新約二宮金次郎

二宮金冶郎と言えば、歩きながら本を読む勤勉な姿が有名であるが、実はこの銅像、ある男が恨みを込めて作ったものであった。










 時は江戸。


とある侍が猛然と家から飛び出した。




「い、いかんっ……」




 男の名は久兵衛。


ことあるごとに、遅刻を繰り返す不届き者であった。


町娘のさちと茶屋で待ち合わせをする手筈となっていたのだが、またしても悪癖が出た。




(くうっ…… これ以上さちを待たせたら、いよいよ年貢の納め時じゃ)




 久兵衛は飛脚を追い越す勢いで、町の茶屋へと向かった。


ところが、突如目の前に人だかりが現れた。




「な、なんじゃ一体!?」




 その人ごみを覗くと、事情が分かった。


着物の割引販売である。


町の女集が、よってたかって着物を奪い合っていた。




「これは、私が先に取ったんだよっ!」




(……小賢しいわっ)




 久兵衛は刀を抜きつつ、引っ張られている着物に突進した。


そして、刀を宙に掲げ、一閃。


着物は二つに割れた。




「キャアアッ」




「許せっ」




 女をかわし、今日は何とか間に合いそうだ、と思ったその時。


脇道から男が現れ、出会い頭に激突した。




「ぐああっ」




 どしゃ、と地面に仰向けに倒された久兵衛。


しかし、目の前の男に謝罪はなく、そのまま立ち去ろうとした。




「き、貴様っ、人を弾き飛ばしておいて、何て無礼なっ…… 名を名乗れいっ!」




「……二宮金冶朗」




 男は本を持ったまま、その場から去って行った。




(歩きながら本などと…… けしからん奴め!)




 今みたく、周りを見ずに歩いていては、いつ何時、他者とぶつかるか分からない。


久兵衛は、さちに振られた腹いせに、金冶朗の銅像を作り、恥ずべき姿としてさらし者にした。












 現在、二宮金冶朗は、勤勉な男として有名であるが、実は、もともとこういった意図があって銅像は作られたのである。


嘘か真かは、あなた次第。








終わり






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る