第一章 それぞれの想い
1 深海の青、最も完璧に近い存在
東京――。
眼下に広がる光の海を見下ろしながら、男はタバコに火を点けた。
「私だったら、トマトジュースとウォッカを別々に飲むわ」
男の前に置かれているブラッディ・マリーに一瞥をくれ、女が隣のスツールに腰を下ろす。
「最近忙しくてな。時間の節約だ」
通りかかったウェイターを女が呼び止め、アレクサンダーを注文した。
「聞いたか?」
「何を?」
「次のターゲットが決まった」
「次のって、次はレノン=マッカートニーの楽譜じゃないの?」
「楽譜じゃなくて、歌詞な。直筆の。その次だ」
「最近ペースが速くない?」
「不満か?」
「まさか。退屈しなくていいわ」
「そう言うと思った」
「で、何をもらうの?」
「これだ」
男はスマートフォンの画面を女に見せた。深海を思わせる青。幾何学的な美しさで切り出されたブルーダイヤが、木製の台座に鎮座している。
「これなの?」
女は怪訝な顔をした。
「よく見ろ」
男のその言葉に、女は何かに気づいた。指先で画面に触れて画像を拡大する。
「これはそんなに価値があるものなの?」
「『この世で最も完璧に近い存在の一つ』だそうだ」
「ボス曰く、か……」
「あの人の目は確かだ」
「ま、それは認めるけど。それにしても、よく次から次へとお宝を見つけてくるわね」
「それもあの人の才能だろ。今回は偶然らしいけどな」
「偶然?」
「あぁ、詳しいことは聞かなかったけどな」
少しの間が空いた。
「お宝を呼び寄せるのも才能には違いないわ」
ウェイターが遠慮深げに二人に声をかけ、アレクサンダーを夜景の前に置く。女がそれを手に取るのに合わせ、男が自分のグラスを少しだけ持ち上げる。グラスを合わせることはしない。
「カラスに」
「この世で最も完璧に近い存在に」
しばらくの間、二人は同じ景色を眺めながら、次のターゲットにそれぞれの思いを巡らせた。
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