下部織姫の場合
「ついに私の出番ってわけね」
そう意気込むのは、下部織姫さん。風紀委員長という、名前だけの肩書きを持つ変態美少女。
正直、下部さんにラジオをやらせるのは、ものすごく嫌だった。なんなら他の子に代わってもらおうかとさえ思ったけれど……。理事長の命令で、出演決定。
スポンサーの命令には、勝てないのである。
下部さんは、理事長から指令を受け、自ら作りあげた台本を、何度も黙読で読み返している。一応根は真面目らしい。
「下部さん。下部さんは、変態なことは嫌いなんだよね?」
「もろちんそうよ」
「今なんて?」
「何よ!」
「逆ギレしないで」
最早最近、僕と話すときは、隠す気が一切なくなってしまったらしい。ただの変態と化している。
「頼むから、放送禁止用語だけはやめてね」
「私がそんなこと言うわけないじゃない。言うとしたら、神畑くんよ」
「僕こそ言うわけないでしょ」
「わからないわ。二人きりの密室。欲情した神畑くんは……はぁ……はぁ」
どう考えても、危ないのは下部さんの方だ。
「落ち着いて、下部さん」
「そうね。私はエッチなこと大嫌い魔神だもの」
「強そう」
「神畑くん。私ね、普段からラジオが好きで、よく聞いてるのよ」
「そうなんだ」
「だから、いつも理想のラジオって何か考えてるの。ここをこうしたらいいのにな。あそこをこうしたらいいのになって」
「へー」
「あそこって別に、変な意味じゃないわよ?」
「わかってるよ」
まぁ、ラジオに前向きなのは良いことだ。
ただ、その分こだわりが強そうなのは、痛いところだけれど。
「例えば、どんなところ?」
「セールスが多い番組はダメね。リスナーが離れるわ。それくらいなら、CMを挟んだ方がいいもの」
「なるほど」
全くもって、今回のラジオには活かせない意見だった。
それは、ラジオ局にそのまま送ってください。
「まぁ、とにかく僕は、下部さんが暴走さえしなければいいなと思ってるよ」
「あのね、これでも私、風紀委員長なの。校内に私の声が響き渡るのよ?それはもう、真面目に、自分の役割を全うするだけだわ」
「その言葉が嘘でないことを信じるよ」
下部さんは、やけに真面目な顔をしている。
……こういう時の方が、逆に心配だ。
「神畑くん。一つだけ忠告しておくわね」
「なにかな」
「主役はあくまで私だから。神畑くんは、放送作家ポジションね。小声よ小声」
「放送作家ポジションなのに、ラジオの内容教えてもらえないの?」
「うるさいわね!」
「なんで怒られないといけないんだ……」
相変わらず、めちゃくちゃな人である。
ただまぁ、勝手に喋ってくれるなら、それに越したことはない。度を越した時に、マイクのスイッチを切るくらいの役割はしよう。
さて、いよいよ本番だ。
下部さんは、ストップウォッチを使って、正確に時間を測っている。やはり、他のメンバーとは、モチベーションの違いを感じた。
これは期待できるか?
「さぁ〜始まったわね!下部織姫の、R18ラジオ!」
最悪の滑り出しだ。なんだそのタイトル。
「このR18ラジオでは、校内で見かけた、えぇ!?そんなこと、18歳未満のリスナーには、刺激が強すぎるじゃない!ってことを、どんどん紹介していくわね」
不安しかない。
僕の右手は、マイクのスイッチにスタンバイされている。
「まずはね、昨日の放課後、女子トイレでの話よ」
場所からして怪しいが、大丈夫だろうか。
「女子トイレで、用を足そうとした私は、個室に入ったの。そしたら……後から、女子トイレなのに、男子が入ってきたわけ」
「何で男子ってわかったの?」
「匂いでわかるわよ」
僕の声は、ほとんどマイクに乗っていない。ただ、下部さんには聞こえる。そのくらいの声量だ。
これが、下部さんの求めるところの、放送作家ポジションであるわけだが。
「それでね、その男子が、用を足すわけでもなく、ウロチョロしてるのよ。そこで私は気がついたの。男子生徒の目的に」
「何だったの?」
「私の排泄音を、聴きにきたのよ」
「……」
「私のソロ排泄音ライブと言っていいわね」
「最悪の表現だよ」
ソロ以外ありえないと思うんだけど。
世の中には色々なプレイがあるので、一概には言えないが、想像はしたくない。
「だから私、用を足すのを諦めたの。代わりに、用を足しながら読むつもりだった、官の……えっと、普通の小説を、読み始めたのよ」
普通の小説って、言わないと思うんだけど。
まぁそこは触れないでおこう。生放送のラジオなので。
「そしたら男子生徒が、ドアをノックしてきたわけ。びっくりした私は、思わず返事をしちゃったのね」
「うん」
「男子生徒は、こう言ったわ……。すいません。清掃のものです。ってね」
「……」
R18な話ではなかったのか。
これでは、普通のフリートークである。
……もちろん、何かを期待していたわけではない。
「男子生徒ではなく、清掃のおじいさんだったのよ。私の鼻もまだまだね。男子の年齢を判別できないだなんて。清掃のおじいさんに悪いなと思ったから、私は水を流して、その場を後にしたわ」
下部さんは、これで話は終わり。と言わんばかりに、僕の方をチラチラと見てくる。
感想がほしいのだろうか。
「いやうん。よかったよ。オチがしっかりあってね」
エロくはなかったけどね。
下部さんは、褒められたのが嬉しかったのか、やたらニヤニヤとしている。
まぁ、ラジオが好きなだけあって、話の構成はうまいな、この人。
意外と期待できるのかな。
「じゃあ、次いくわよ。これは……えっと、一週間くらい前だったかしらね。職員室での出来事よ」
いきなり現場がアダルティになったが、大丈夫だろうか。
「放課後も放課後。空は暗くなっていて、校内に誰も残っていない時間だったわ。私は日課の、教室に不要物を隠していないかのチェックをしていたから、残っていたのよね」
不要物。というより、男子生徒がこっそり隠している、エッチな本を期待したのだろう。
何をしているんだこの人は。
「で、ふと職員室を見たら、明かりが消えているわけ。おかしいわよね。私、まだ風紀委員室の鍵を返してないから、職員室は閉まらないはずなのに」
「鍵を持って帰っちゃったと思ったんじゃない?」
「いいえ。ちゃんと、何時に戻るかまでも伝えてあるし、そもそも私、毎日これをしているから、遅くまでいる先生が、気がつくはずなのよ」
なるほど。これはひょっとして、怖い話なのだろうか。
R18要素が、全く顔をのぞかせない。
「不安になって、職員室へ行くと、何やら怪しげな会話が聞こえてきたのよ」
……あっ、始まりましたね。
僕は少しだけ、放送のボリュームを上げた。
男子生徒の期待を背負っているので。
「そこはダメだ。私たちは教師だぞ。なんてね、聞こえてくるの」
「……」
「私、勇気を出して、職員室に入ったわ。そして、電気をつけたの」
「うん」
「勇気と電気って、ダジャレじゃないわよ?」
「急にしょーもないこと言わないでいいから、続きを早く」
「そしたらね、ピー先生と、ピー先生が、キスをしていたのよ」
……うまい具合に、ピー音を使いこなした下部さん。僕に向けて、サムズアップのポーズをとる。
だが、放送には乗らなかったが、僕にはしっかり、その先生の名前が聞こえた。
そしてそれは、男の教師のものである。
「いやー。いいコンビだと思うわよ。年の差こそあるけれど、その方が燃えるわよね」
五十代前半と、二十代後半の、男性同士の恋愛……ごめん、僕には少し早すぎたようだ。
「その先生たちは、普段だと早く帰るのよ。でも、その時は、いつも残っている先生に代わって、戸締りを引き受けたのね。だから、いつも私が残っていることを、知らなかったってわけよ」
「なるほど」
「……そういうことを、したいがために、残っていたっていうのは、情熱を感じない?」
「できれば感じたくないかな」
僕は至ってノーマルな性癖の持ち主なので。
下部さんが、口を尖らせる。いや、あなたみたいにね、ゾーンが広くないんですよ。
「さて。時間的に、次がラストね」
「そうだね。下部さん。頼むからハメを外さないでよ」
「大丈夫。しっかりハメるわ」
「その言い方やめてね」
下部さんは、水を飲んで、一呼吸ついた。
「さて、これは、屋上で本を読もうとした時の話なんだけど」
屋上まで行って、エロ本を読んでるのか……。
「もう先客がいたのよ。そして、どうやら男女のカップルらしいの」
おっ、今回はちゃんと、男女だ。
わざわざ男女っていうのが、そもそもおかしな話のだけれども。
「別れ話をしているみたいだったわ。どうやら、男子の方が、冷めてしまったみたいなのよね。まぁありがちよ。高校生の恋愛なんて、コンビニ弁当みたいなものだから」
「コンビニ弁当に失礼だよ」
「えっと、不適切な発言があったことをお詫びするわ」
下部さんは、ゆっくりと頭を下げた。
これはラジオです。
「話を戻すわ。その飛んできたコンドームを」
「はい。ダメでーす」
僕はマイクのスイッチをオフにした。
「なんで止めるのよ!」
下部さんが、こちらを睨みつけてきた。
「いや、話どこに戻ったんだよそれ」
「別れ話よ」
「なんで別れ話の最中に、コンドームが現れるわけ?」
「そんなの知らないわよ。でも、コンドームは持ってきちゃいけないものだから、風紀委員長として、没収しておいたわ」
「強引に話を終わらせないで」
「単純所持もアウトよ」
「児童ポルノみたいに言わないでよ」
そして、チャイムが鳴り、下部さんのラジオは、強制終了という形になった。
やっぱり、何事もなく、というわけにはいかなかったか……。
「はぁ……やっぱり、喋りっぱなしは疲れるわね」
「下部さん。本当にラジオ好きなんだね」
「えぇ。暇さえあれば聴いてるわ」
「好きな番組とかあるの?」
「深夜ラジオは好きね」
「だろうね」
「えっ?」
「いやうん」
僕はそれ以上は何も言わず、放送室をあとにした。
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