第3話 始業式

 バスの最後部座席の一つ前、しかも道路側の二人がけの座席。

 そう、そこは、主人公とラブコメのヒロイン候補の中から選ばれし


『くぁっぷぅるぅ(注:カップル)』


のみ座ることの許された、究極の


『るぅあぁぶぅるぅあぁぶぅつぅいんすうぃーつとぉぅ(注:ラブラブツインシート)』


ではないかぁ!


 え、なぜ道路側だって?

 馬鹿だなぁ、歩道側だと万が一、他のヒロイン候補から見られたらどんな仕打ちに遭うか。ははは、こいつめぇ~。


「お、おはよう。井筒さん」

「……」

 え? 挨拶なし? なにこれ、もしかして”様”を付けなくてはならないプレイだったとかぁ?

 おっと、プレイはプレイでも幼なじみプレイだった。


「おはよう、愛ちゃん」

「うん、おはよう成実君」

 よかったぁ~笑顔で挨拶してくれたぁ~。このまま異世界に飛ばされて奴隷として売られても……よくはない!


”ポンポン!”


 と、窓際の方に座っている井筒さん、い、いや愛ちゃんは、通路側の空いている座面を、手の平でかわいく”ポンポン”と叩いている。

”ぬあぁ!”

 思わず異世界まで届きそうな魂の叫びを発してしまったぁ!


 説明しよう! ”ポンポン!”とは、幼なじみからの能動的な求愛行動の一つである。

 もっとも、属性によってその意味するところは多種多様であ~る。


 例文をあげよう。

 例えばツンデレの場合は

「か、勘違いしないでよね。キモイおっさんが横に座られるよりは、まだアンタの方がましだと思ったのよ!」


 ヤンデレの場合は、逆に通路側に座って、主人公が来ると窓際に移動し、

「ここ……空いているよ。どう? 暖かい? 私のぬくもりを存分に味わってね。ウフフ……」


 サドデレの場合も同じく通路側へ座り、わざわざ足を組み

「あら、座りたいの。しょうがない豚ね、私の脚をくぐってから座りなさい」

と、物理的に不可能な要求を突きつけてくるのである。


 よかった、愛ちゃんがノーマルで。


「あ、し、失礼します」

 カバンを抱えながらゆっくり座ろうとしたら

『発車シマス。ゴ注意クダサイ』

”ガッタン!”

「おっとぉ!」

 不可抗力物理法則によって、愛ちゃんを押し倒し、いや、おおかぶさってしまった。


「ご、ごめん」

「だいじょうぶ? 本当ドジなんだからぁ」

 しずしずと横に座る。ああ、いい匂いだぁ~。

 仲良くバスに揺られる二人……って、なに話せばいいんだぁ~!


 昨日の帰りは部活なににするかで時間が潰れたけど、今日は始業式と部活紹介ぐらいだし。

 そうだ、ここで女神様おさななじみが出てくる聖書ラノベを参考に……。


 ぐわあぁ~! そもそも幼なじみなんて、それこそ阿吽あうん、ツーカー、俺、お前の関係だから、いちいち作者様も書かないし、読者もそれでよしとしているからぁ~。


 ……ん? 愛ちゃん、ピンクのヘッドホンを付けたぞ。そうだよな~こんなキモイ男の声なんか聞きたくないよなぁ~。

 いや待て、ピンチはチャンスに変えるのが主人公の努め。


「愛ちゃん、なに聴いているの?」

「あ、これ? 『虹音クミ』ってバーチャルアイドルの曲なんだ。成実君知っている?」

 Of cause! 僕をそんじょそこらのオタクと思わないでおくれよ。

 いや待て餅つけ。ここはさらっとさりげなく、それでいてペッタンペッタンこってりと、虹音クミちゃんのことを話題にしようではないか!


「う、うん。僕も聴いているよ」

「本当! ねぇ、どんな曲が好き?」

 ありがとうクミちゃん。とりあえず今日の朝はこれでしのげそうだ。


 教室に入ると、半分以上登校しているけど、クラスはまだ静かなものだ。

 愛ちゃんはクミちゃんを聴いているのだろうか? ヘッドホンをしたままだ。

 

 後ろの女子が愛ちゃんに声をかけている。名前は《植村うえむらさん》だったかな?

 ”虹音クミ”と聞こえてくるから僕と同じ、曲の話題で愛ちゃんとお近づきになりたいのだろう。

 下手に声をかけて邪魔をしちゃマズイ。例え幼なじみといえども、男子同士、女子同士のおつきあいはあるのだ。


『起立!』

 担任が教室に来ると、日直になった僕の後ろの男子が号令を掛ける。確か名前は”上沢かみさわ君”だったかな? 上沢君も同じ日直の植村さんとお近づきになれよ、と、ちょっと余裕。


 ホームルームのあとは体育館へ行き、始業式。その後部活紹介。終わって教室へ帰ってくる。ただそれだけだ。 

 担任から明日からの日程である身体測定や体力テスト、健康診断、そしていきなり学力テスト等の説明が終わると、お昼前には下校の時間となる。


『起立!』

『さようなら』

 植村さんの号令で今日の高校生活は終わった。さて、帰りの話題はなににしようかな?

 ん? 後ろの上沢君か? 僕の肩を叩いているぞ。


「えっと、長田君だったっけ? 日誌ってどう書けばいいんだ?」

 そうきたか~!

「井筒さん、日誌って何て書いたの?」

 え? 植村さんも愛ちゃんに聞いている?


「おい《美波みなみ》! おめぇそんなに俺と話すのがいやなのかよ?」

 ええ!? 上沢君!? 植村さんに向かっていきなり名前を! しかも呼び捨て!?


「そういう《孝坊たかぼう》こそ、井筒さんの方ばかり目がいってさ~」

「!」

 愛ちゃんが両手で口を押さえる。


「し、仕方ねぇだろ。先生の方を見ると眼に入っちゃうんだからよ。あといいかげん孝坊はやめろ!」

「どうだかね~。井筒さん、コイツ気をつけて、ムッツリだからさ」

「お、おい!」


「えっと、上沢君?」

「植村さん、上沢君とは……?」

 僕と愛ちゃんが同じ質問をシンクロさせた。


 まず上沢君が

「ああ、小学校からの腐れ縁、幼なじみってヤツさ」

「ええ!?」

 思わず声に出しちゃった。


 今度は植村さんが

「しかも小中まではずっと別クラスだったのに、まさか高校で一緒のクラス、しかも隣同士になるとはね。神様は残酷だわ」

「!」


 愛ちゃんはもはや言葉が出ない。僕もそうだ。こんな間近でラノベそのものの光景が拝めるなんて……。

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