リバウンド王

「ハアッ、ハアッ……」




 私の名前は桜木花。


事の発端は、一週間前に遡る。


スター〇ックスのテラスで、カフェラテを飲みながら、私は彼氏である俊介の顔に見ほれていた。




(はぁ~、一日中見てても飽きないかも……)




 俊介はいつもどこか遠い目をして、景色を眺めている。


俊介が言った。




「花、ずっと言おうと思ってたんだけど……」




「なーに?」




 私は指を絡ませ、上目づかいに俊を見やった。




「……いや、何でも無い」




 何気ないやり取りのはずだった。












 これを境に、突然、俊介からの連絡が途絶えた。


私は、留守電に何度も何度も連絡をいれた。




「私のどこが悪かったのっ!? 直すからっ、お願い、連絡してっ……」




 しかし、折り返しの電話はおろか、ラインの通知が既読になることすら、とうとうなかった。










 私は、ずっと現実から目を背けていた。


お風呂上がり、鏡に映る自分を見る。




「……」




 アゴが、無くなっていた。


私は、イケメンの彼氏がいることに浮かれ、油断しきっていたのだ。


俊がなぜ、ずっと景色を見ていたのか。


違う。


私以外の女を見ていたのだ。


そして、あの時の言葉の続きも、今なら分かる。




「頼むから、痩せてくれ」




 そう言いたかったに違いない。


私は、痩せる決心をした。










「イチキロヲ、通過マシタ。 イチキロ、8分ノ、ペースデス」




 イヤホンからは、ランニングアプリのナレーションが聞こえてくる。


まだ、1キロなの!?




「ゼエッ、ゼエッ……」




 私はとうとう、足を止めた。


自販機に向かい、財布を取り出す。




「……」




 今すぐ、アクエリをがぶ飲みしたい。




「……」




 ぐっ、と握り拳を作った。




(ここでこれを飲んだら、二度と彼氏の腕に抱かれることはない……)




 それに、見返してやりたかった。


黙って私を捨てた、俊のことを。










 それから一週間、私は2キロを走り切ることが出来るようになっていた。




「ニキロヲ、通過シマシタ。 イチキロ、8分ノ、ペースデス」




 周りを歩いてる人が、私にエールを送っているような気がした。




「花さん、頑張って!」




 私は、心の中で片手を上げて答えた。


みんな、大丈夫だよ。


私、頑張ってるから。




 なぜこんなに走れるようになったのか。


理由は、2キロを走り切れたら、自分にご褒美をあげることにしたからだ。


私はその足である場所へと向かった。












「いらっしゃいませーっ!」




 店に入ると、男の店員が元気よく出迎えてくれる。


私は食券を渡し、いつものように注文した。




「ニンニクマシマシ、油多めで」




終わり。






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