ヘルプミー

桃林秀乃の場合

「暇ですよね?」


放課後、今日はさっさと帰ろうと、早足で下駄箱に向かっていたところ、桃林さんに呼び止められてしまった。

今日も特徴のピンク髪、サイドテールでご登場。


「暇そうに見える?」

「友達がいなさそうに見えます」

「暇そうに見えるか訊いたんだけど?」


早速失礼な女の子だった。

桃林さんは、クリアファイルを手に持っている。

それを、無言で僕に手渡してきた。


「これ、なに?」

「クリアファイルです」

「バカにしてる?」

「実際、私よりバカですよね?」

「どうしたの今日」

「生理です」

「桃林さん。ここは下駄箱だよ」


放課後の下駄箱。それはおそらく、一番混み合っている場所だ。

僕は桃林さんの手を引き、人が少ない、階段の裏まで連れていく。


「ちょっ、神畑さん。なんですか急に。ラブコメごっこですか?」

「ラブコメのヒロインは、あんな人前で、生理なんて言わないよ」

「でも、そういう奇抜な作品の方が、コンテスト映えしそうじゃないですか?」

「誰目線の話をしてるの?」


気を取り直して。


「で、このクリアファイルは?」

「中のプリントを見てください」


僕は言われた通り、プリントを確認する。

そこには、学校内おもしろアンケート調査!と、アホのような文字が、でかでかと書かれていた。


「えっと、これは桃林さんが?」

「はい、酔った勢いで作りました」

「未成年だよね?」

「車酔いですよ」

「よくそんな余裕があったね」

「えへへ」

「褒めてないよ?」


照れながら、頭をかく桃林さんは、もちろんとっても可愛かったが、そんな部分に騙されてはいけない。


「まぁ、それは冗談です。理事長から、生徒会長らしいことをしなさいと言われて、アンケートを取ることを思いついたのですが……。普通のアンケートでは面白くないので、面白アンケートにしてしまおうと、こういう話です」

「で、なんで僕にそれを?」

「そういうことなら、神畑さんを頼りなさいと、理事長に言われたからです」

「あの人まじか」


僕はみなさん知っての通り、孤立しているし、面白い人間では、全くもってない。

理事長もそれを知っている。つまりこれは、嫌がらせだ。


……僕の、孤立少女の救済が、思うように進んでいないことへの、罰だろう。


「一応、私もいくつか候補は考えました。聞きたいですか?」

「うん」

「そんなに言うなら教えましょう」

「そんなには言ってないけどね」


ごほんっと、咳払いをする桃林さん。


「一つ目、あなたの両親は、一日に何回くらいキスしますか?」

「ダメ、ボツ」

「はぁ?殴りますよ?」

「急にキャラクター変えないでくれる?」

「すいません。格闘ゲームとかでも、負けるとすぐ他のキャラクターに」

「うん」


今それ、関係ないよね。

案をあっさり否定されて、桃林さんはご立腹の様子。頬を膨らませ、僕を、可愛らしい瞳で、精一杯睨みつけてくる。


「何でですか。いいでしょう?別に。気になるじゃないですか」

「それ、桃林さんもアンケート答えるんだよね?」

「……私には、両親は」

「あっ、ごめん……」

「います」

「ふざけるな」

「何ならお母さんは二人いますよ」

「それは複雑だ」

「お父さんはいません」

「より複雑になった」

「全部嘘です」

「……」


日本一無駄なやり取りをしてしまった。


「ちなみに私の両親は、子供の前ではキスしないんですよ」

「急にリアルなヤツ持ってくるのやめて」

「神畑さんの両親は?」

「……さぁ」

「えっ、もしかして恥ずかしいんですか?こういう話題。ウブなんですね」


口に手を当て、にししと、意地悪く笑う桃林さん。

そうではなくて、一緒に暮らしていないから、わからないってだけなんだけど……。

それをこの子に言ったら、絶対面倒なことになるから、やめておこう。


「まぁ、それでいいよ」

「じゃあ、次のアンケート行きますね?」

「えっと、ごめん。さっきのは採用?」

「採用ですよ。大丈夫だと思います。高校生なんて、キスとかなんとか言っときゃ騙せますから」

「高校生なめすぎでしょ」


僕の手から、クリアファイルとプリントを引ったくると、プリントの余白に、メモを取る桃林さん。


理事長に叱られる未来が見えるな。

待てよ?もしかして、その時は、僕も連帯責任になるのか?

……最悪だ。


「次の案は、今現在付き合ってる人はいますか?です」

「おっ、これはシンプルでいいんじゃない?」


面白くはないけど。


「で、いないと答えた人の名前を公表します」

「最低すぎる」

「いると答えた人には、相手の名前を書いてもらいます。それを相手と照合して、間違っていたら、それも公表します」


つまり、嘘で書いたところで、バレてしまうということか。

……この子、本当に最低じゃない?


「他校の生徒と付き合ってるとかは?」

「その高校まで実際に行きます。もし社会人なら、その会社までも行きますよ」

「絶対にやめようね」


会社の人が、めちゃくちゃびっくりしてしまう。

ただでさえ、社会人と女子高生の恋愛には、過敏な現状なのだから。


「でも、それだと、桃林さんも名前を公表されるよね」

「は?なぜ私に、彼氏がいないと決めつけるんですか?」

「いるの?」

「いるって言ったら嘘になりますね」

「素直にいないって言いなよ」

「そこで、神畑さんの出番です」

「えっ?」

「神畑さんが、私の名前を書いて、私が神畑さんの名前を書く。どうですか?」

「……」

「もちろん、ただでとは言いません。二万払います」

「生々しいからやめて」


どこから出したのか、二万円を、無言で押し付けてくる桃林さん。


「この案は、ボツ」

「……神畑さんは、私と付き合うの、嫌なんですか?」

「……嫌とかじゃないけど。こういうのは、お互い好き同士じゃないとね」

「そうですか。じゃあ神畑さん次第ですね」

「えっ」

「次の案いきます」

「えっ、今のどういう」

「次の案!いきます!」

「はい」


勢いで、押し切られてしまった。


「学校の経費使い潰そう!です」

「なにそれ」

「文字通りです。学校の経費は、生徒会長である私が、ある程度コントロールできます」

「そんな権力があったの?」

「理事長とズブズブの関係なので」


桃林さんは、ドヤ顔でそう言った。

本当に大丈夫なのかな。この学校、進学校なんだよね?心配になってきた。


「なので、アンケートの回答で、使えそうなやつを採用しちゃいます」

「じゃあ、僕いい?」

「どうぞ」

「トイレが汚いから、綺麗にしてほしいんだよね」

「わかりました。綺麗さっぱり無くします」

「違うよ」

「じゃあ、ルンバを買いますね」

「ルンバがかわいそうだよ」


そのうち水に濡れて、壊れてしまいそう。

……和式の便器に突っ込んで、出られなくなったルンバを想像すると、虚しくなる。


「そもそも、トイレを綺麗にしたところで、面白くありません」

「面白くする必要ある?」

「おもしろアンケート調査ですよ?」

「いや、アンケート自体を面白くするって話じゃん。経費云々は、ボケる必要ないと思うよ」

「はぁ、つまらない男ですね。めちゃくちゃつまらない。通販番組しか流さないチャンネルくらいつまらないです」

「それについてはコメントを控えさせてもらうよ」


桃林さんは、ため息をついた。情けないなぁ、という言葉が漏れ出しそうな、何とも言えない表情をしている。


「じゃあ、桃林さんの回答は?」

「全部FXに突っ込んで、増やしてから還元とか」

「捕まるよ」

「捕まえられるもんなら、捕まえてみなさ〜い!」

「なんで急に、砂浜のテンションなの?」

「じゃあ、これはとりあえず採用ですね。この学校の生徒のユーモアに期待します」


そう言いながら、桃林さんは、プリントの余白にメモを取った。

今の所採用されたのは、両親が一日に何回キスをするか、と、経費をどこへつぎ込むか、の、二つである。

面白いというより、生々しいの方が強くはないだろうか。


「さて、次は神畑さんの番ですよ」

「……」

「どうしました?黙り込んで。黙り込みうどんですね」

「えっ、なにそれ」

「語呂が良いので言ってみました」

「やめてくれない?そういうの」


桃林さんは、てへっ、とベロを出した。

可愛いからって、なんでも許されると思っているのだろう。この子は。


……実際、そうだけど。


「いや、なにも思いつかないなぁ」

「使えないですね。神畑さん、結局顔が良いだけで、中身はポンコツってことですか」

「そこまで言う?」

「そういう人のこと、なんて言うか知ってます?」

「なんて言うの?」

「スーパーの骨つきチキンって言うんです」

「何そのあるあるネタみたいな例え……」

「おっと、時間がきてしまいました」


腕時計を確認して、いきなりその場を去ろうとする桃林さん。


「桃林さん、どこに行くつもり?」

「最終的には、家に着きます」

「質問の意図を汲み取ってよ」

「理事長の決めた締め切りは、今日のこの時間までなんです。もう行かないと」

「えぇ……。なんでもっと早く、相談しなかったの」

「追い込まれると、本領を発揮するタイプなんです。私は」

「追い込まれたのは僕の方なんだけど……」


結局、何一つ案は出なかったわけで。

……まぁ、早めに言われたところで、まともな案が出たかどうかは怪しいけれども。


「そういうわけで、私はここでニンニンしますので」

「ドロンじゃなくて?」

「細かいことはいいんです。じゃあ、そういうわけで」


桃林さんは、僕に軽く手を振って、去ってしまった。



後日、理事長室に呼び出され、桃林さんと一緒に怒られたのは、言うまでもない話である。

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