとやってくる。
まるで忍者――と、目を凝らしていたら、忍者だった。
真っ黒い覆面をつけた男たちが戦隊ヒーローのように隊列を組んで、シュンッ、シュンッ、と屋根の上に飛び上がり、構えの姿勢をとって、宙に舞う。
「加勢にきたぞ」
屋根の上でチャンバラをする侍たちに交じって、忍者も黒い竜へと手裏剣やくないや煙弾、飛び道具を放った。
「かたじけない」
お凜は屋根の上で戦い始めた忍者たちに、勢いよく
「お凜さん、あれ、忍者――」
不思議なお江戸の世界だと思ってたけど、これはさすがに「なんでもあり」過ぎるんじゃ――。
呆然と口をあけたおれに、お凜はまた「ブツブツうるさいね」と言った。
「手段を選んでる場合じゃないんだ。あたいはあの竜を追い払いたいんだよ。そのためなら、なんだってする。大砲があるなりゃ撃ちゃあいいし、忍者がいるなら助けを請やあいいんだ」
お凛も、
「あの竜を追い払え! これ以上、街で勝手をさせるな! もう一口たりとも街をかじらせるんじゃないよ! 街も人も、これっぽっちだって渡すもんか!」
叫びながら、お凛も駆けだしていく。竜の足元ぎりぎりで真上を向いて、弓を引いた。
「姉御、砲弾をもってきましたよ!」
大八車と一緒に走ってきた赤門衆の男が、大砲のそばに戻っていた。
やがて「撃て」という掛け声とともに、もう一度轟音が響きはじめる。
おれは耳をふさぎながら後ずさりをして、戦いの様子を眺めるしかできなかった。
お江戸の街で唸り続ける砲弾の音。
屋根の上を駆け巡る侍と、忍者。
女ながらに大弓を抱えて、矢を射続けるお凛。
そして、遠巻きに腕を振り上げて、勇敢な戦い手を応援する街の人たち。
みんなは、街を守ろうとしていた。これ以上黒い竜に食わせまいと――。
つまり、おばあちゃんだ。おばあちゃんは、記憶を守ろうと戦っていた。
時代も、人も、架空の人も、現実にいるかもしれない人も、大砲に忍者に、ありそうなものも、ありえなさそうなものも、めっちゃくちゃになって入りまじっている。
でも、お凛に今たずねたとしても、返ってくる答えはすぐに浮かんだ。
『そんなことに構ってられるか! ブツブツうるさいね!』
きっと、そんなふうにいって怒るはずだ。
おばあちゃんは、本気なんだもん。どうしても竜を追い払いたいんだ。おばあちゃんは、自分の記憶を守っているんだ。
「うわああ!」
おれは、知らないうちに叫んでいた。それから、地面にころがっていた石を掴んで、力いっぱいふりかぶった。
知らないうちに泣いていて、泣きながら、黒い竜に投げつけた。
「早く去れ、去れ! おばあちゃんがこんなに頑張ってるんだ、去れ!」
夢中で石を探しては、投げ続けた。
でも、竜は強かった。
稲妻のような音が鳴って、空の上で一本の棒になるような背伸びをした。その後のことだ。力を取り戻したように、ぐわっと口を開けた。その口で、街の端っこに食らいついた。
ケーキを食べた時みたいな歯型を残して、家を数軒食べて、去っていった。
竜は追い払った。
でも、倒せなかったし、また街は食べられた。
お凛が、とうとう泣いた。
「また街を失った」
ほろりと涙をこぼしたお凜は、その後、泣き喚いた。地べたにしゃがみ込んで、わんわんと泣いた。
「大砲も効かないのかい。これ以上、どうすればいいんだい。次にあいつが来たら、もう一回同じ真似をしても食べられちまうのかい。あたいにはこの街が守れないのかい――悔しいよ、悔しいよ」
おばあちゃんにとっては、この街は記憶だ。
おれも、もらい泣きをした。
これだけ戦っているって、知らなかったから。現実の世界では、たんに病気にかかって、おれのことや、お母さんのことや、いろんなことをだんだん忘れていっているとばかり思っていたから。
「お凛」
そばに戻っていた蔵がそっとお凛の背中に手を添えて、立ち上がるのを手伝った。
お凜はすぐに、涙を手のひらでぬぐった。
「いやだよ、恥ずかしい」
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