第ニ章 再会と別れ
1 手に入れたもの、揺らいだ心
ボスは、電話の着信音で目を覚ました。
「もしもし」
応答しながら時間を確認する。九時近かった。思いのほか寝入ってしまったようだ。
「おはよう、ボス。起こしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「台座は、今日にでも貸金庫に入れておく。三番だ」
カラスは、盗品の一時保管に使用している複数の貸金庫にそれぞれ番号を振っていた。三番は品川だった。
「えぇ、それで構いません。お願いします」
「これで良かったんだよな?」
「……? えぇ、ですから、それで構いません」
「そうじゃなくて、昨日のあれで良かったのかと思って。カラスは目当てのものを手に入れ、ヤニスはジュエルと決別し、自由を手に入れた。マルティナは? 彼女は何を手に入れた?」
結局、マルティナは何も手に入れてはいなかった。
「彼女はもともとある人に『ジュエル』を手に入れてほしいと依頼されてました。ただ、それもマルティナとエレノアを会わせるための工作だった」
「エレノア? あぁ、妹か。会えたのか?」
「これからです」
「そうか」
「それと、大したものではありませんが、せっかく日本にまで来たんですから、彼女にはお土産を持って帰ってもらおうと思います」
「お土産?」
「えぇ。それで今回は手分けを」
「……なるほどな。姉妹で一つずつってわけか。でもな、ボス。率直に言わせてもらうと、台座だけに集中してれば、もっと簡単に事は済んだ」
「えぇ、わかってます。今回は完全に私のおせっかいに二人を付き合わせてしまった。その点は申し訳なく思ってます」
「余計なことをして、お縄になったんじゃ元も子もないからな」
「その通りです」
「でも、まぁ」と男は電話の向こうで伸びをしているみたいに言った。「偶にはそういうのもいいんじゃないか? いつも正確無比に機械みたいな仕事してるんじゃ、つまんないからな」
「……どうしたんですか?」
「うん?」
「いや、やけに感傷的というか、情緒的というか。いつもと違う気がしたので」
「柄じゃないってか」と男は笑った。「なんかよ、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感? 私たちがしくじったと?」
「そうじゃないんだけどよ。なんとなく、これが最後になるような、そんな気がするんだよな」
男の言葉に、ボスは思わず言葉を失った。同じことを考えていたからだ。しかし、何か言葉を返す前に、男は自ら「縁起でもないな」と言った。
「ところで、昨日マルティナが台座の底がどうとかって言いかけただろ? ジュエルに吹っ飛ばされちまって何のことかわかんなかったけど、よく見ると小さく文字が書いてある」
「文字?」
「あぁ、英語だ」
男はその文字を読みあげた。それを聞き終えたボスの心は、一瞬揺らいだ。
「金庫に入れちまっていいんだよな?」
男が念を押すように、尋ねる。
「はい、お願いします」
ボスが力を込めた声で答えた。誰も傷つかない犯罪などないのだと言い聞かせるように。
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