ラジオDJ
桃林秀乃の場合
「自信しかありませんね」
そういう桃林さんは、プリントを手に持ち、ノリノリで音楽にノッている。
場所は放送室。そして、時刻は午後十二時五十七分。
僕たち二人のラジオ放送まで、ついにあと三分となってしまった。
自信満々の桃林さんに対し、僕は不安しかない。
「どうしたんですか?神畑さん。薄暗い顔して」
「暗い顔でいいじゃん」
「もっとテンション上げていきましょうよ。ラジオですよ?ラジオ」
そう言って、僕の肩を、何度も愉快そうに叩く桃林さん。
なぜこんなことになったのか。理由は簡単。理事長の命令だ。
放送部が、全員インフルエンザにかかり、ダウンしたので、復帰するまでのおよそ四日間、孤立少女とともに、ラジオをやれと命令された。
そんな命令、ありますか?高校だよ?何だラジオって。ライトノベルかよ。
進学校という設定は、どこへいってしまったのか。
「神畑さん。放送禁止用語って、校内だから言ってもいいんですよね?」
「いいわけないでしょ」
「えー。でも、高校生なんて、下ネタを言っておけば、喜びますよ?」
確かにそうかもしれないが、そんなラジオを放送したら、某風紀委員長が、息を荒くして乱入してきそうなので、絶対に止めなければいけない。
「でも、どうせやるんだし、刺激的な内容にしたいですよね」
不敵な笑みを浮かべる桃林さん。
今回のラジオ、理事長が事前に、ある程度の枠組みを作ったらしい。
そしてそれを、僕は渡されていない。
なぜか、パートナーであるところの、桃林さんだけが、内容を知っている。
完全なる嫌がらせだ。
「そもそもこの音楽、なに?」
「ベートーヴェンですよ。知りませんか?」
「何でクラシックでそんなにノレるのかな」
まるでEDMでも流れているかのように、さっきから、鼻歌を口ずさみながら、小刻みに体を揺らしている桃林さん。
放送室では、CDを流すことができる。今回ラジオで流す曲を、試しに聴いているらしいが……。
クラシックって、普通、掃除中とか、帰る時間に流さない?
「ところで神畑さん。ラジオって、全裸でやっていてもバレませんよね」
「何を言い出すの?」
「全裸ジオ。どうですか?」
桃林さんは、決まった!みたいな顔で、僕を見つめてくる。
この人に、今から喋らせて、大丈夫なの?
「あのさ、頼むから、変なことしないでね。桃林さんは、孤立から立ち直らないといけないんだから」
「安心してください。喉の調子バッチリです」
「全くわかってないね」
こんな様子だが、もうあと一分ほどで始まってしまう。
たった十分の短いラジオだが、桃林さん、そして僕の、明日からを占う、大切な時間である。
……僕の場合、あと三日も残ってるけれど。
「桃林さん。そろそろ音楽消したら?」
「何言ってるんですか?流しっぱなしでいきますよ」
「いや、あんまり音楽が途中から流れるラジオないでしょ」
「神畑さん。普通のラジオなんかやっても、つまらないですよ。めちゃくちゃやってやりましょう?」
「なんでそんなに破天荒なわけ?」
このように、やたらテンションの高い桃林さんを、僕は止めることができなかった。
そして、本番。
「さぁ〜!始まりました!DJ桃林と〜」
桃林さんが、僕の方を見つめてくる。そして、マイクを指差した。
「……DJ神畑です」
「はい、そういうわけでね、今日も始まりました。DJ桃林と神畑の、桃畑〜!」
だっさ……。
DJって言ってるのに、AMラジオみたいなタイトルだな。
「ねぇねぇ神畑さん。私こないだね、一人で道を歩いていたら、犬のフンをうっかり踏みつけてしまったんですよ」
「ランチタイムのラジオだよ?」
「そうでしたね。失礼しました。言い直します」
ゴホンゴホンと、漫画みたいな、ワザとらしい咳払いをする桃林さん。
「私こないだね、一人で道を歩いていたら、犬のピーをうっかり踏みつけてしまったんですよ」
いつから用意してあったのか、桃林さんがボタンを押すと、ピー音が流れた。
普段、放送部のやっているラジオを、ちゃんと聞いていなけれど、割と設備は整っているのかもしれない。
「それに気がつかないまま、私は電車に乗ってしまったんです。そしたら、周りの乗客が、やたら顔をしかめるんですよね」
「そうだろうね」
「だんだん視線が私の方に集まってきたので、ちょっと恥ずかしくなってきて、某ネズミの耳を外したんですよ」
「あっ、某ランドの帰りの電車の話だったの?」
しかも一人だったんだ……。
まぁそこは、触れるとめんどくさそうだし、やめておこう。
「でも、耳を外したのに、まだ私のこと見てるんです。アレおかしいな〜って思って、ようやくそこで、なんとなく臭いな、というのに気がつき始めて」
「うんうん」
「恐る恐るビーチサンダルの裏を見たら」
ビーチサンダルにも触れないぞ。
「犬のピーがこべりついてました」
「……うん」
だろうね。
なんだこの話。
「という、オープニングトークでした」
桃林さんは、やりきったみたいな顔をしている。
いや、トークにおいて、オチを最初に言うって、あるか?絶望的に構成が下手くそだな。この人。
「いやぁ。すいません。面白い話しちゃって。今聞いてる皆さん、飲んでる牛乳、吹いちゃったんじゃないですか?」
「誰も牛乳飲んでないと思うよ」
そもそも、クラシックを流しながらする話ではない。
「じゃあ、次は神畑さんの番です。私より面白い話をすることができたら、番組特製ステッカーを差し上げます」
「普通、リスナーにプレゼントするもんじゃないの?」
「さてここで、リクエスト曲いきましょう」
「本当に構成が下手なんだね」
「TUBEで、あー夏休み」
インフルエンザが流行しているこの真冬に、ゴリゴリの真夏ソングをリクエストしてきた、何者かはさておき、次は僕が面白い話をしないといけないらしい。
とは言っても、友達がいなければ、特に遠出するわけでもない僕に、面白い話の持ち合わせなんて、全くないのだが。
「いやー。疲れましたね」
マイクを切り、僕に話かけてくる桃林さん。
「僕、面白い話なんてないよ」
「そう言うと思って、理事長が、神畑さんのために、用意してくれてますよ」
そう言って、桃林さんは、僕にプリントを渡してくれた。
「さぁお聞きいだきました、TUBEで、あー夏休み。さて続いては、神畑さんの面白トーク!」
目を通す間も無く、桃林さんが、ラジオを再開してしまった。まだサビまでいってなかったのに。
「どうぞ!」
仕方なく、僕は文面を、そのまま読むことにした。
「こないだ、複数の友達と集まった時の話なんだけど」
もう嘘だ。
僕に友達はいない。
「ある友達が、苦手なものが多くって……。例えば、わさびとか、紅生姜とか、そのくらいならわかるんだけれど、海鮮モノとかも全部だめらしいんだよね」
「へぇ〜」
「他の友達も、甘いものが苦手とか、なんとかで、結構食べ物の好き嫌いが多かったんだよね」
「はいはい」
「それで、僕も訊かれたわけ。でも、僕って、食べ物の好き嫌いはないからさ。大丈夫だったんだけど……一つ閃いたんだよ」
「はい」
「まんじゅうが、苦手だなって。僕は言ったんだ」
……あれ?
これ、どっかで聞いたことない?
多少ニュアンスは現代風になってるけれど、間違いなくこの話って、最終的に、僕はまんじゅうが大好きってオチになるよね?
「なるほど!神畑さん。そんな、まんじゅう怖いみたいな話あるんですね」
言っちゃったよこの人。最低だな。
桃林さんは、口を押さえて、笑いをこらえている。確信犯だ。
「……で、後日まんじゅうがたくさん送られてきたって話なんだけど」
「あー。なるほど。これは現代のいじめ社会の問題として、取り上げなければいけないですね。私、生徒会長ですし。PTAに掛け合ってみます」
桃林さん、何がしたいんだろう。
「本当に怖いのは、まんじゅうじゃなくて、人間って話ですね」
「……はい」
受け入れるしか、なかった。
きっと桃林さんのことだから、このプリントの内容は、きっちり把握していただろう。
自分の手柄みたいな顔をして、僕をニヤニヤしながら、見つめてくるのが、とても腹立たしい。
「さ〜て!私と神畑さんのトーク、どっちが面白かったでしょ〜か!ハッシュタグ、桃畑で投稿してください!」
「日本一ダサいハッシュタグやめて」
「結果が出ました!」
「早いね」
誰一人として、まだ投稿していないと思うんですが。
しかし、桃林さんは、小さくガッツポーズをする。
「先週のラジオでのオーバーポイントと、今日のポイントを合わせて、100万対0で、私、桃林の勝ちです!ありがとうございます!」
……なんだこの茶番。
「と、いうわけで、この番組ステッカーは、私のものです」
時計を確認する。
なんだかんだで、あと三分くらいだ。
早く終わってくれ。桃林さんが暴走するだけならまだ良かったけれど……多分このラジオ、単純に面白くない。めちゃくちゃスベってる。
おそらく、教室のスピーカーのボリュームは、0にされているのではなかろうか。僕が教室にいたらそうする。
「さぁ、番組も残すところあと僅かです。神畑さん。何かやり残したことはないですか?」
「ないです」
「そうですか〜。私はありますよ」
「何かな」
「生歌を披露してません」
そう言って、桃林さんは、カバンから……リコーダーを取り出した。
「いや、リコーダーじゃ、歌えないでしょ。って思ってません?」
「今ちょっと声真似したの腹立つな」
「リコーダーは、イントロと間奏で使います。あとはアカペラです」
「斬新すぎる」
芸人のネタみたいだ。
「じゃあ、私が歌う、欅坂46の、サイレントマジョリティを聴きながら、お別れです。それではみなさん、また会う日まで〜!」
そう言って、桃林さんは、リコーダーを咥えた。
もう僕、いらないよね。
ひっそりと、席を立とうとしたところ、桃林さんに、止められた。
「なに?」
「……私、リコーダー吹けません」
「は?」
「小学校も中学校も、音楽の授業はほとんどサボってきました。吹けません。習ってません。助けてください」
「じゃあなんでリコーダーにしたの」
「リコーダーとホルンしか家になかったんです。消去法ですよ」
なんでホルンが家にあるのだろうか。
まぁそれはいいとして。
「僕は知らないよ。適当にやったら?」
「そんな生半可な気持ちで、ラジオをやってませんよ」
「犬のフンとか言ってた人のセリフじゃないでしょ」
「犬のピーです」
「もうそのピー音で、リコーダー吹いてるフリすればいいじゃん」
「バカにしてます?」
「ちょっとね」
桃林さんは、軽く頬を膨らませた。
「とにかく、助けてください。じゃないと、私は今ここで、神畑さんに放送中ずっとお尻を触られていたと告発します」
「最低のやり口だな」
まぁ、しかたない。最後だし、付き合ってあげよう……。
桃林さんから、リコーダーを受け取る。
急いでネットで楽譜を用意し、まぁギリギリ吹けそうな、わかりやすいものを見つけた。
「よし、じゃあ、行きますよ」
「うん」
僕が、リコーダーを口に咥え、吹こうとした、その時。
チャイムが鳴った。
終了のお知らせである。
「……」
桃林さんは、固まってしまった。
「……桃林さん。残念だったね」
「この日のために、歌、練習したんです」
「リコーダーを練習してほしかったけどね」
「私の歌声を、みんなに届けたかった」
「校庭で歌ったら?」
「神畑さん。次のライブは、絶対成功させましょう」
「ライブじゃないし、次僕はいないよ」
リコーダーを、桃林さんに手渡す。
さて、そろそろ行かないと、次の授業の準備があるのだ。
「桃林さん?」
リコーダーを受け取ったまま、動こうとしない桃林さん。
ショックなのはわかるが、生徒会長が授業に遅れるのは、あまりよろしくないことだ。
……まぁ、あんなめちゃくちゃな放送をしたあと、すんなり教室に入れというのも、酷な話だが。
「行くよ。桃林さん」
「……神畑さん」
「なに?」
「これ、リスナーへのプレゼントですね」
そう言いながら、桃林さんは、リコーダーを振っている。
「いや、やめときなよ」
「違います。私という、一人のリスナーへの、プレゼントです」
「……よくわからないけど、早く行かないと、授業遅れるよ?」
「はい、ありがとうございます」
少しだけ、嬉しそうな顔をしている桃林さん。
その笑顔の理由は、わからず終いだった。
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