ロンリークレイジーガールズ
@sorikotsu
ファーストコンタクト(ただのキャラ紹介)
桃林秀乃の場合
「えっ」
状況確認。女の子が、鼻から血を流して倒れている。以上、状況確認でした。
いや、冷静に描写している場合じゃないわ。何それ。
僕は、倒れている女の子の元へ向かう。
女の子は、僕を確認すると、助けを求めるように、こちらへ手を伸ばしてきた。
「すいません。どなたですか?」
「ちょっと待って。今その確認いる?」
どう考えても緊急状態だと思うんですが。
「救急車だって、中に入ると、まず名前を聞かれるんですよ。困っちゃいますからね。誰だかわからないうちに死んだら」
「患者側が聞くパターンはあんまりなくない?」
「で、あなたは誰なんです?」
「僕は、神畑柚月(かみはたゆづき)。二年C組。理事長から話は聞いてると思うけれど」
「あぁ〜。あなたが神畑さん。なるほど、噂に聞いていた通りのイケメンだ」
もう一度言うが、目の前の女の子……桃林秀乃(ももばやしひでの)さんは、鼻から血を流して、倒れている。
こんな風に、掛け合いをしている場合じゃないのだ。
「えっと、神畑さん」
「なに?」
「私ね、血の色が茶色だったら、切れ痔になった時大変だったと思うんです。本当に、赤色で良かったですね。見分けがつきやすい」
「ごめん。何の話?」
「その、そろそろティッシュの一枚や二枚、差し出してくれても良くないですか?」
「あぁごめん」
ナチュラルに失念していた。
手を差し出してきたのは、助けを求めているわけではなく、ティッシュを求めていたからっぽい。
僕はティッシュボックスから、数枚ティッシュを引き抜き、桃林さんへ手渡す。
「ありがとうございます。このご恩は一分忘れません」
「初めて聞いたよそのフレーズ。で、大丈夫なの?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、大丈夫じゃないです」
「大丈夫じゃないんだ」
それでも、桃林さんは、鼻をティッシュで押さえながら、起き上がった。
「無理しないほうがいいんじゃない?」
「今無理しないで、いつ無理するんですか」
「他にいくらでもタイミングがあると思うよ……」
「机の上に、お茶が置いてあると思います。取ってもらえませんか?」
「わかった」
言われた通り、机の上を確認する。
そこには、お茶と……成年コミックが、開いた状態で置かれていた。
成年コミックの方は、見なかったことにして、お茶を手に取り、桃林さんへ渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……見ました?」
「何を?」
「昨日の特番歌番組」
成年コミックじゃないのかよ。
「いや、見てないよ」
「実は、私の姉が出演していたんです」
「えっ、そうなんだ」
「嘘です」
「何その嘘」
「姉はいません。十年前に……事故で……」
「……」
「嘘です」
「しょーもなさすぎない?」
「姉がいないことだけは本当です」
「めちゃくちゃしょうもないじゃん」
桃林さんは、お茶をゆっくりと飲み始める。
「その成年コミックは、生徒から募集したものです」
「没収じゃなくて?」
「間違えました」
「絶対間違えちゃいけないでしょ」
「それで、興味本位で中身を覗いたら……、エッチすぎて、鼻血を出してしまいました」
「なるほどね」
僕は、そっと成年コミックを閉じた。
また鼻血なんて出されたら、困ってしまうから。
「もう、すごいんですよ。人妻の陥落スピードが。砂のお城かってくらい」
「成年コミックの感想言わなくていいから」
「歌番組の感想の方が良かったですか?」
「それは好きにしてよ」
「まぁ見てませんが」
「見てすらなかったんだ」
何から何まで嘘じゃないか。
桃林さんは、立ち上がり、成年コミックを閉じた。
「こんなものを学校に持ち込む生徒は、この私が許しません。生徒会長としてね」
「おっ、威厳があるね」
さすが、一年生にして、満票で当選しただけのことはある。
桃林さんは、スポーツ、勉強、どちらの分野でも、人並外れた能力を持つ女の子だ。
さらに、めちゃくちゃ美少女。
ピンク色の髪の毛、特徴的なサイドテール。それが似合う、白くて綺麗な肌。スーッと通った鼻筋。などなど、数え挙げればキリがない。
そんな美少女に、僕はどうして会いにきたのかというと……。
「じゃあ、桃林さん。話は聞いていると思うけど、早速いいかな」
「まだ早いですよ。ちゃんとゴムはつけましたか?」
「ごめん、何の話?」
「心配しなくても、私、経験ないですからね」
桃林さんは、グーサインを作った。
……せっかくのスペックなのに、このキャラクターではなぁ。
「桃林さん。単刀直入に訊くよ。君は孤立してるね?」
「孤高の存在と言ってください」
「そんなかっこいいものじゃないでしょ?」
「それか無人島と呼んでください」
「ちょっと意味わかんないけど、まぁ座って話そうか」
「は?ここは生徒会室ですよ?何あなたが仕切ろうとしてるんですか」
「えっ、ごめん」
「私が椅子になります」
そう言って、桃林さんは、四つん這いになった。
……大丈夫かな。この人。
僕は桃林さんを無視して、目の前の席に座る。
「神畑さん。何をしているんですか」
「何をしているんですか。は、僕のセリフだと思うんだけど」
「この体勢、キツイんです」
「なら、余計上に人が座ったらキツイでしょ」
「がおーっ!」
「うわっ!」
四つん這いの体勢から、いきなり飛び上がって、僕に向かってきた桃林さん。
それを避けようとして、僕は思わず、椅子から落ちてしまった。
……そして、僕の上に、桃林さんが、乗っかる形に。
「……キス、してもいいですか?」
「待って待って。えっ?どんなスイッチが入ったの桃林さん」
「はっ。私としたことが。神畑さんがあまりにイケメンだったので、ちょっとエッチな気分になっちゃいました」
まさか、出会って数分の後輩から、貞操の危機を感じさせられるとは……。
僕は、桃林さんを優しく退かして、再び椅子に座る。
「あの、川柳を詠んでもいいですか?」
「どういう思考回路してるの?」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ」
僕の隣の席に座る桃林さん。
おもむろに、成年コミックを手に取り、こちらへ向き直った。
「エロマンガ、読んだ途端に、襲われた」
「まさか、僕の視点だとは思わなかったよ」
「神畑さんがエッチな身体をしてるからいけないんです」
「それ、おじさんがお姉さんに言うセリフだよね?」
少なくとも、JKが男子高校生に言うセリフではない。
気を取り直して。
「えっと、そろそろ話を進めてもいいかな」
「結婚は、お互いの親に話してからにしましょう」
「頼むからまともに会話してよ」
「ちくわカレー」
「何なのそれ」
「ちくわでアツアツのカレーを吸う拷問です」
「……」
ダメだ。この子のペースに乗せられては。
こちらから、勝手に話を進めていくしかない。
「あのね、理事長から聞いていると思うけど、僕は、桃林さんの孤立を改善する役割を担ったんだよ」
「聞いてますよ」
「そうか。じゃあ話は早いね。今日から頑張って、友達作って」
「嫌です」
即答だった。
「でも、桃林さんの場合、キャラクターさえ改善できればいいわけだからさ。なんとか頑張ってみない?」
「じゃあ、頑張ったら、ご褒美のキスしてくれますか?」
「いつから僕たちはそんな関係になったわけ?」
「そもそも、今私は、こうして神畑さんと、仲良くお話ししているじゃないですか。これのどこが孤立なんですか?」
「限定的すぎない?」
理事長の話によれば、普段の桃林さんは、休み時間に寝たふりをし、昼休みは生徒会室を閉め切って個室化。放課後は、生徒会の仕事を驚異的な速度で終えて、他の役員とは一切会話をせず、走って帰宅する……らしい。
そのせいで、友達がいないそうだ。
「……だいたい、私は別に、孤立したくてしているわけじゃないです。仲良くしたいと思える人がいないんですよ」
「趣味とかないの?」
「鉄棒です」
「……他は?」
「ジャングルジムとか?」
「うん。一旦公園から出よう」
JKが、一人で、公園の遊具で遊んでいる様は、あまり想像したくない。
「こう、同い年の女の子と、話題が深まりそうなものとかさ」
「生理とかですか?」
「深まるかもしれないけど、絶対やめてね」
「あぁあと、公園以外で言うなら、一人カラオケとか好きです」
「一人って言っちゃってるじゃん」
「一人焼き肉も好きですね」
「あんまりJKやらないでしょそれ」
「あと、一人シーソーとか」
「ほら、油断するとすぐ公園に戻る」
そもそも一人シーソーは成立しないと思うけれど。
「私は、無理をして、友達を作ろうとしていないだけです。コミュニケーション能力に問題があるわけじゃありません」
自信満々で言い切る桃林さん。
……この短時間でも、コミュニケーション能力に問題があるのは、ひしひしと伝わってきたわけだが。
「まぁ。いいや。初回だし、今日はここまでにしておこう」
「なんですかその言い方。歯医者ですか?」
「治療という意味では、医者かもしれないね」
「お金取る気ですか?出しませんよ。千円までしか」
「出してるじゃん……」
僕は立ち上がり、生徒会室を出ようとした。
「待ってください」
桃林さんに、呼び止められる。
「何?」
「この成年コミック、ここにあると、またうっかり読んでしまうかもしれないので、神畑さんが持って行ってください」
「いや、無理無理」
桃林さんが、駆け寄ってきて、成年コミックを僕にグイグイ押し付けてくる。
「今破いて捨てればいいんじゃない?」
「ゴミ箱に成年コミックが入っていたら、色々疑われるじゃないですか。もしそんなものを見られて……余計孤立が進んだら、神畑さんの責任ですよ?」
ぐっ。なかなか痛いところを突いてくるな、この子。さすがに頭がキレる。
孤立から生徒を救うはずの僕が、孤立を進めるだなんて、理事長にバレたら、何言われるか……。
「……わかったよ。それは僕がもらう」
「ありがとうございます」
桃林さんは、ニコニコしながら、成年コミックを僕に手渡す。その笑顔の眩しさで、色々どうでもよくなった。めちゃくちゃ可愛い。なんだこの生き物。
「廊下で読んだりしないでくださいね」
「そんな自爆行為しないよ」
「でもこれで、念願だったあのセリフを、今日から言うことができます」
「何?」
「私にエッチなことするのね!エロ同人みたいに!ってね!」
胸を張って、声高らかに言い放った桃林さん。
そんな桃林さんから目を背け、僕は生徒会室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます