7 運と勘の良さ、怪盗の手際
闇に紛れるように一台のセダンが音もなく路肩に停車した。助手席のドアが開き、そして閉まる。体格のいい人影は足早に道路を横切り、特徴のない雑居ビルへと消えていく。
時刻は二十時を回ろうとしていた。男はスーツの胸ポケットから一枚のカードを取り出し、入り口横のパネルにかざす。少しの間があって、扉が開く。四畳半ほどのスペースの先にもう一枚扉がある。先ほどと同じカードをかざし、今度はその下のタッチパネルに四桁の暗証番号を入力する。この扉も難なく開いた。
蛍光灯に照らされた室内の壁一面に、郵便ポストのような金属製の箱がびっしりと備え付けられている。ここは民間の貸金庫だった。銀行のそれとは異なり、審査が緩く、短期での利用が可能なため、カラスの三人も盗品の一時保管によく使用している。
「さてと、ここからが問題だ」
どの金庫かはすでに特定できている。問題は暗証番号だ。彼は胸ポケットから、今度は一枚の紙片を取り出した。
いくつかの候補にまで絞り込むことには成功したが、特定するには至らなかった。この金庫は連続して五回入力を誤ると、扉にロックが掛かり正しい番号を入力しても開かなくなる。それだけではなく、予め登録してあるメールアドレスに通知が行く仕組みになっている。ここから先は、自分の運と勘の良さを信じるしかなかった。
彼は手始めにリストの一番上の番号を入力する。ピピピと電子音が三回鳴り、画面に「暗証番号が正しくありません」の文字が表示される。彼は少し考えた後に、別の番号を試す。これも結果は同じだった。三回目も失敗。次が四回目。これを間違えば、もう後がない。
彼は逡巡した。が、考えたところでわかりようがない。
「これまでだって、うまくやってきたじゃないか」
彼は独り言ちると、リストの一番下の番号を押した。ピーという先ほどとは違う合図の後に、カチッという音がして金属の箱が前面にわずかに飛び出した。
「よし!」
彼は控えめに歓喜の声を上げた。引き抜いた箱を持ち、部屋の隅にある個室へと入る。
箱の中には彼の目当てのもの以外は何も入っていなかった。それを取り出し、代わりにダイヤ貼りの封筒を入れる。抜き出したものが防犯カメラに映らないようにスーツの中に隠すと、箱をもとの場所に戻し、来た時と同じように足早にその場を後にした。
彼が助手席に乗り込むと、車はすぐに走り去る。車がその場所に停車していたのはわずか二分足らず。怪盗と称されるに相応しい手際だった。
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