テスト返し

桃林秀乃の場合

「はぁ……」


放課後の生徒会室、桃林さんは、何だか物憂げな表情をしている。

何か、悩み事だろうか。


「どうしたの?桃林さん」

「あぁ、神畑さん。こんにちは」


桃林さんは、僕の顔を見ると、大きなため息をついた。

あんまり人の顔見ながら、ため息つかないでほしいですね。


「聞いてくれますか?神畑さん」

「僕でよければ」


こうやって、悩み相談をしていくことは、関係を育む上で、大事だろう。いい機会だ。


「……私って、何でこんなに、完璧なんですかね」

「……」


非常に腹ただしい内容の、お悩み相談だった。

桃林さんは、机に頬杖をつきながら、かったるそうにしている。


「はぁ〜辛い辛い。完璧って、私を表す漢字なのかもしれませんね」

「桃林さん。どうしたの?」

「神畑さん。今がどんな時期か、知ってます?」

「……うん、まぁ」


先週が、テスト週間だった。

つまり、今週は、テストが終わって、ぼちぼち結果がわかるころである。


桃林さんは、カバンから、何枚か紙を取り出した。

そしてそれを、僕に見せつけてくる。


「英語、満点。国語、満点。数学、満点。とりあえずこんなもんですね」

「……」


すごい。それ以外の感想が思い浮かばなかったが、癪なので言わないでおいた。


「神畑さん。私辛いんです。罪な女ですよね」

「……」

「あっ、今、本当に罪を犯して、捕まればいいのにって顔しましたね?」

「そこまでは思ってないよ」


ちょっと痛い目見てほしいなとは思ったけどね。


しかし、さすが、一年生で、すでに生徒会長として選ばれているだけのことはあるな。この人。


「それで、神畑さんは、どんな用事ですか?取材ですか?」

「違うよ」

「いいんです遠慮しなくて。私の活躍を、どうぞ世に広めちゃってください。もちろん、顔出しもオッケーです。なぜなら、いずれ世の中に顔が出る女ですから。ね?」

「一旦落ち着こうか」


こんなキャラだったっけ。桃林さん。

テスト期間は、一回も合わなかったけれど、そのうちに、多少心境の変化があったのかもしれない。


「別に、大した用事じゃないよ。ちょっと会いに来ただけ」

「何ですかそれ。付き合いたてのカップルですか?」

「まぁその、一応僕は、桃林さんを、孤立から救わないといけないからね」

「早く救ってくださいよ。このままだと私、売れ残っちゃいます」

「三十路の女性みたいなこと言わないで」


気を取り直して。


「桃林さんさ、やっぱりそれだけいい点数を取るってことは、結構普段から勉強してるの?」

「いや、そんなにしてないですね。教師と寝るだけですから」

「何を口走ってるの?」

「冗談ですよ。教師と作戦を練るってことです」

「そっちもアウトだよ」


完全な八百長じゃないか。

まぁ、いつもの冗談だろうけれど。


「勉強してますよ。さすがに」

「まぁ、そうだよね」

「でも、勉強ができるだけでは、話になりませんからね。社会で通用しません」

「そうだね」

「ですから、こうして生徒会長として、様々な経験を積むことは、大事ですよね」


様々な経験、積めているんだろうか。

一人で生徒会室にこもってるイメージしかないぞ、この人。


「ちなみに、神畑さんはどうだったんですか?テスト」

「うーん。まぁまぁかな。平均点よりは、全部上だったけど」

「進学校ですからね。平均超えてるならいいんじゃないですか?」

「そうだね」

「そんな進学校のテストで、満点を取った私は」

「もういいよ」


またしても、テスト用紙をピラピラと揺らしながら、見せびらかしてくる桃林さん。


「あのさ、そんなに自慢したいなら、僕じゃなくて、クラスメイトとかにしたら?」

「そんなことしたら、チェックメイトですよ」

「全然うまくないよ?」

「笑いのセンスは、まだまだ勉強が足りませんね」


てへっ、と、可愛らしく舌を出す桃林さん。

その前に、友達作りについての勉強とかを、もっとしてほしいなと思うけれど。


「クラスメイトとのチャットは、オフにしてるんです」

「オンラインゲームみたいだね」

「誰も訊いてこないんですよ。訊いてきたら、見せびらかしてやるのに」

「まぁ、確かに、満点取っておいて、自分からは言いづらいか」


それと同じか、それ以下の点数しか、存在しないわけで。

完全なる嫌味になる可能性が高い。


「だからこうして、殴り放題のNPCであるところの、神畑さんに、自慢してるわけですよ」

「失礼すぎない?」

「無礼講ですよ」

「飲み会じゃないんだから」


未成年の飲酒はダメです。絶対。


「あれ、そういえば桃林さん。理科と社会は?」

「えっ、何ですか?」


桃林さんは、口笛を吹きながら、そっぽを向いた。

何だこの反応。


「……桃林さん、カバン見せてもらってもいい?」

「嫌ですよ。女の子のカバンを覗くなんて、変態じゃないですか」

「もしかして、点数悪かった?」

「心外ですね。そんなことはなかったですよ。この完璧な私であるところの私が、ミスなんてするわけないです。この私が」

「私私うるさいよ」


これは明らかに黒だ。

僕から、先手を打とう。


……実は、化学だけ、満点だったのだ。

そのテスト用紙を、僕はカバンから、ゆっくり取り出し、机の上に置いた。


桃林さんは、明らかに、嫌そうな顔をする。


「……なんですか?これは。満点取れたよごっこですか?」

「そんな悲しい遊びしないよ」

「……」

「桃林さん、理科と社会は?」

「しょうがないですね」


桃林さんは、カバンから、残りのテスト用紙を、全て机の上に出した。やや雑に、バラまくような形で。


日本史、九十九点。世界史、九十八点。物理、九十九点。そして……。


化学は、九十点ジャストだった。


「あーあ。バレちゃいましたね。そうですよ。私、理科と社会は苦手なんです」

「苦手っていう点数でもないけどね」

「まさか、神畑さんに、十点も負けているだなんて、信じられません。夢ですかね?ちょっとほっぺをつねってみます」

「うん」


そう言った後、桃林さんは、急に僕に近寄ってきて……、僕のほっぺを、思いっきりつねってきた。


「痛い痛い、コラ。おい」

「夢じゃないみたいですね」

「誰が人のほっぺで確認するんだよ」


とりあえず、桃林さんを、席に座らせる。


「そもそもさ、一年生と二年生で、当然内容が違うわけじゃん。気にする必要なくない?」

「でも、化学の教師は、確か同じですよね?あの教師、どの学年でも、最後の設問を、かなりトリッキーな問題にしやがったんですよ」


桃林さんは、イライラしながら、貧乏ゆすりをしている。


「さすがの私も、対応できませんでした」

「いや、あれはね、授業でやったよ」

「……」

「……授業、聞いてなかったでしょ」

「聞いてましたよ。しっかりイヤホンつけて」

「全く聞いてないじゃん」


そんなことだろうとは思った。

勉強ができる人にありがちな、授業をおろそかにしてしまうアレ。

あの先生は、割と、授業で触れた問題を、テストに出してくれていた。だからこそ、僕でも満点を取ることができたわけで。


「でもまぁ、すごいのは認めるよ。間違いなく学年一位だもんね」

「学年一位なんて、通過点でしかないですよ。いずれ、世界一位になる女ですから」

「がんばってね」

「今のうちにサインしておいてあげます。いずれ高くなりますよ」


そう言って、桃林さんは……。

なんと、僕の化学のテストを引ったくり、名前を消しゴムで消した後、そこに、自分の名前を書いたのだった。

あまりの行動に、僕は言葉を失う。


「はい。どうですか?嬉しいですよね」

「嬉しいと思う?」

「人の苦しみが、私の喜びですから」

「悲しすぎる」

「これをどうぞ」


そう言って、桃林さんは、自分の化学のテストの名前を、僕の名前に書き変えた後、僕に手渡してきた。

満面の笑みで。

笑顔のテストなら、間違いなく満点だが、人間としてはゼロ点である。


「な、なんだか、照れますね。お互いの大切なものを交換するって」

「よくそんなセリフが吐けるよね」

「そのテスト用紙、私だと思って、大事に保存しておいてくださいね?」

「いや、今返すよ」


僕は、桃林さんの手元に、テストを返却した。


「カップル不成立ですか」

「僕のテスト用紙、返してくれる?」

「はい」


桃林さんは、テスト用紙を、裏返した。

……一休さんかよ。


「そんなに悔しかったら、次からは、ちゃんと真面目に授業受けようね」

「こういう考え方もできます。毎回神畑さんのクラスの、化学の授業を妨害する」

「生徒会長として、その発想はどうなの?」

「まぁそもそも、神畑さんが次に化学のテストを受ける日に、こっそり下剤を口に打ち込むとかでも、アリですけどね」

「ナシだよ」


とりあえず、次のテストの時は、桃林さんの動向に、気を使っておこう……。


「さて、じゃあ神畑さん。帰ってください」

「いきなり何」

「テスト期間が終わると、生徒会の溜めていた仕事が、ドサっと襲いかかってくるんですよ。割とマジで忙しいんで」

「その割に、机でたそがれてなかった?」

「言うこと聞かないと、キスしますよ」

「なんなのその脅しは」


桃林さんが、急に迫ってきたので、僕は慌てて、席を立つ。

この人なら、本当にやりかねない。


「わかった。帰るよ」

「はい。さようなら」


僕は、カバンを持ち、生徒会室を出ようとするが……。

桃林さんが、明らかに、こちらを、助けてほしそうな目で見ている。


「……えっと、何かな」

「仕事がたくさん溜まってるんですよ」

「うん」

「このままだと私、しばらく帰れません」

「だろうね」

「帰る頃には、外は暗くなってます」

「まぁ、うん」

「……神畑さんは、女の子に、そんな暗い暗い夜道を、一人で歩かせるつもりですか?」


……なるほど、手伝えと。

普段、誰の手も借りず、一人で黙々と仕事をしている桃林さんだ。そりゃあ、やらなければ、当然仕事は溜まっていく。


頼れるのは、僕くらいなのかもしれない。


「じゃあ、手伝うから、テスト用紙は返してね」

「もう食べちゃいました」

「ヤギじゃないんだから」

「ほら、早く座ってください。やりますよ」


桃林さんは、さっきまで僕が座っていた椅子を、パンパンと叩いて急かす。

そして、机に、大量の書類を置いた。

……なるほど、こりゃあ、一人でやってたら、いつになるかわからない。


僕は席に座った。


「はい、テスト用紙です」

「いや、桃林さん。名前のところ、ちゃんと直してくれない?」

「あぁ。忘れてました」


そう言って、桃林さんは、名前の部分を書き直す。


「はい、どうぞ」


受け取ったテスト用紙。名前の欄には……。


神畑秀乃、と、書いてあった。


「えっと、桃林さん?」

「生徒会室は、私語厳禁です」

「図書室じゃないんだから……」


桃林さんの頬が、少し赤くなっていたのは、多分気のせいじゃないだろう。

僕は早速、仕事に取り掛かった。

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