逆鉾雫の場合

「逆鉾さん。今日の僕は本気だよ」

「いつも本気じゃなかったんだ」

「それはごめん」


文芸部の部室にて、逆鉾さんに向かって、僕は宣言した。


「今日はね、逆鉾さんをポジティブにするための、秘密兵器を持ってきたよ」

「どうせ私なんて、なにしてもポジティブになんかなれないよ」

「それはどうかな。これを見てくれ」


僕は逆鉾さんに、自分が手に持っている本を、堂々と見せた。

……特に、反応なし。


「占いの本だよ。逆鉾さん」

「知ってる。読めるよ。私そんなにバカに見えるのかな?」

「見えない見えない」

「占いとポジティブに、どう関係があるの?」

「これで、逆鉾さんを占えば、性格改善に役立てられるかもしれないでしょ」

「ふ〜ん」


逆鉾さんは、興味なさそうに、読書へと戻ってしまった。

まぁ、こうなるかなとは思っていたけれど。


「まぁ、本読みながらでいいから聞いてよ」

「これ、目が良くなるマジカルアイだから、読むとかじゃない」

「そっか。まぁ何でもいいから聞いて」


僕は早速、占いの本を読んでみる。

……買ったはいいが、僕自身も初見だ。

目次を確認する。将来診断。能力診断。恋愛診断……などなど、書いてある。


その中で、性格診断というものが、目に入った。

おっ、これならいいんじゃないか。改善方法とかも書いてありそう。


「じゃあ逆鉾さん、いくつか質問するよ?」

「いいけど、答えないよ」

「答えてよ」

「今いいところだから」

「マジカルアイだよね?」


仕方ない。勝手に始めるとするか。


「まず、一つ目。あなたは、積極的に人とコミュニケーションをとることができるタイプ。はいかいいえ」

「はい」

「嘘はやめようね」

「今こうして、神畑くんとコミュニケーションとれてるよ?」

「積極的とは言えない」


僕が話しかけない限り、逆鉾さんはなにも喋ろうとしないのが、常だ。


「じゃあ次。肉と野菜どっちが好き?」

「どっちも嫌い」

「強いて言うなら?」

「サプリメント」

「逆鉾さん。逆鉾さんってさ、ネガティブを改善したいんだよね?」

「今は視力の方が改善したい」


本を持ち、前後に動かしている逆鉾さんの意識は、完全にこっちには無い様子。


この作戦は、失敗か……。


「じゃあ、この本の目玉っぽい、特別な占いってやつだけでもやってくれない?」

「内容による」

「弱点改善トレーニングってやつなんだけど、占いで根本的なそういうものを見つけ出して、そこを治していけば、最終的に、性格の嫌な部分も治せる……みたいな感じらしい」


この本は、帯に書かれた、今の内容だけで買ったようなものだ。

そうでなければ、急に占いだなんて、微妙な案は思いつかない。


「私、占いと人は信用してないから」

「人は信用しようね」

「そんな本で性格が改善するなら、もっと流行ってると思う」

「ま、まぁいいじゃん。やってくれたら、何か一つだけ、言うこと聞いてあげるよ」


逆鉾さんの目の色が変わった。

……一体なにを要求してくるつもりだろうか。


「やってあげる」


逆鉾さんは、マジカルアイの本を閉じた。

何とかやる気になってくれたらしい。


「よし。えっと、まず事前準備として、逆鉾さんの苦手なものを、いくつか挙げてくれる?」

「人、国、自然、宇宙」

「うん……」


一応、パラパラとページをめくり、逆鉾さんのタイプを調べてみる。

すると、意外にも、適合するものがあった。


「……えっと、逆鉾さんはね、自分以外の全てが怖い。つまり、自分のことが大好きすぎて、守りを固すぎてる女の子、だって」

「……間違ってる」


逆鉾さんは、不満そうな顔をした。

確かに、自分のことが大好き、という感じはない。


「そういう子は、潜在的に……物をよく失くすって書いてあるよ」

「……」

「あってるんだ」

「この間、電車に乗って、切符落としたの」

「なるほど」

「どうせ信じてもらえないだろうし、キセルだと思われたら嫌だから、ちゃんとお金払っておいた」

「逆鉾さんらしい」


こんな可愛い子が、切符落としましたって言ったら、二秒くらいで通してもらえそうだけどな。


「えっと、つまり、弱点は物を失くすってところだね。これを改善していくことで、最終的に、ネガティブも治っていくらしい」

「わかった。何も持ち歩かない」

「極端だって」

「そもそも出歩かなければ、物を失くさない……あっ、本当だ。神畑くん。私、ポジティブになってきてる」

「なってないよ」


引きこもりは、杏美だけで十分だ。


「例えば、切符を失くすなら、財布の中に入れておくとかね。僕はそうしてるよ」

「その財布を落としたらどうするの?」

「カバンの中に入れておけば落とさないでしょ?」

「カバンを電車に忘れたら?」

「膝の上に乗せておけば、忘れるわけないと思う」

「膝を」

「逆鉾さん。無理があるよ」


どうやら、乗り気でないらしい。逆鉾さんの表情は晴れなかった。


「そんな風に、物を失くさないことに集中してたら、ストレスが溜まると思うの」

「最初はそうだと思うけれど、慣れれば自然にできるようになると思うよ」

「私なんて……」

「逆鉾さんさ、ネガティブなのはわかるけど、せめて行動くらいはしようよ。何も変わらないよ?」

「今日の神畑くん、めんどくさい……」

「本気だからね」


この本、実は二千五百円もしたのだ。

元を取らないと勿体無い。何としても、逆鉾さんには、二千五百円分くらいの進歩はしてもらう。


「あと、もう一つ書いてあるよ。そういう子は、挨拶ができないって」


もはや弱点という感じでもなくなってきたな。この本、ダメかもしれない……。


「神畑くん。さようなら」

「言うと思ったよ」

「じゃあ、逆に訊くけど、いきなり私が、見ず知らずのおじさんに挨拶をして、受け入れられると思うの?」

「何でわざわざおじさんに挨拶するの……」

「ちゃんと、学校でも、おはようって言われたら、お辞儀してるよ」

「おはようって返してあげてよ」


まぁ、逆鉾さんの場合、喋らない方が好印象なのは間違いないけれども……。いつまでもそういうわけにはいかない。彼女を孤立から救い出すことが、僕の使命なのだ。


「占い付き合ってあげたから、私の言うこと、何でも聞いてくれるんだよね?」

「じゃあ、約束してね。物を失くさないように気をつけることと、挨拶すること。わかった?」

「不本意だけど」


渋々と言った様子で、了解してくれた。


「えっと、二度とここに来ないでほしいとか、そういうのはダメだからね」

「……わかってるよ」


それを言うつもりだったな、この人。


「神畑くん、その本見せて」

「ん?はい、どうぞ」


逆鉾さんは、目次を確認すると、目当ての占いがあったらしく、そこまでページをとばす。


「じゃあ、神畑くん。私の質問に答えて」

「えっ、僕は別に、やる必要ないでしょ」

「言うこと聞いてくれるんでしょ?」

「あぁ、うん」


こんなことでいいのか。

何の占いを選んだかは知らないが、もっと面倒なことを要求されると思ったので、ラッキーだ。


「神畑くん。血液型は?」

「Bだけど」

「好きな色は?」

「赤」

「得意な球技は?」

「バレーかな」

「……最後、今一番、欲しいものは?」

「う〜ん。高い自転車かな」

「……」


逆鉾さんは、しばらくページを読み込んだあと……、本を閉じた。

そしてそのまま、席を立ち、部室を出ようとする。


「待ってよ逆鉾さん。結果は?」

「……相性バッチリだって」

「いや、なんの?」

「この本は、私がもらうから」

「別にいいけどさ……」

「失くさないようにするから」

「そうだね。本棚にさしてあげて」

「宝箱に入れておく」

「そこまでしなくていいよ」


逆鉾さんは、本を大事そうに抱えて、早足で出て行ってしまった。


……早速、挨拶忘れてるし。

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