無口な蔵さん
お凛と一緒に、赤い着物を羽織って竜退治をしていた赤門衆の一人で、その中でも一番強かった人だ。
忍者みたいに素早く街を駆けて、塀の上から屋根の上へとひょいっひょいっと飛び上がって、竜に向かってアクションスターかアニメのキャラクターのように飛び上がり、刀で斬りつけていた人。
(
蔵は、お凛と同じくらいの年で、夕方になって、どこからともなくふらりと戻ってくると、
道中、おれと蔵は、一言もしゃべらなかった。蔵は、とても無口な人だった。
街灯もない暗い道を、蔵が手にした行灯の光を頼りに風呂屋にいって、薄暗い灯かりのなかで服を脱いで、サウナみたいに蒸し蒸しした洗い場で身体をこすって、湯舟につかって――。
蔵は、時々おれのほうを向いて、身体をこする道具の使い方に困っていたりすると、どこからともなくスッと手を出して助けてくれた。でも、にこりともしない。風呂から上がって、服を着ているあいだも、一言も喋らない。
風呂屋を出て、通りに吹く夜風がふっと二人のあいだを通り抜けた時、一度だけ声をかけてきた。
「慧、すっきりしたか」
「あ、はい」
「なら、いい」
でも、無言がつまらないとは思わなかった。
なにしろその人は、黒い竜に真正面から立ち向かっていって、刀を見事に操って、お凛と一緒に竜を退治してくれた英雄だ。
かっこいい人だなぁと覚えていたし、吉太のように明るくしゃべりかけてくれなくても、そばを歩いているだけで優しい人だとわかった。
おれが道を間違えそうになると、正しい方向にスッと指をさしてくれるし、行き過ぎてしまったおれが戻ってくるまで、いやな顔ひとつせずに足をとめて待っていてくれる。
口数はすくなくても、頼もしさが伝わってくる人だった。
「下駄がないじゃないか。帯すらない。これでどうやって着るんだい」
たしかに、古着屋に出かけたものの、帯を買うのを忘れてきた。着物は帯で留めて着るから、たしかに着物だけがあっても、これじゃあ着られない。
「まったく、あいつはいつもいつも、詰めが甘いんだから。――せっかくだ。
「両国」へ向かうことになったのは、お凛と、
「両国だよ。なにを着ていこうかねぇ」
支度をするあいだ、お凛は浮かれて見えたけれど、おれは「両国」を知らないのでピンとこない。
両国? どこかで聞いたことがあるんだけど――。しばらく考えて、やっと思い出した。
「相撲のテレビ中継をやってるところだ!」
北千住にあったおばあちゃんの店にはテレビが据えてあって、よく相撲の試合中継が放映されていた。
子どものころ、おれは相撲の番組が心底つまらなくて、「チャンネル変えてよ」と頼んでいた。「あら、慧くんはお相撲さんがきらい?」と、やんわり却下されたけど。
相撲は、お店の常連さんたちには人気で、テレビの中で力士がぶつかり合うごとに、夢中で「あっ」と声を上げていたっけ。
おれには相撲のなにが面白いのかがわからなくて、外に出たけれど。
ふてくされて店の外で石を蹴っていると、おじいちゃんが出てきて、百円玉を二枚くれた。
「ジュース。あそこに、自動販売機があるから。好きなもの」
おじいちゃんは、言葉をぽろぽろとこぼすような喋り方をした。
この世界で一番明るくしゃべる人はこの人じゃないかって信じていたくらい、おばあちゃんはよくしゃべる人だったので、おばあちゃんとくらべてしまうと、おじいちゃんはとても無口だった。
そうそう。店からすこし歩いたところ、店からも見える場所に、自動販売機があったんだよね。
あれはたしか、父さんと母さんが結婚式に出かける用事があって、おれが一人でおばあちゃんの家に預けられた日だった。
たかが自動販売機だけど、小さかったから、お金をもらって一人で買い物にいくのにドキドキしていたのを、いまでもなんとなく覚えている。背伸びをしてコインを入れて、好きなジュースをじっくり選んで、ボタンを押して、ジュースとお釣りをとって、手に入れたヒンヤリ冷たいジュースが宝物みたいで、嬉しくなって――。ジュースをかかえて店に戻ろうと振り返ると、おじいちゃんが店の前にじっと立って、笑っていた。おじいちゃんは、おれが無事に自動販売機を使えるかって、ずっとそこで見ていたんだ。
そういえば、あの自動販売機は、病院の前にあったっけ。
病院の名前はたしか、「北千住
最近、その名前の病院を見た気がするけど――あれ?
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