3 古き良き時代の影、裏切りではない
背後の扉が開く気配があり、まもなくヤニスの横のスツールが引かれた。空席が目立つなか、真横に座ろうとする人物に向けられたヤニスの怪訝な眼差しは、すぐに驚きに変わった。
「覚えていただいていたようで、光栄です」
若い男の目が優しく微笑む。
「どうしてここが?」
「古典的で、ある種の高等技術を要する方法を用いました」
「つまり?」
「尾行です。それは何を?」
「ジョニー・ウォーカーのオン・ザ・ロック」
「ウィスキーは一人で飲むには最高のお酒です」
若い男の前におしぼりとピスタチオが置かれた。
「ソルティー・ドッグを一つ」とバーテンダーに向かって言い、「あいにく強いお酒は苦手ですが」とヤニスに向かって言った。
「まだ私に何か用が?」
「そう邪険にしないでください。すぐにいなくなりますから」
実際のところ、ヤニスはこの若い男のことを疎ましく思ってはいなかった。むしろ、どちらかと言えば好きだった。仲間から「ボス」と呼ばれるこの男には、不思議と人を惹きつける魅力があった。ヤニスはそれを羨ましく思い、ほんのわずかな間でも男と一緒に仕事ができることを嬉しく感じていた。
だから、「私のことを信用してないのか?」という言葉にも、その意味合いほどの緊迫感や辛辣さはなかった。
「あなたのことは信用しています。でも人間というのは、失うとわかると惜しくなったり、どんなに疎ましく思っていても、付き合いが長ければ別れがたくなったりするものです。強いて言うなら、私はあなたの人間らしさを懸念しています」
ヤニスは笑った。
「それは賛辞のつもりか? それとも侮辱か?」
「確かに、あなたや私のような人間にとって、『人間らしさ』という言葉は『弱さ』という言葉と同義なのかもしれません。しかし決して恥ずべきものではない。私はそう思っています」
「しかし、お前の人間らしさはお前を窮地に追い込むかもしれない」
「あるいはその逆かもしれない」
「いずれにせよ、お前が言う『人間らしさ』を、私はお前に協力することで失うわけだ」
「そんなに大仰なことではありませんよ。人生なんてゲームのようなものです」
「あまり気の利いた言い回しとは言えないな」
ヤニスはジョニー・ウォーカーを少し傾けた。氷が崩れ、カランという心地よい音を立てた。
栄光の残り香を味わうべく受けた女優の仕事は、ヤニスの母親にとって新たな人生の可能性を示した。映画は当たり、彼女の演技は高く評価された。経済が足踏みを始めていた当時の米国に、かつての勢いはなかった。古き良き時代の影を懐かしむ風潮がそこはかとなく漂っていた。そんな時代の風潮とかつて銀幕のスターだったヤニスの母の復帰のタイミングがぴたりと合った。時代が彼女に再び脚光を当てた。これは夢ではないか。そう思う間もないほどあっさりと、見えない大きな力が彼女を第一線へと押し戻した。
しかし、彼女の成功とは裏腹に、ヤニスの家庭は破綻を迎えようとしていた。週に何度か、夜中になると叫び声と何かが割れる音が聞こえるようになった。それが始まると、ヤニスは両手で耳を塞ぎ、それが過ぎ去るのを待った。恐怖とは違う、言いようのない不安がヤニスを襲った。次の朝に目を覚ますと、リビングには何の形跡もなかった。ただ、ミミおばさんが少し寂しげに朝の挨拶をしてくれるだけだった。
ヤニスが朝食を食べていると、父親が寝室から姿を現し、疲れた顔でヤニスの頭を撫でた。それから父はキッチンのミミおばさんのところへ行き、小さな声で何度も謝った。ミミおばさんが答える声は聞こえなかった。
寝室から現れるのは決まって父親のほうだった。この家が父親のものであり、父が権力者だったからではない。母親には他に行くところがあったが、父親にはなかった。それだけに過ぎない。今になって、ヤニスはそう思うようになった。
ほどなく二人は離婚し、ヤニスは父親に引き取られた。ドアマンが立つマンションに住み続けたが、ミミおばさんは来なくなり、父親はあまり家に帰らなくなった。母親がいなくなったことよりも、父親があまり家に帰らなくなったことよりも、ミミおばさんがいなくなったことのほうが、ヤニスは寂しかった。
「一つ覚えておいてほしいことがあります。あなたの利益にならないと思ったら、途中で降りてもらっていい。これは約束でもなければ、ビジネスでもありません。あなたが降りたとしても、それは裏切りとは違う」
「そんなことを言われると、余計に降りにくい。それが人間というものだ。だが、まぁ覚えておこう」
グラスを大きめに傾ける。
俺はあの男を見捨てられるのか?
ウィスキーの強い香りの中で、妙に冷めたヤニスの思考が問いかけていた。
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