ランチタイム

桃林秀乃の場合

「おっ、いたいた」


昼休み。

せっかくだし、誰かと仲を深めようと考えた僕は、生徒会室を訪れた。

桃林さんは、突然の来訪者に、驚いた様子を見せる。


「びっくりしましたよ。なんですか?借金の取り立てですか?」

「借金してるの?」

「それはさておき」

「自分で言ったんだよ?」


桃林さんは、誤魔化すようにして、弁当を食べ進めだした。

僕も、空いている席に座り、弁当を広げる。


「えっ、まさか神畑さん、ここで食べるつもりですか?」

「うん。そうだけど」

「ダメですよ。生徒会室は飲食禁止です」

「いや、食べてるじゃん桃林さん」

「私は生徒会長ですよ?」

「そこまでの特権はないと思うけれど……」


ただ、机の上には、至る所に書類が置いてあって、何かをこぼしたらマズイなという感じはする。

気をつける必要はあるだろう。


「どうしても食べたいって言うなら、私と勝負しましょう」

「勝負?」

「じゃんけんです」

「大げさに言わないでよ」

「じゃーんけーん!」

「ぱー」

「ぐー!」


勝ってしまった。

桃林さんは、悔しそうに、自分の握り拳を見つめている。


「これで勝ったと思わないでくださいね」

「間違いなく勝ったよ」

「神畑さん。女の子相手に本気出すなんて、最低ですね」

「じゃんけんだからさ」

「まぁ、今回は許してあげますよ。仏の顔も三度までって言いますからね」


どうやら、一度目が消費されたらしい。

きちんとカウントしておこう。


「それにしても、神畑さんの弁当、しっかりしてますね」

「あぁうん。妹が作ってくれるんだよ」


杏実は、僕の朝ごはんと、弁当を作るために、そこそこ早起きしてくれている。

結構大変なはずだ。それでも、中身はいつも充実しているし、もちろん美味しい。


桃林さんは、そんな弁当を、羨ましそうに見つめている。


「……神畑さん。勝負しましょう」

「また?」

「今度はじゃんけんじゃないですよ」

「そうなの?」

「パワーアップじゃんけんです」

「何それ……」

「まず、じゃんけんをします。そのあと、勝った方が、あっち向いて〜ホイと言いながら、上下左右のどれかを指差すんです。負けた方は、ホイのタイミングで、首をそのいずれかの方向に向けます。勝った方の差した指の方向を向いたら、勝負ありです。どうですか?」

「あっち向いてホイだよね?」

「なんですか?それ」


桃林さんは、本当に知りませんと言った様子で、首をかしげる。


「私の地元では、パワーアップじゃんけんと呼んでます」

「いや、ゆびすまとか、ケイドロとかなら、わかるよ?これは全国共通の遊びだからさ」

「じゃーんけーん!」

「話を聞いて?」

「ぱー!」

「ちょき」


あっ、またしても勝ってしまった。


「あっち向いてホイ」


僕は、上を指差す。

……見事に、桃林さんも上を向いていた。

弱くない?


「えっと、勝ったんだけど」

「……勝った方は、負けた方の弁当から、好きなものを一つもらえます」

「……」

「す、好きなやつをとったらいいじゃないですか!この悪魔!」

「いや、僕は別に、いらないんだけど」

「いらないとはなんですか!私が愛情込めて作った弁当に!」


桃林さんは、頬を膨らませ、手を大きく動かしながら、怒りを表現している。

自分が食べる弁当に、愛情を込めているのか……。


「勝負とかいいから。どれか好きなの食べていいよ」

「えっ、天使ですか?」

「悪魔じゃなかったの?」

「悪魔と天使は紙一重です」

「聞いたことないんだけど」


僕は、弁当箱を、桃林さんの元へ置いてあげる。

桃林さんは、顎に手を当て、しばらく考えた後……。


「じゃあ、白米をもらいます」


アホなことを言った。


「いや、桃林さん。弁当褒めてくれたよね?」

「はい。しっかりした弁当箱だなって」

「そっち?」

「おかずは別に、うん。私の方が作るのうまいですね」


なぜか急にマウントを取ろうとする桃林さん。

食べてもないのに……。


「私の弁当を見てください。白米がないでしょう?」

「あぁ、確かに」


普通、ご飯が入っているはずの段にまで、ぎっしりと野菜が詰まっている。


「実はですね、炭水化物を抜くダイエットをしているんです」

「よく聞くやつだね」

「だから、今日は気合を入れて、白米を抜いてきたのですが……、神畑さんのせいで、食べたくなりました。最悪です。責任とってください」


確かに、僕がここへ来なければ、桃林さんは、炭水化物の誘惑を受けることもなかっただろう。

僕を、厳しい視線で睨めつけながら、ノーとは言わさぬという様子の桃林さん。


「まぁ……。うん。いいよ。食べな」

「やったぁ!ありがとうございます!白米お兄さん!」

「教育テレビのキャラクターみたいなあだ名つけないでもらえる?」


桃林さんは、実に半分ほどの白米を、躊躇うことなくかっさらっていった。

……本当に、炭水化物を抜くダイエットしてるのかな。


「代わりと言っては何ですが、私も分けてあげます」

「そうだね。少しもらおうかな」

「手を出してください」

「えっ」

「いいから」


桃林さんの言う通り、僕は、手を差し出した。

桃林さんは、カバンから何かを取り出す。


「はい、一粒あげます」


そう言いながら、フリスクを一粒、僕の手の上に出した。


「……桃林さん。冗談だよね?」

「これが冗談を言う人間の目に見えますか?」

「……」

「な、何見つめてるんですか!照れますよ!」


急に頬を赤く染めて、乙女ぶる桃林さん。


「桃林さんってさ、ケチなの?」

「そんなことないですよ。フリスクは一回で3粒くらい出します」

「何その指標」


そうだったとして、人には一粒しかあげないのなら、やっぱりケチってことじゃないか……。


「さ、食べましょ?冷めないうちに」

「もう冷めてるんだよ」

「私たちの関係がですか?」

「それはこれ以上冷めないと思うよ」

「いただきまーす!」

「元気だね」


桃林さんは、白米を勢いよくかきこむ。


「うーん美味しい!やっぱり日本人はお米ですよね!」

「はい」

「神畑さん。テンション低いですね。どうしました?有り金全部パチンコで溶かしたみたいな顔して」

「今、桃林さんのキャラクターに、ドン引きしてるんだよ。わかる?」

「わかりますよ。人間って、結局辛いことがあると立ち直れない生き物なんですよね。人に相談したり、他のことに目を向けて見ても、結局はその傷を埋めることなんてできない。……ねぇ神畑さん。そんな私たちに、できることってなんでしょう。私は、田舎のだだ余ってる土地に、ディズニーランドを作ることだと思ってます」

「本当ごめん。何の話?」


桃林秀乃という女の子が、怖くなってきた。

一応、不思議系美少女という役割を担っているはずの彼女だが……、これはもう、ちょっとイカれてる。理事長の命令がなかったら、今すぐ縁を切りたいほど。


「もう、わかった。僕はやっぱり、一人で食べるよ」

「それは残念ですね。明日のお昼は、ビザを頼もうと思っていたのに」

「許されないよそんなこと」

「私は生徒会長です」

「その肩書きは万能じゃないよ」


そのピザを、僕にくれる保証は全くないわけで。

そもそもケチな桃林さんが、ピザを頼むとも思えないという根本もある。


「そういうわけだから、僕は行くよ」

「あっ、ついでに自販機でコーラを買ってきてください」

「戻ってこないんだけど」

「そうですよ。お金は戻ってきません」

「そっち?」


やっぱりケチじゃないか。

さすがに、本気で疲れてきたので、僕は生徒会室から逃げ出した。

……桃林さんと、昼ごはんを食べることは、二度とないだろう。

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