第七幕 ルーンの初体験

 月島えりの護衛、そして彼女を狙って現れる“奴ら”に対し迅速に対応するため、ルーン・セスト・ドゥニエは月島の通う高校にやってきた。

 あくまでも「任務」で高校に転校生としてやってきたルーン。できれば余計な波風をたてず、そして目立たず学園生活を送りたいと考えていた。

 だがそんなことはほぼ不可能だろうとも思っていた。いや、むしろ諦めにも近かった。

 そう、如何せんルーンと月島は大変容姿が似通っている。強いて違いを見つけるとしたら、それは目元の微妙な差異、くらいではないか、というほどによく似ていた。


 なので、ルーンにとっては休み時間などに同じクラスの同級生たちから囲まれるであろう、というのは想定の範囲内であった。しかし……。


「思っていたのと違うな……」

「ルーンちゃん、何か言った?」

「ん? いや、もっとこう、同じ学級の生徒たちに囲まれて、対応に苦慮するという想定をしていたんだが……的が外れたか……」

 真剣な顔で顎に手を当て考え込み始める「転校生」ルーンの姿に、月島はつい吹き出し笑いしてしまった。

「残念だったね、転校生さん」

「む、人を小馬鹿にするな」

「ごめん、ごめん。でも意外だな。ルーンちゃんって、ミーハーだったんだね」

「みぃ……なんだ?」

「え、ううん。なんでもない」

 話をはぐらかす月島と、その態度に小首をかしげるルーン。そこへ、由依、瀬里、そして陽愛のいつもの仲良し3人組が現れた。

「やっほー。お邪魔するよ」

「初めまして、ルーンさん」

「初めまして」

 3人は二人の間に割って入りながら、それぞれルーンに挨拶をした。

「それにしても、ほんと似てますね」

「あぁ、自分でも驚くほどだ」

「やっぱり、自分たちでもそう思うんですね」

「ちょっと、瀬里も由依も、ルーンちゃんは同い年だよ? ため口で大丈夫だよ」

「わかってはいるんだけど……」

 瀬里たちが苦笑いを浮かべながら頬をかいた。そんな彼女たちの様子を見ていた陽愛がポンッと小さく胸の前で両手を合わせた。

「そうだ、もっとルーンさんと仲良くなるために、放課後、デザート食べに行かない?」

 陽愛の突然の提案に、4人は一瞬目を点にした。そもそもルーンはカタカナ語に弱く、「デザート」というものがどういう意味なのか、何を指すのか自体理解できなかった、というのもあるのだが……。

「……あぁ、それいいかも」

「いや、ていうか、陽愛がデザート食べに行きたいっていうのが大きいでしょ?」

 月島や由依が思わず納得する中、瀬里が笑いながら突っ込みを入れた。陽愛が照れ笑いを浮かべる間も表情が固まっていたルーンが、にわかに口を開いた。

「てへへ、バレたか」

「……すまない、ところで『デザート』とはなんだ?」

「え、えぇっ? 嘘でしょ、ルーンちゃん」

「ねぇ、えり。まさか、ルーンさんって名前凄く外国人なのに、カタカナ駄目なの?」

 瀬里に驚かれた月島は、内心、カタカナの名前の人でカタカナ語がわからないということへの衝撃は、彼女自身に対しても偏見ではないかと思ったが、それでも流石に今のルーンの発言は彼女たちにとって信じられなかった。

「や、やだなぁルーンちゃん。お菓子とかの甘味のことだよ」

「あぁ、甘味のことか。なるほど、合点した」

 慌てる月島、軽く引いている瀬里たち三人。それらとは対照的に飄々とした態度で頷くルーン。この光景は一生忘れないだろうと思う月島であった。


 その日の放課後、早速月島たち四人は、ルーンを引き連れて西洋菓子店へ赴いた。

「今日はここ、モンブランケーキ専門店!」

「陽愛が前に気になるって言ってたところだね」

「そうそう、いつもこの前を通るたびにいい匂いだなぁって思ってたんだよねぇ」

「さて、ルーンちゃん。『モンブランケーキ』ってどんなものかわかる?」

「も、もん……? いや。月島、意地悪はなしに、教えてくれ」

「えりちゃん、素直に教えてあげて」

「うん……、これは、『栗の洋菓子』ってところかな」

「へぇ、栗を使った洋菓子……それは気になる」

「でしょ? ほらほら、早速入ろ?」

 食べ物のことになると積極的になる陽愛に背中を押され、ルーンは何故か先頭に立つ形となって入店した。


 それぞれモンブランを選び席に着く。

「いろんな色や種類があるんだな」

「うん、だねぇ」

「いただきまぁーす」

 瀬里は抹茶を使ったモンブラン、由依は黄色いモンブラン、陽愛は迷った末に、ルーンと同じく、王道の一般的なモンブランを選択。えりは変わり種のロールケーキ風モンブランを選んだ。

「ルーンちゃん、食べてみた感想は?」

「思っていたよりも甘すぎなくて、実に美味しい。向こうの世界では食べたことがない」

「え、向こうの世界?」

 由依が聞き逃さないとばかりに疑問を投げかけると、えりは慌てて訂正に入った。

「あ、いや、向こうの生家、だよねルーンちゃん。実家だと親が厳しくて甘いものそんなに食べなかったんだよね?」

「ん? あ、あぁ……」

「へぇ、そうだったんだ」

 ルーンは目で「すまない」とメッセージを送ると、えりからは「まったく」と不満を漏らすような表情が返ってきた。月島とルーンは、他の三人が素直に信じてくれてよかったと思った。

「大丈夫、ルーンさん。これからは私たちと一緒に甘いもの沢山食べようね!」

「いやいや、少なくとも陽愛はもう少し節制しようよ」

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光芒のインタリュード〈幕間劇〉 昧槻 直樹 @n_maizuki

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