初共演
桃林秀乃&神畑杏美の場合
「おはようございます」
普段から、様々なバリエーションに富んだ孤立少女達と関わるようになって、休日というのは、僕にとって貴重な時間になっていた。
休日だけは、嫌なことを忘れて、ゆっくりできる。テレビを見たり、小説を読んだり、昼寝したり……。とにかく自由。
そんな自由を壊しに、孤立少女の会から、使者が送られてきた。
「なんで僕の家、知ってるの?」
桃林秀乃さん。生徒会長。ピンク色の髪の毛をサイドテールにしている、特徴的な髪型な女の子。
不思議系を極めていて、天然とも違う、もはや違和感と言っていいほどの、変わったキャラクターである。
「生徒会長の権限を使いました」
「セキュリティガバガバすぎない?」
「おじゃまします」
桃林さんは、有無も言わさず、家に入ってきた。
そして、靴も脱がずに進んでいく。
僕は桃林さんの腕を掴んで、その侵攻を止めた。
「ちょっ、いきなりですか神畑さん。せめてベッドまで……」
「靴脱いでくれない?」
「服ではなく?」
「靴」
「冗談ですよ。アメリカの文化を意識したコミュニケーションです」
笑いながら、桃林さんは、靴を脱いだ。
そして、まずはリビングへ向かう。
「あのさ、何しに来たの」
「嫌がらせです」
「はっきり言ったね」
「うへへ」
「何が面白いの?」
リビングに向かった桃林さんは、そのままの勢いで、ソファーにダイブした。小学生みたいな無邪気さだが、その中身は成熟した悪魔である。
「休日くらい、ゆっくりさせてよ」
「そんなオヤジ臭いこと言わないでください。映画を借りてきたので、一緒に見ませんか?」
そう言って、桃林さんが、カバンから取り出したのは、こないだブルーレイが出たばかりの映画だった。
見よう見ようと思って、身損ねていたやつである。
「見たそうな顔してますね」
「……」
図星だった。桃林さんは、僕の反応を見て、嬉しそうな表情になる。
「ほらほら。一緒に見ましょう?私を帰らせちゃっていいんですか?目の前にお宝が〜ほれほれ!」
そう言って、ブルーレイをユラユラと揺らし、挑発し始めた。
ムカつくが、見たいのは事実である。
でも、帰ってほしいのもまた、本心。
……あと、部屋に引きこもっている杏美とも、できれば会わせたくない。絶対に面倒だ。
そんな風に葛藤する僕を急かすように、桃林さんは、ブルーレイを僕にグイグイ押し付けてくる。
「神畑さん。楽になりましょう?体は正直ですよ」
「体の方に耳を傾けるなら、僕は休みたいから、桃林さんに帰ってもらうことになるよ」
「別に、映画見ながら休めるじゃないですか。それとも神畑さんは、筋トレしながら映画を見る趣味でも?」
「そんな特殊な趣味はありません」
しかし、桃林さんの言っていることは正しい。
ただ、この不思議系少女、桃林秀乃が、二時間も黙って、静かに映画を見てくれるとも思わないのだ。
「でもさ、桃林さんは、その映画もう見たんだよね?」
「いいえ、見てません。神畑さんと一緒に見るために、今日この日まで、未開封の状態で放置しておきました」
桃林さんが、僕にブルーレイを手渡してきた。確認すると、確かに、未開封である。
……これはもう、断る方が、客観的に見ておかしいよな。
わざわざ、美少女が、僕なんかと映画を見るために、高いお金を出してブルーレイを買ってきてくれたのである。
「わかった。でも、さすがに桃林さんに悪いから、お金は僕が払うよ」
「いやいやそんな。私、お金持ちですから、必要ないです」
「嫌な断り方だな……」
平然とそんなことを言ってしまえるくらいに、桃林さんは立派なお金持ちである。
とは言え、さすがに無料で見せてもらうのは、気が引けるな。
「じゃあ、こないだ親戚からもらった、クッキーをあげるよ」
確か、棚にしまってあるはずだ。確認しよう。
……あったあった。
僕はクッキーの入った缶を取り出し、机の上に置く。
「どうぞ。好きなの食べて?」
「神畑さん。あ〜んしてくれますか?」
「しないよ」
「ブルーレイ」
「します」
桃林さんは、満足そうに、頬を緩ませた。
「じゃあ、これをください」
桃林さんが選んだのは、チョコチップクッキー。僕は早速、袋を開け……やや緊張しながら、桃林さんの口元に、それを近づけた。
「う〜ん。なんだかトキメキが足りませんね。神畑さん、ポッキーゲームみたいにしませんか?」
「最悪一口で終わるよこれ」
「私は別に構いませんけど?」
「……」
「神畑さん。ブルーレイがこっちを見てます」
「いや、さすがに、超えてはいけない壁はあるよ」
「ちぇっ」
桃林さんは、軽く舌打ちすると、僕の手から、クッキーを奪い取った。
ボリボリと、不満そうな顔で食べている。
「こんなに可愛い女の子と、キスできるチャンスだったのに、もったいないですね」
「そうだね」
「あなたもそう思いませんか?」
「えっ?」
桃林さんの視線は、僕ではなく、その後ろに向けられている。
……まさか。
僕は、ゆっくりと、後ろを振り返る、
……杏美が、口に手を当て、わなわなと身を震わせながら、こっちをガン見していた。
「あ、杏美、いつのまに」
「兄貴が、兄貴が、デリバリーしてる」
「おいどこで覚えたんだ」
「こんにちは、私は、神畑さんの奴隷の、桃林秀乃です。奴隷ネームは、ピーチ。よろしくお願いします」
「ど、奴隷ネーム!?兄貴!どういうことだ!」
杏美が、怒りをあらわにしながら、こちらに向かってくる。
ほら見ろ、面倒なことになった。
しかし、桃林さんは、素知らぬ顔で、口笛を吹いているのだった。
「杏美、勘違いだ。この人は、うちの学校の生徒会長だよ」
「本当か?」
杏美が、桃林さんに視線を向ける。
その殺気立ったオーラに、さすがの桃林さんも、一歩引いた。
「じょ、冗談じゃないですか。ね?神畑さん」
「自業自得でしょ……」
「えっと、話は聞いてますよ。あなたが神畑さんの妹さんですね?」
「だったらなんなんだよ」
めちゃくちゃ悪態をついてるな、こいつ。
まぁ、いきなり家に知らない人がいたら、そうなるのも仕方ないか。
僕は杏美を落ち着かせるために、頭を撫でてみた。
効果てきめんだったらしく、僕に体を預けてくる杏美。
「えへへ……」
「仲良しさんですね」
桃林さんは、頬を膨らませている。
「いいだろ。兄貴はあたしのもんだからな。いくら積まれても渡さないぞ」
「二億でもですか?」
「考える」
「おい」
僕は杏美の頭から、手を離した。杏美が不満そうな顔を向けてきたが、金で兄を売るような妹の頭を、撫でてやる義理はない。
「えっと、杏美さんは、中学生ですか?」
「は?」
ナチュラルに地雷を踏んでしまった桃林さん。
「高校生だよ。悪かったな」
「あ、あぁいや。若く見えるな〜、なんて!」
「それ言われて喜ぶの、三十代以上の女性くらいじゃない?」
むしろ杏美は、子供っぽいとバカにされたように捉えたかもしれない。
その証拠に、杏美は、牙をむき出しにして、桃林さんを威嚇している。
「か、神畑さん。ここが私の墓場でしょうか」
「勝手に来るからこうなるんだよ」
「ガルルルル……!」
「杏美、落ち着け」
再び頭を撫で、今度は椅子に座らせる。
「ほら、杏美。クッキーだぞ」
「……」
「食べないのか?」
「……あれ、あたしもやってほしい」
「あれ?」
「あの……」
杏美は、桃林さんと僕を、交互に見ながら、モジモジしている。
桃林さんが、何かに気がついたかのように、ニヤニヤし始めた。
「あ〜。神畑さん。杏美さんは、きっと、嫉妬しているんですよ」
「……」
肯定とも取れてしまう沈黙だった。
「あんなことでよかったら、やってあげるけど?」
「兄貴、あんな風に、色んな女を誑かしてるのか?」
「人聞きが悪いこと言うなよ」
いつになく不機嫌な様子の杏美。普段はもう少し、明るくて、良い子なんです。許してあげてほしい。
「ほら、早く」
杏美は、クッキーを一袋手に取り、開封して、僕に手渡してきた。
ご丁寧なことだ。
僕はそのクッキーを、杏美の口元へ……少し近づけようとした瞬間、がぶっ、と、杏美が食いついてきた。
「檻の中の動物じゃないんだからさ」
「ガルルル」
「本当に動物じゃないよな?」
不機嫌になると、猛獣になる妹。扱いが難しすぎる。
そうこうしているうちに、いつのまにか、桃林さんが向かいの席に座っていた。
「えっと、杏美さんは、どこの高校に?」
「僕たちの高校だけど」
「えっ」
桃林さんは、驚いたような顔をする。
「あの、すいません。それなのに、私のことを知らないんですか?」
「まぁ、色々あってね」
「安心しろ。二度と忘れないから」
「そ、それはどうも!」
桃林さんが、杏美に向かって、頭を下げる。
完全に、力関係がハッキリしてるな……。
「桃林だっけ。兄貴のことを旦那にしたいなら、ちゃんとした誠意を見せてもらわないとな」
「杏美、いつからそんな話になった?」
「えっ?だって、結婚前のご挨拶ってやつだろ?」
「僕たち、現役高校生なんだけど」
「私は現役JKですね」
「特別感出さなくていいから」
どうやら、杏美は早とちりをしていたみたいだ。
「……なんだ。桃林、お前は、兄貴と結婚したいわけじゃないのか?」
「……えっと」
桃林さんは、少し顔を赤くする。困ったように、僕の方を見てきた。いや、僕に押し付けるなよ。違うって言いなさい。
「あっ、そうだ杏美。桃林さんが、ブルーレイを持ってきてくれたぞ」
僕は、無理やり話を変える作戦に出た。すぐに桃林さんが、それを察して、ブルーレイを机の上に出す。
それを見た杏美が、大きく目を見開いた。
「これ、出たばっかりじゃないか?」
「そうですよ。今日はですね、これを……」
「もしかして、あたしたちのために、プレゼントしてくれるのか?」
「へっ?」
桃林さんが、キョトンとする。しかし、この状況を挽回するためには、それしかないと悟ったらしい。やがて、決心したかのように、まっすぐ杏美の方を見つめた。
「そうですよ。面白い映画があったので、神畑さんと、その妹である杏美さんに、ぜひ差し上げようと思ったんです」
「お前、良いやつだな!」
単純な妹である。
杏美は、身を乗り出し、桃林さんに握手を求めた。あきらかな作り笑いで、それに答える桃林さん。
……あれ、これ、地味に僕も勝利してないか?
「……えっと、桃林さん。そういうわけだからさ、ばいばい?」
「……」
桃林さんは、項垂れながら、椅子から立ち上がった。
そして、玄関へ向かって行く。
「また来てくれよな!今度は他の映画のブルーレイ持って!」
「は〜い」
気の抜けた返事が返ってきた。
杏美は、嬉しそうに、桃林さんへ手を振る。
「なんだよあいつ。良い奴じゃないか。兄貴、ああいう女なら、毎日連れてきてくれてもいいぞ」
「本当に都合がいい奴だな」
「早速見ようぜ!あたし、楽しみにしてたんだよこれ!」
引きこもりの杏美にとって、映画を見る方法は限られてくる。
……いや、映画館くらい、行ってほしいけどね。
「兄貴!見ろよ!綺麗なディスク!」
「そりゃあ、未開封だからな」
「……あっ」
「どうした?」
ウキウキと、小躍りしていた杏美が、ディスクを手にはめたまま、急に動きを止めた。
「これから、緊急クエストに行かないとダメなんだった。ごめん兄貴、また後にしようぜ」
「あぁうん……」
杏美は、ディスクをケースに戻すと、早足で部屋へ戻って行った。騒がしいことこの上ない。
さて、やることもなくなったし、僕も部屋に戻るとしよう。
そう思って、椅子から立ち上がったところで、スマートフォンが鳴った。
知らない番号だ。一応出てみよう。
「もしもし?」
「神畑さん」
「うわ」
なんで番号知ってるの?なんて、野暮なことは訊かない。
「私、心が砕けそうです」
「ごめんね。杏美のやつ、あんなんでさ」
「いえ、予告無しに行った私も悪いです。これからは、予告状を出してから行きますね」
「怪盗じゃないんだから」
桃林さんは、かなりがっくりきているらしく、声に元気がなかった。
「……今度、何かお詫びをするよ」
「別に、大丈夫です」
「めちゃくちゃ落ち込んでるじゃん」
「強いて言うなら、背中が張っているので、マッサージしてほしいです」
「おばさんみたいな要求だな……。まぁ、そのくらいなら、いつでもやるよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、また明日、学校で」
「うん」
電話は切れた。
そして、切れてから気づいたことがある。
明日は日曜日なので、学校は無い。生徒会は何か用事があるのかもしれないが、もちろん僕は休日だ。つまり、休日出勤ということになる。
……結局、僕の平和な休日は、奪われることになってしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます