最終話 告白
「なんでオレが日誌とお前のカバンを持つんだよ」
「はぁ~? じゃんけんに負けたのは孝坊でしょ? 自分から言っといて男らしくないわねぇ~」
僕と愛ちゃんはなんだかんだと、上沢君と植村さんといっしょに職員室まで付き合ってしまった。
ちなみに上沢君の下の名前は《
「長田君ありがとな。俺たちこっちのバス停だから」
「井筒さん、さようなら」
「「さ、さようなら」」
あっけにとられたまま、僕と愛ちゃんはあいさつまでシンクロしてしまった。
始業式で上級生がいる為か、バス停には十人以上並んでいた。何となく僕が先に、その後ろを愛ちゃんが立つ。
愛ちゃんは虹音クミちゃんを聴くわけでもなく、固まっているかのように無言だった。
そんな愛ちゃんに声をかけられなかった。朝のように虹音クミちゃんの話題で盛り上がるわけでも、昨日みたいに部活動のことについても……。
本物の幼なじみを見てしまった僕と愛ちゃん。うまく言えないけど、”幼なじみごっこ”をしていた自分に
バスに乗ると座れるとこはなく、道路側の吊革につかまり、その横に愛ちゃんが微妙に距離を空けて立った。
バス停に止まる度、一人、二人と降りてゆき、やがて空席もできはじめるが僕たちは座らなかった。朝に座った、後部座席の一つ前の二人席にも……。
『次は~○○~○○~です。お降りの方は~』
僕たちが降りるバス停に、”ピッ!”っと誰かがボタンを押した。
停留所に着くと僕が先に降りた。さすがに帰りの挨拶だけはと愛ちゃんに振り向くと
「……ありがとう”長田君”。私に付き合ってくれて」
淡く微笑む愛ちゃんの顔に、どう答えていいかわからなかった。
やっぱり、幼なじみごっこする自分に冷めちゃったのだろうか?
「ど、どうしたの?」
その次に、”愛ちゃん?”とも”井筒さん?”とも続けることができなかった。
「私ね、引っ込み
井筒さんは通行人が横を通る天下の往来で、たどたどしくも一生懸命話していた。
「だ、だから、昨日初めて会った、話しかけてくれた男子に、いきなり『幼なじみ』だなんて、変なことに付き合わせちゃって、長田君も迷惑だよね、こんなことさせる女子なんて、な、なんか利用したみたいで……ごめんなさ……」
ちがぁぁぁう! 井筒さんは幼なじみだぁ! 誰がなんと言おうと幼なじみだぁ!
これ以上、お前は幼なじみに恥をかかせるつもりかぁ!
『変じゃない!』
「え?」
自分としては大きな声で話したつもりだけど、交通量の多いバス通りだから、驚かせたりせず普通に聞こえたと思う
『迷惑じゃない!』
「あ、えっと」
『幼なじみでいいじゃないかぁ!』
「……えぇ?」
気の抜けた声。もう、変人変態に見られてもかまわない!
『僕だってぇ、幼なじみの女の子にあこがれていたんだぁ!』
ここからなにを話したのかあまり覚えていない。小さい頃から親戚はみんな男ばかりで、気軽に漫画やゲームをして遊ぶ女の子の幼なじみが欲しかったこと。
好きな漫画やラノベは、幼なじみが出てくるものだと。
題名と一緒に、作中に出てくる幼なじみキャラを軽く十は口に出したこと。
「……」
井筒さんはドン引きして逃げ出してもおかしくないのに、声を出さずじっと僕を見つめている。
おそらく金縛りにあったんだろうな~と、魂の隅に追いやられた僕の正気はそう思っていた。
『だ、だから、だから……』
僕は鼻息荒くしながら、大きく息を吸った。
『僕のおしゃななじみになって下さい! おながいします!』
噛んだのではない。お辞儀しながらだから、そう聞こえたのだろう。
……やっちまった。これ、告白だよ。
えっと、なんの告白だ?
「あの……長田君?」
ちょっと引きつった笑いと”どうしたらいいんだろう動揺”がミックスジュースされた女子の声が、僕の後頭部にぶっかけられた。
『あら、
僕と井筒さんの絶対領域に侵入してきたおばさんの声。お辞儀をしながら、決して井筒さんの絶対領域のことを考えていた訳じゃないぞ。
「お母さん!」
”なにぃ!”
慌てて頭を上げると、そこには!
『なんだ成実君じゃない。早速ウチの娘の友達になってくれたのかい?』
近所のスーパーの袋を
ちょっと……ええっ?
”むすめぇ~~!”
よかった。魂の叫びに
「お、お母さん、なる、長田……くん知ってるの?」
「あら、知らなかったの。オサダさん所の息子さんの成実君」
「オサダ……って、”小佐田さん”じゃ?」
「そっちは別のオサダさん。ほら、私の幼なじみの方の長田さんよ」
「ええっ!」
井筒さんは、大きく開いた口に両手を押さえて驚いた。
い、いや、僕の方の疑問も解決して欲しいんだけど……。
「えっと、ミキさんって、”三木”って性じゃないんですか?」
「あら、私は井筒
「え? 父さんもミキって言ってたから、てっきりミキが姓だと……」
「あらそうなの。私はあんまりそういうの気にしないけど、この
「お! お母さん! あ、あの長田君、わ、わたしはこれで、ま、また明日。さようなら」
「さようなら成実君。明日から娘をお願いね」
「お、お母さん!」
「さ、さようなら、井筒さん」
二人の井筒さんに挨拶した僕は、頭の中をかき回されたような、ふわふわした気持ちのまま家路についた。
翌朝、バス停には井筒さんが立っていた。しかも最後尾だ。
なんて声をかけようか……ええい! 成実よ! なにを迷う! なにを戸惑う!
「おはよう、”愛ちゃん”」
「おはよう、”成実君”」
はあああぁぁぁ! 生きていてよかったぁ!
ごく自然に、当たり前のように、最後尾の一つ前の二人がけシートに座る。もちろん窓際は愛ちゃんだ。
「あ、あの、成実君」
「うん!」
『そ、その、これからも、”幼なじみ”を、よろしくお願いします』
昨日の告白の返事だった。もちろん僕の返事も決まっているさ。
「僕の方こそ、よろしくね。愛ちゃん!」
教室に入ると、上沢君と植村さんが僕たちに声をかけてくれた。
「長田君おはよう、昨日はありがとな」
「おはよう井筒さん、昨日はごめんね」
カバンを置いた僕は上沢君に、愛ちゃんは植村さんに向き直る。
「上沢君!」
「植村さん!」
「僕に!」
「私に!」
『『幼なじみのなんたるかを教えて下さい!』』
― 完 ―
幼なじみから、はじめませんか? 宇枝一夫 @kazuoueda
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