逆鉾雫の場合

「えっ」


場所は図書室……の、奥の部屋、文芸部が、部室として使用しているところだ。

その狭い部室の角に向かって、体育座りをしている女の子がいる。

特徴として目立つのは、金色の長い髪の毛。


つまり、この子が、文芸部の部長、二年生の、逆鉾雫(さかほこしずく)さんだろう。


「あの、逆鉾さん。神畑です。理事長から話は聞いてると思うけれど」

「私なんか生まれて来なければ良かったんだ」

「どうしたの?」


初対面の人間に対する一言目とは思えない、暗すぎる言葉が返ってきた。

理事長から、聞いていた通りだ。

逆鉾さんは、超ネガティヴ。それ故に、友達がいないらしい。

僕の役目は、この超ネガティヴ女子を、少しでもポジティブ方向へ向けさせて、孤立から救うことである。


……できるのかな。


「実は、クラスにいる人に、遊園地に誘われたの」

「クラスにいる人って、他人感がすごい言い方だね」

「実際、他人だよ」

「まぁいいや。遊園地に誘われたの?よかったじゃん。仲を深めるチャンスだよ」

「断った」

「何してんの?」


逆鉾さんは、ゆっくりと立ち上がり、こちらを向く。

……うん。美人さんだ。

ハーフというのは知っていたけれど、それにしても美人さんである。青い瞳、発育抜群のスタイル。

この容姿なら、何をしても友達ができそうなものなのに。


「遊園地なんて、楽しいことないよ」

「いやいや。たくさんあるでしょ」

「お金払ってまで、楽しいことしたい?」

「そんな根源的なところから攻めてくるのか」


椅子に座りながら、ため息を吐く逆鉾さん。

……椅子、一つしかないんだな。

仕方なく僕は、その場に座り込んだ。

そういえば、文芸部は、部員一人だけだったっけ。


「メリーゴーランドとか、楽しいよ?」

「あんなの絶対嫌。どうせ、早送りとか巻き戻しとか、操作できるボタンついてるもん」

「DVDプレイヤーじゃないよ?」

「あの程度の楽しさなら、同じ金額で駄菓子を買った方が楽しい」

「遠足のおやつじゃないんだからさ」


この口ぶりだと、遊園地には一回も行ったことがなさそうだな。昔から、こんな性格だったのだろうか。


「だいたい、どうしてよく知りもしない私のことを誘ったりなんかしたの。私がどんな性格か、知らないはずないのに。あっ……、もしかして、財布として使うつもりだったのかな」

「息をするようにネガティヴだね。2018年だよ?そんな古典的ないじめがあるわけないじゃん」

「お金を払わせるだけ払わせて、私の財布が空っぽになったら、きっと出稼ぎに行かせて、仕送りを要求するはず。そうだ、そうに違いない」

「だから、2018年だって」


女子高生が出稼ぎなんて、いかがわしい意味でしか、現代では使わないじゃないか。

……いや、使ってはいけないんだけどね。


正直、誘われた理由は検討がつく。

美人であるところの逆鉾さんと、自撮りを撮って、インスタグラムに挙げて、いいねをもらって……とか、そういう理由だろう。

財布ではないが、アイテムではあるかもしれない。こんなこと、本人には言えないが。


「あれ、神畑くん。今私の悪口を考えてる顔をしてない?」

「ネガティヴだなぁ全く」


睨みつけるように、僕の様子を伺う逆鉾さん。

何だこの人。超能力者か?

いや、ただのネガティヴです。


「まぁ、遊園地はいきなりハードル高いかもしれないけどさ、食事くらいは、誘われたら行くようにした方が良いよ?」

「外食なんて、したくない。毒を盛られてたらどうするの?」

「それはもうネガティヴの領域を超えてるよ」

「一応、そういう時のために、どくけしは持ち歩いているけれど……」

「ポケモンじゃないんだから」


逆鉾さんは、胸ポケットから、小瓶を取り出して、僕に見せてくれた。

少量の液体が入っている。これがどくけしか……って、感心してる場合じゃない。


「最近だと、遊園地以外に、どこか誘われた?」

「カラオケ、とか」

「へー。いいじゃん。カラオケ」

「歌いたくない」

「まぁ、そうだろうとは思ったけどさ」

「人前で歌うなんて信じられない。人前で話すだけでも信じられないのに」

「それは少しは頑張ろうね?」


そうやって言う割に、初対面の僕とは、結構お話してくれるんだな……。


「罰ゲームだよ。罰ゲーム。お金払ってまで罰ゲームを受けたくない」

「歌ってみたら楽しいかもよ?」

「じゃあ、今ここで歌ってみる」

「えっ」


逆鉾さんは、大きく息を吸い込んだ。


「……まーいにちまーいにちたのしいことばかりー。なんばせーんが」

「ちょっと待って。何で二番?」

「良い選曲でしょ」

「選曲もツッコみどころであるけどね」

「全然楽しくない」

「全く別物だからね?」


どうやら、カラオケをよくわかっていないな、この人は。


「一回一人で行ってみたらどうかな。意外とそういう、おとなしい人がハマったりするもんだよ」

「一人でカラオケなんて行ったら、店員さんに監視カメラでずっと見られるよ。こいつ、一人で歌ってるぞって。笑われる。バイトの人たちみんなが指差して笑うの。最終的に私の動画をネットに無断でアップして、コメント付き動画にする。そうなったらどうする?」

「小説でも書いたら?」


ネガティヴという要素だけで、ここまで妄想を広げられるなら、物語だって書けるだろう。


「とりあえず、遊びの線は一旦消そう。えっと、逆鉾さんは、文芸部だし、本好きなんだよね?」

「それは、柔道部に、柔道着好きなんだよね?って訊くようなものだよ」

「違くない?」

「違うと思う」


今日一番無駄なやりとりだった。

気を取り直して。


「図書委員の人たちと、本の話題で仲良くなればいいんじゃないかな」

「漫画の読みすぎじゃない?図書委員なんて、委員会やりたくない人が、暇そうだからって選ぶ委員会だよ。運動部ばっかりだから。本なんて読んでないよ。多分文字も読めない」

「めちゃくちゃ貶すね」


文字が読めなかったらこの高校には受かっていないと思うけどな。


「いや、一部には、ちゃんと本が好きな人もいると思うよ」

「その一部を探し出すの?わざわざ話し相手を作るためだけに?」

「そうしなきゃいけないほど、逆鉾さんの状況は深刻なんだよ」

「ちゃんと健康診断では問題なしだったよ」

「測れない数値だからね」


さっきから、逆鉾さんは、ずっと地面を見ている。話している間、全く目が合わない。

まずはそこからじゃないだろうか。

僕は立ち上がり、逆鉾さんの正面へ。


「逆鉾さん」

「なに?殴るなら、傷が残らないところにして」

「殴るわけないじゃん……」

「私のネガティヴ具合に嫌気がさして、力ずくで治そうと考えたのかと思って。壊れたテレビを直すみたいに」

「あのね、2018年なんです今年は」


今日、何回このセリフを言っただろう。


「まず、人の目を見て話そうよ。ほら、僕の目を見て」

「催眠術でもかけるつもりなの?」

「そうだね言い方が悪かったね。逆鉾さんは、うつむいてばかりいるから、話している時くらい、相手の目を見たらどうかなって思っただけだよ」

「……例えそれを実行しても、男子の目線は、絶対私の違うところにいくもん」

「……」


逆鉾さんの言い分は、決して間違いとは言い切れなかった。

ハーフらしく、しっかりと遺伝子を受け継いだ、その二つの果実。

制服が窮屈そうだな。そんな印象を受けてしまうような大きさ。


「男子と目を合わせるためには、私、腰を曲げないとダメだね」

「大丈夫だって。さすがに話してる時に、見たりはしない」

「嘘だよ。コンビニの店員さんも、町のビラ配りのお兄さんも、学校の清掃員のおじさんも、みんなみんな、私のことを、逆鉾雫じゃなくて、おっぱい雫だと思ってるもん」

「何その解釈」


あと、会話を交わす例として挙げた人が、全員会話とは呼べないコミュニケーションが生じる人なのも、どうにかしてほしい。


逆鉾さんは、自分の胸を手で隠しながら、ゆっくりと顔を上げる。


「こ、これなら、みんな目を見て話してくれるかな」

「なんかごめん。そっちの方がいかがわしいかも」

「……」


ゆっくりと、手を降ろす逆鉾さん。


「あの、男子はとりあえずいいよ。問題は女子じゃない?仲良くなるならさ」

「でも、その練習は、神畑くんとはできないよ」

「うーん」


そのうち、桃林さんを連れて来てみようか。

桃林さんのためにもなるだろう。


「まぁ、いっぺんに色々覚えるのは無理だからさ、今日はこれくらいにしておこうか」

「今日は……?神畑くん、何回も来るつもりなの?」


逆鉾さんが、露骨に嫌そうな顔をした。


「そりゃあ、そうだよ。逆鉾さんが、ポジティヴになるまではね」

「私、もうポジティヴだよ」

「何その低レベルな嘘」

「ポジティヴ過ぎて、当たり付きの駄菓子を買う時、絶対当たると確信して、お金を払わずに持って帰るもん」

「それはポジティヴじゃなくて犯罪だよ」


まぁでも、逆鉾さんも、桃林さんと同じで、容姿は抜群だから、少し努力するだけで、すぐに孤立からは抜け出せるだろう。

僕としても、早くそれを達成して、理事長からの報酬を得たいところなのだ。


「じゃあ、逆鉾さん。また明日」

「明日は学校休みだよ?」

「いや、平日だから、あると思うよ」

「隕石が降ってきて、その隕石に乗ってやってきたエイリアンが、学校をめちゃくちゃにするから、休み」

「ネガティヴってよりは願望だよね」


色々なパターンを見せてくれた、逆鉾さんだった。

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