第13話 Fight!

 不良学生の宇野徹(ウノトオル)は地元では悪童として名が通っていた。

 中学生の頃からバイクを乗り回し、近所のガラスを割りまくり、学校では教師いじめを繰り返し、やりたい放題の毎日を過ごす。


 そんな彼の趣味はゲーム。様々な機種をプレイするが、中でも大好きなのは格闘ゲームだった。徹は生まれつき、体格に恵まれていた為に足も速く、力も強い。そんな彼はゲームのプレイヤーが画面越しに技を繰り出す様子を見ると、自分が画面に入って闘っているような、そんな爽快な気分になれた。


 学校帰りに寄るゲームセンターは今日も賑わっている。その理由はとある人気タイトル『ストリートチャレンジャー5』のゲームが新稼働するというのだ。


 ストリートチャレンジャー・・・世界各国の格闘家達が集まり、己の身体一つで闘う格闘ゲーム。日本は勿論の事、アメリカ、フランス、中国、インド、ロシア等、様々な国を舞台に熱いバトルを繰り広げるという世界観。


 徹もそれが目当てだった。

 だが、やはり人が多く、順番待ちの列が出来ていた。舌打ちをしながら、徹は型落ちだが同じタイトルの『ストリートチャレンジャー2』をプレイする事にした。 


―――——「んだよコレ!嵌め手使ってくんじゃねーよCPUの癖によォ!!」

 イライラした徹がゲームの筐体を蹴飛ばす。蹴飛ばしただけでは飽き足らず、傍にあった灰皿を画面に叩きつけた。最新機種ではなく、型落ちのゲームキャラにやられる。その屈辱が徹をイラつかせた。

 傍にいた客が店員を呼ぶ。周りの客も巻き込まれないように避難する中で徹はさらに画面を蹴飛ばし続ける。

 すると、画面が一瞬、目が眩むような眩い光を放ち、筐体の周囲一帯がその光に包まれると


 徹の姿はその場から消えていた。






―ザザザ、ザザザ

「ん・・・何だ・・・どうした?」

耳障りな電子音が辺りに響き渡る。徹は周囲を見回すが、今まで蹴っていたゲームの筐体が無くなっている。それどころか、先ほどまでいたゲームセンターの風景が一変していた。

「銭湯・・・風呂場に・・・っ土俵?」

―そこは奇妙な空間だった。そこだけ切り取られたかのように公衆浴場の一画が土俵になっている。背景には大入り袋や富士山が描かれていて・・・



――—ラウンドワン・・・ファイト!!



どこか懐かしい掛け声と共に、徹の目の前に大柄な力士が現れた。

「アルモンテ本多ぁ!?」


――そうだ。この風景はどこか見覚えがあると思っていた徹は、さっきまでプレイしていたストリートチャレンジャーのステージだという事にようやく気付いた。

 そして、そのステージに出てくるのがこの本多だった。


 ストリートチャレンジャーの登場キャラ、相撲レスラー本多は日本出身の相撲取りである。相撲普及の為に全国を渡り歩く強者だ。2メートル近い長身とその鋼の巨体で、あらゆる格闘家を突撃粉砕していく圧巻なプレイを持ち味としている。


 その本多が、ただの高校生に過ぎない徹に向かって突進してきた。

「ゲボッ」

声にならないとはこの事なのか、と息が出来ない程の強烈な一撃を受け、徹が吹き飛ぶ。その一発で内臓が痛めつけられたのか、徹は血反吐を出しながらも立ち上がる。

「が、ぐうう・・・な、なんで本多がここに・・・」


 立ち上がった徹の前に、大きな肉の壁が迫っていた。アルモンテ本多の十八番、『百裂張り手』。あまりのスピードに張り手を打つ拳が残像のように映る強烈な打撃技が徹の顔面に襲いいかかる。


―ぐしゃぐしゃめきぱちんぱちん


 血の滴った肉を、布団叩きで何発も叩いたような嫌な音がした。


 徹にとって、痛みは快感とスリルを伴うものだった。殴った拳が痛むのは当たり前だし、喧嘩でギリギリの闘いに勝利した時など、スリルが快感に変わって気持ちよかった。

 だが、これは違う。何かが決定的に違っている。


 薄れゆく意識の中、徹は這って土俵の外に出ようとするが、なぜか土俵際で見えない壁に阻まれて出る事が出来なかった。

 そこから徹は完全に気絶するまで相撲レスラーアルモンテ本多の猛攻を体一つで受け続ける羽目になった。




―—————————K.O———————————



 その掛け声がした頃には、徹の顔面は風船のように膨れ上がっていた。骨も何本も折れている。

「痛い・・・痛い・・・」

 歯は強烈な張り手によって何本も折れてしまい、スカスカになってしまっていた。通行人がいたなら、まるでダンプカーか何かにぶつかったのではないかと救急車を呼ばれる事だろう。

「もう、終わったんだよな・・・」

 まるで生まれたての小鹿のように体を小刻みに震える徹の肩を、対戦相手であった本多が優しく叩いた。健闘を称える?そんな訳ではないだろう。自分は無様に何も出来ず、一方的にボコボコにのされただけだ。じゃあ、何だというのだ。

 すると、チョイチョイと本多は徹の後ろを指差した。嫌な予感がした徹は後ろをゆっくり振り返ると


 赤い鉢巻と籠手をつけた白胴着の、精悍な男が徹を待っていた。


「ま、待ってくれ!!まって・・・アンタと闘う気なんてない!やめてくれっ・・・だってアンタは!」


 最強の格闘家を目指す孤高の存在。武者修行の旅に出て、世界中の強者と闘い、真の強さを求める男。空手主体に飛び道具まで使う、恐るべきスト2の主人公。 


 徹は何とかこの場から逃げ出そうとするが、旧型で狭いこの画面、ステージに逃げ場は無い。

 景色が土俵から新たなステージに変わる様子を目に、徹は叫んだ。


「あんた、強い奴と闘うんじゃねえのかよ!!!」


――—ラウンドワン・・・ファイト!!




 徹の闘いは続く。本人の意思とは関係なく、いつまでも・・・。

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