4 エレノアの過去、豪華ではないが贅沢な生活

 両親と五つ上の姉と暮らすエレノアの生活は裕福とは程遠かったが、悲観するほど貧しくもなかった。

 父親は腕の良い家具職人で、一日のほとんどの時間を木材や鉋やニスに囲まれて過ごした。家族と会話をするよりもノミを握っている時間の方が長いと言っても過言ではなかった。決して家族を蔑ろにしていたわけではない。事実、彼が来る日も来る日も手にたこを作りながら木材と睨みあったのは、家族の生活のことを考えていたからに他ならなかった。そして何よりも増して、彼は自分の仕事に誠実だった。


 彼は色や形、大きさ、材質などの希望を客から聞くとすぐに工房に籠り、それから完成するまで毎日食事と睡眠以外の時間の全てを家具作りに費やした。時にはその食事と睡眠の時間さえも削って作業に当てた。こうして出来上がった作品を見た客のうち十人に九人は満足そうな顔を浮かべ、感謝の言葉を彼に述べた。代金を約束よりも弾む客さえいた。

 しかし、残りの一人は決まって納得がいかないというように首をかしげた。「色が想像と違う」だとか「脚の形が気に入らない」だとか注文を付け、彼に作り直すように依頼した。それでも彼は、頑としてそれ以上作品に手を加えることはしなかった。彼はそれがその作品にとって、最も完璧に近い状態であることを知っていたのだ。渋々引き取った客たちは、しかし、十日もすればバツの悪そうな顔をしながら謝罪と感謝の言葉を述べた。「どうやらあなたが正しかったようだ」。そしてやはり気持ちばかりではあるが金を弾んだ。


 彼は自分の全ての作品の目立たない場所に、極々小さな文字で一文ずつ文章を刻んだ。それは古人の金句だったり、古い歌の一節だったり、あるいは彼が考えた言葉だったりした。著名な芸術家たちが自らの署名やイニシャルを彼らの作品に残したように、彼はそれらの文章を残したのだ。


 もっとも、新しい家具を一から作ってほしいという注文はそう頻繁にあるわけではなく、実際のところ、彼の仕事の大部分は壊れた家具の修理だった。脚の折れた机。座ると悲鳴を上げる椅子。冬のキャベツのように硬くなったソファのスプリング。取っ手のないドア。壊れた家具を見れば色々なことが彼にはわかった。それが彼のような職人によって作られた一級品なのか。それとも、工場のベルトコンベアの上で作られた安物なのか。持ち主から十分な愛情を注がれているのか。持ち主に愛情はあるが、飼い犬に堪え性がないのか。いずれにしても、消えかけた魂を生き返らせるということは、時に新しい命を吹き込むよりもやりがいのある仕事だった。だから彼は彼の仕事の全てを楽しんだ。


 父親の稼ぎは家族四人を養うにはいささか心許なかったが、足りない分は母親がテーブルクロスやカーテンやクッションを売って補った。彼女は毎日の料理と掃除と洗濯の合間のわずかな時間にミシンに向かい、まるで父親と競い合うみたいに、真剣な面持ちで布と針と糸と睨みあった。残念ながら彼女の作品は父親のそれに比べれば素人の域を脱しなかったが、不思議と彼の作品にぴったりと合った。だから家具が売れれば、彼女の作品も売れた。そうして家族四人は質素ではあるが、毎日不自由なく食事をすることができた。母親はそんな自分たちの生活を、「豪華ではないが贅沢な生活」と(自嘲ではなく)深い慈愛と少しの矜持を込めて呼んだ。


 五つ上の姉は、褐色の肌に長い栗色の髪と青い目をした長身の美しい女性だった。エレノアと二人で通りを歩けば、すれ違う人は振り返らずにはいられなかった。彼女は日が高いうちは自由気ままに過ごし、夜になると村で唯一の酒場でバーテンをした。お世辞にも愛想が良いとは言えなかったが、彼女を目当てに店を訪れる客は少なくなかった。注がれた酒を飲んだり、会話をしたりするだけでは飽き足らずに言い寄る男もそれこそ星の数ほどいたが、彼女はそういう男たちのことは歯牙にも掛けなかった。かと言って、特定の誰かと懇意にすることもなかった。彼女は少なからずそういう環境を楽しんでいるようにエレノアには見えた。そしてそんな自由な姉を羨ましく思い、時には妬んだりもした。


 家族の中心は姉である。自分でも気づかない意識のずっと奥底で、いつしかエレノアはそう感じるようになった。自分にないものが姉にはある。客観的かつ公平に見れば、美しくはあれ決して秀でて優秀でも感心するほど親孝行でもない姉だったが、エレノアには両親が自分よりも姉のことを可愛っているように思えた。決定的な出来事があったわけではない。ただ、そう感じたのだ。


 だから、両親がいなくなった時、エレノアは姉とどう向き合っていいのかわからなかった。

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