逆鉾雫の場合

「嫌だ!お家帰る!」


幼稚園児みたいな駄々をこねているのは、ご存知ネガティブ少女、逆鉾雫さん。

今日も金色の髪の毛が美しい、スーパーハーフ美少女。


そんな逆鉾さんの美しさが、全くもって効果を示さない、ラジオというコンテンツ。


放送室に、伝説の本があるよ。という、アホみたいな嘘にひっかかり、無事閉じ込められてしまった逆鉾さんは、さっきからグズり続けている。


「神畑くんのバカ。私に何をするつもり?」

「だから、ラジオだって」

「どうせ、この模様も全国に放送されているんでしょ?ろくに会話もできない女が、放送室で駄々をこねている様。滑稽だもんね。面白いもんね。動物園の猿を見ているような気持ちで、きっと私を嘲笑ってるんだ。スーパーチャット送りま〜す(笑)とか言って、二百円とか三百円とか、投げ捨ててるんだ」


長々と喋ってもらって悪いが、あんまり聞いてませんでした。

逆鉾さんのネガティブ妄想を、いちいち間に受けていると、疲れてしまう。

ともあれ、もうすぐラジオが始まってしまうし、せめていつもくらいのネガティブ具合には戻ってほしいところ。


「逆鉾さん。とりあえず椅子に座ろう?」

「どうせこの椅子も、座った瞬間壊れるドッキリでしょ?」

「芸人じゃないんだから」

「はぁ。本当最悪。もう神畑くんの言うことは、何も信用しない」


ため息をつきながら、椅子に座る逆鉾さん。

いや、最初からあなた、僕のこと全く信用してないでしょ。


「えっと、じゃあ逆鉾さん。ラジオまで時間がないから、流れを確認しようか」

「黙秘権を行使する」

「絶対やめてね」


今回は、僕が台本を書くことになった。

内容はいたってシンプル。逆鉾さんのボロが出ないように、そして、逆鉾さんの秘めたるポジティブを、なんとか引き出せるようにという、最早逆鉾さんのためだけのラジオ番組だ。


僕は逆鉾さんに、台本を手渡した。


「神畑くん。私日本語わかりません」

「急に外国人のフリするのやめてよ」

「だいたい、ラジオなんて、音楽を流しておけばいいのに。FMってそうでしょ?」

「FMの人に怒られるよ」


まぁ、音楽を中心とした番組が多いことは確かだし、トークが基本単調で、おしゃれな人しか好まない番組が多いことは、否定しないけども……。


あっ、今の部分は、カットでお願いします。


「大丈夫。逆鉾さんって、ネガティブだけど、面白いところあるからさ。もっとみんなにそれを知ってもらいたいんだよ」

「私のこと、おもちゃだと思ってる?」

「捉え方が相変わらずネガティブだね」

「だって、そうだよ。ねぇねぇこいつ面白いから、いじってやろうぜ。みたいな、性格の悪さを感じるよ?」


逆鉾さんは、軽蔑するような視線で、こちらを見てくる。


「いや、そんな否定的な考え方しないでよ。やっぱり、話さないとわからないことってあるよ?」

「……まぁ、従わないと、この密室で、神畑くんに何をされるかわからないもんね」

「絶対何もしないから」

「嘘だよ。男の子はみんなそう言うの……。私の胸を見ながら」


決して見ていないことを、ここで報告しておきます。ちゃんと、台本に目を通しているところだから。


「えっと、じゃあ流れを確認するよ。まず、自己紹介から。シンプルでいいよ」

「人間です」

「シンプルすぎるね」

「女の子です」

「声を聞けばわかるよ?」

「匿名希望でいいかな?」

「それはリスナーが使うやつだから」


まぁ、昨日の桃林さんの件があるので、今日も変な人がラジオをやるぞ。くらいの噂は出回ってしまっている。

下手をすると、逆鉾さんだとバレている可能性もあるわけで……隠す意味はないのだ。


「名前を名乗って、自分のクラスを紹介。これでいいよ」

「逆鉾雫。Sクラスです」

「メルセデスかな?」

「ごめんね。私なんて、ダイハツのミライースだよね」

「ダイハツに失礼だから今すぐ謝って」


僕が代わりに謝ろう。ごめんなさい。


「あの、ボケるなら、先に言っておいてね。対処できないから」

「わかった。何も喋らない」

「極端すぎる」

「だいたい私、不特定多数の人に、声を届けるなんて、初めてだし。正直荷が重い」

「大丈夫だって。そういうこと考えると、確かに緊張するかもしれないけどさ、まぁ僕と二人で喋ってると思って、気楽にいこうよ」

「……二人きりでラジオとか、恋人だと思われたら、どうするの?」


逆鉾さんは、真剣な表情で、僕を見つめてきた。

えっ、なにその、しんみりした感じ。


「……いや、昨日、桃林さんともやったけど、そういう意見はなかったよ」


勇気のない僕は、逃げるような返答をしてしまった。


「……ふーん」


逆鉾さんは、がっかりした様子。

これはあれだな。恋愛シミュレーションゲームでいうと、好感度が下がったやつだな。

いや、逆鉾さん。一回僕とは付き合えないって言ったから、そういう話題は避けてくると思ったのに。


急にノーマルな恋愛ラブコメみたいなセリフを吐くの、本当にやめてほしい。心臓に悪いから。


「さて、そろそろ始まるね」


露骨に話題を逸らす。でも、本当にあと一分ほどで、始まってしまうのだ。


「えっと、自己紹介の後は好きな食べ物。最近ハマっていること。最近読んで面白かった本。あとは、少しだけ届いた質問に答える。こんな感じね」

「質問なんて届いてるの?私なんかに?」

「それがね、届いてるんです。三通も」


放送室の扉に、貼り付けてあった手紙。まともなものと、そうでないもの(主にお胸の話題)を分けて、三通だけ採用した。


「まぁ、簡単な質問だから、これはぶっつけ本番にしよう」

「そんなこと言って、本当は、政治問題とかをいきなりぶつけてきて、どちらかに偏った発言をしたら、学校内のそっち側じゃない派閥に殴り倒されるんでしょ?」

「昭和じゃないんだから」


平成も終わろうとしているのに、そんな政治に熱心な若者はいない。


「よし。もうあと十秒だ。逆鉾さん。準備オッケー?」

「いつでも帰れるよ」

「違う。座って」


席を立とうとした逆鉾さんを、慌てて座らせる。

そうこうしているうちに、時間になった。


「さて、昨日に引き続き始まりました。放送部の代わりに、僕こと、神畑と、今日は、文芸部の部長、逆鉾さんでお送りします。お昼のラジオです」


僕は逆鉾さんに、手で合図を出す。


「えっと、逆鉾雫です。クラスは二年D組」

「はい。というわけで、よろしく逆鉾さん」

「よろしく」

「早速逆鉾さんに、いろいろ質問していくね」

「私、何も悪いことしてないよ?」

「職務質問じゃないよ」


気を取り直して。


「えっと、逆鉾さん。好きな食べ物ってある?」

「私はあるけれど、食べ物の方が、私を好きかどうかはわからない」

「何その難しい返答」

「フルーツは大体好きかな。毎朝フルーツジュース飲んでるし」

「へー。なるほどね」

「ちゃんと、ジューサーで作ってるの」

「あぁ、あの、よく通販番組でやってるやつか」


大体、買ってもほとんど使わず、町内のバザーで毎回出品されているのを、見かけるアレ。しかし逆鉾さんは、ちゃんと愛用しているらしい。


「食堂とかは行く?」

「行かない。私なんか行ったら、ご飯が不味くなっちゃうから」

「ならないよ」

「行く友達もいないし」

「別に、一人で行ったって良いと思うよ」

「グループが近くの席に来たら、気まずい。立って食べることになりそう」

「駅の蕎麦屋じゃないんだから」


まぁ、こんな感じの返答にはなっちゃうだろうなと思ったけれど、一応訊いてみました。


「次の質問。最近ハマってることは?」

「服を着ること」

「おしゃれをすることじゃなくて?」

「普段私、全裸なの」


なんてことだ。二日続けて、全裸ジオになってしまった。


「家族がみんなそうだから、私もそうしていたんだけど、最近みんなはそうじゃないことに気がついた」

「うん。ちょっとびっくりした」


でもまぁ、ハーフだし、そういうこともあるのかな。

という、適当な感想を持ったところで、次の質問にいこう。


「最近読んで面白かった本は?」

「ワンピース」

「文芸部の部長。できれば小説でお願いします」

「最近は、ワンピースしか読んでない。一巻から読み始めたから」

「ブレるブレる。じゃあワンピースの前まで遡ってよ」

「ブリーチ」

「ねぇ」


毎回逆鉾さんは、本にカバーをつけて読んでいるが……まさか、漫画を読んでいたなんて。

それ、朝の読書の時間に、ちょっとヤンチャな子がやる手法じゃん。


「じゃあ、質問を変えるよ。オススメの小説は?」

「小説版ワンピース」

「逆鉾さん。僕をおちょくってるの?」

「ネガティブだね」

「逆鉾さんだけには言われたくないセリフだ」


まともに答えるつもりはないらしい。

もう、最後のコーナーに入ってしまおう。


「最後のコーナーは、リスナーからの質問に答えていきます。逆鉾さん、覚悟しておいてね」

「うん。いつでも死ねる」

「そこまで覚悟しなくていいから」

「早く帰りたい」

「まず一つ目の質問。逆鉾さんは、夜ごはんに何を食べてますか?」


ざっくりしすぎだろ。この質問。

でも、これくらいしか、まともなものがなかったので、仕方ない。

逆鉾さんは、口元に手を当てて、少し考え始めた。


「本を食べてる、かな」

「何言ってるの?」

「ページを破いて、一枚ずつ」

「ねぇ逆鉾さん」

「たまにポン酢に浸したりとか」


なぜ急に、変なボケをかましだしたのだろうか。

僕は筆談で、逆鉾さんに尋ねる。


逆鉾さんからの返事は、こうだった。


『ラジオって、楽しいね』


えっ、楽しんでるの?

逆鉾さんは、見たことないくらい、満面の笑みを浮かべている。


「えっと、じゃあ次の質問。男の子に生まれ変われるとしたら、生まれ変わりたいですか?」

「なりたい」

「即答だね」

「女の子には良いことなんて一つもない。毎月体調悪くなるし、肩は凝るし、そのくせ社会に出たら、何もできないような男性に、上から目線でこられるし」

「ちょっと逆鉾さん」


僕はマイクの電源を切った。

そして、逆鉾さんの肩を叩く。

どうして止めるの?みたいな顔をして、逆鉾さんは、こちらを向いた。


「どうしたの急に。熱が入ってるよ」

「ラジオって、楽しいね」

「うん。いや、思わぬ適性を自分なりに発見してくれたことはありがたいよ。でもさ、これ、高校生がお昼に聞くラジオだからさ。マイルドな内容で頼むね」

「わかってる。高校生っぽいぬるい感じにするね」

「いちいち嫌な言い方に変えないで」


逆鉾さんは、マイクの電源をオンにした。

そして、僕から、台本を引ったくる。


「最後の質問は……、えっと、逆鉾さん、今好きな人はいますか?」

「……」


僕は頭を抱えた。

それは、消した方の質問だ。

台本には一応、最終候補として、残してあったのだ。


逆鉾さんは、顔を赤くする。

……好きな人、いるのか?


「……言います」


僕は、唾を飲み込んだ。緊張の瞬間だ。


逆鉾さんは、ネガティブにもかかわらず、僕に対しての距離感は、そこそこ良かったように思える。

ひょっとして、ひょっとするのか?これは。


「……私の、好きな人は」


僕は、目を閉じる。


「……ポールマッカートニーです」

「何だそれ」

「えっ、神畑くん。ポールマッカートニー知らないの?ポールはね、ビートルズっていうバンドのメンバーで」

「知ってる知ってる知ってる」


逆鉾さんの、ポールマッカートニー談が始まろうとしたところ悪いが、もう時間だ。

お別れの挨拶をする間も無く、無情にもチャイムが鳴った。


「……終わった」

「お疲れ、逆鉾さん」

「うん。思い残すことなんて何もない。ありがとう神畑くん。文芸部は任せたよ」

「どこに行くつもりなの?」

「屋上」

「おいおい」


僕は慌てて、逆鉾さんを引き止めた。


「逆鉾さん、ポールマッカートニー好きなんだね」

「うん。大好き。でも、ポールは私のこと好きじゃないと思う」

「そんなことないと思うよ」

「神畑くんは、ポールマッカートニー好き?」

「普通」

「私のことは?」

「えっ?」


そう言って、逆鉾さんは、放送室を出て行った。

……なんなの、あの子。小悪魔なの?

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