第10話「さくらいろのねこ」

次の日の朝、岩の上で目覚めたカナエは、あたりを見回しました。ララはまだ来ていないようです。

昨日、ララと別れてから、カナエは一人考えていました。自分がどうするべきかを。しかし、はっきりとした答えは出ませんでした。なのでもう一度、ララとよく話してみようと思ったのです。そして、そのまましばらく待ってみましたが、ララは一向に現れません。カナエはトボトボと港へ向かいました。



港に着いたカナエは、まっすぐ桟橋へ向かいました。そこには、メルが先に到着していました。そばには、カナイの姿もあります。カナエはどんな顔をすればいいのかわかりませんでした。そして、それはメルも同じのようでした。カナエは黙ってメルの隣へ立ちました。すると、その頭をメルが優しく撫でました。

そして、昨日と同じ時間に『夢送り』が始まりました。カナエは自分の役割へと気持ちを切り替え、決められた手順で儀式を進めます。そしてまた、あの虹色の花が咲きました。ニライも空からやって来て、いつもの場所に陣取ります。カナイと息を合わせて、その鼻先を雲の海に向けてすぐのことでした。



「大丈夫か!」


声がした方を振り返ると、桟橋にひとりの少女が倒れています。そばにいた狼がその顔を、心配そうに覗き込みます。倒れていたのはやはり、ララでした。



「ララ…!」



側へ駆け寄ると、様子がどうも変だと気づきました。ララは胸を押さえて、浅い呼吸を荒く繰り返しています。



「下がっていなさい、カナエ」


振り返ると、メルがそこにいました。


「すぐにでもその子の魂とその夢を引き離さないと、どちらも塵になってしまう」


「そんな!」


「道を空けてくれ!」


メルはそう言ってユニコーンへと変身しました。


「道具を取ってくる。それまで、ここでそばについていてあげなさい」


そう言い残して、メルは走り出しました。そして、あっという間にその姿は見えなくなりました。


「カナエ…」


「ララ!」


ララは苦しそうに目を開けました。


「あたし、いやだ。この子とも、あんたとも離れなきゃいけないなんて…絶対にいや…」


カナエは、ララの手を強く握りました。


「もう二度と、夢と離れたくない…。離さないって、約束するから…」


カナエの手を握り返す力が、徐々に弱くなっていきます。

カナエは後ろを振り返りました。今まさに、虹の雫が雲の海に沈もうとしています。決断するなら、今しかありませんでした。


「カナエ…?」


カナエがララが握っていた猫の人形を手に取り、祈るようにして額にあてました。


「なにをしているの…?」



カナエはララの夢とひとつになることを思いついたのです。自分のような大きな夢とひとつになれば、ボロボロになったララの夢を治せると、そう思ったのです。


変化はすぐに起こりました。カナエの体が少しづつ縮んでいきます。頬にひげが生えたかと思うと、今度は耳が三角になり、その表面を桜色の毛が覆っていきます。

そうして、カナエは桜色の猫になりました。


「まったくなんてことをしたんだ!」


たった今戻ったメルが、人の姿に戻りながら駆け寄ってきました。

その声に思わずカナイが振り向きます。メルのあまりの慌てようと、地面に寝転んだ女の子、そのすぐそばにいる桜色の猫。カナエの姿が見えないことで事態を察した彼は、思わずめまいでふらつきました。メルが猫、カナエに向かって言いました。


「自分がなにをしているのか、わかっているのか!」


「わかってるよ!でも、こうでもしなきゃララは全部失くしちゃうとこだったんだ!」


「馬鹿者!そうして過ぎた夢となれば、またお前は見放されるかも…!」


そこまで言ってメルは慌てて口をつぐみました。しかし、それは手遅れでした。


「もういい!行こう、ララ!」


「待ちなさい!カナエ!」



メルが呼び止める声もむなしく、カナエとララは走りだしました。

そして桟橋から宙に飛び出すと、花の上に着地しました。見た目は鉱石に見える花は、意外にも柔らかさがありました。着地した勢いで、ひとりと一匹はゴロゴロと転がります。カナエはすぐに立ち上がり、ララへと駆け寄りました。



「ララ!」


「ん…」


「大丈夫?ごめん。無茶して」


「まったくよ。本当に…」



ララはなるべく、なんでもないふうを装いました。二人を乗せた花は、どんどんと雲の海を沈んでいきます。そして、雲の海を抜けました。そこには、見渡す限りの星空が、目の前には、丸い形をした青い星がありました。

カナエは、ふらふらと立ち上がったララに寄り添い、周りの魂たちと同じように、花の中央に向かいました。花はゆっくりと回転しながら、青い星に向かっているようでした。



「あっ!」



誰かが声を上げて、頭上を指差しました。

雲の海を抜けたニライが、こちらへ泳いでやってきました。まさか、カナエが乗っていると思わないニライは、そうとは気付かないまま、花の目と鼻の先を泳いでいきます。ニライの全身が、花のそばを通り過ぎようとしたとき、花は引き寄せられるように、ニライの尻尾の先端へくっつきました。それを確認してか、ニライは一直線に青い星を目指します。

見えない壁のようなものを抜け、大地の上に町が見えるくらいになったときに、尻尾をそっと振って、花を切り離しました。そして、花の上の魂たちに、最期の別れを告げようとしたそのとき、ようやく気付きました。



「お前は!それに、その猫はカナエか!」




「ごめんなさい。おいら、やっぱりこの子を放っておけない!」


「ちょっと、それってあたしの真似?」


ララは少しだけ、元気が戻って来たように見えました。


「大丈夫よ、大蛇さん。この子はあたしが責任を持って叶えてあげるわ!」


ララはそう言って、カナエへ笑顔を向けました。



「馬鹿者!!!そんなこと言っている場合か!」


ニライが大きな声で叫びました。あまりの迫力に、花の上の魂たちはもちろん、カナエでさえ言葉を失いました。


「ニライ?」


「地上へ降りることができるのは、その花の花弁の数だけだ!お前たちは端から数に含まれちゃいないんだよ!」


「「えー!」」




「まったく、世話の焼ける弟だこと…それにカナイは何をしてるんだい!」


そう言って、ニライが花へ近づいた、その時でした。

花がゆっくりと広がり始めたのです。


(花びらがちぎれていく…!?)


ニライは慌てました。


「言わんこっちゃない。無理があったんだ…」




「カナエ!こうなったら、あんたは自力でどうにかしな!私は散り散りになる花弁を集めて、虹にしなきゃいけない!落っこちるんじゃないよ!」


「わ、わかった!」



「あのやんちゃ坊主、帰ったらみっちりお仕置きしてやる…!」




カナエはララにしっかりとしがみついて言いました。


「大丈夫。おいらがついてる」


「うん…」


しかし、花びらはどんどん散って、残りわずかとなりました。残された魂たちは不安げな表情で、お互いに顔を見合わせています。

そんな様子を見て、カナエとララは同時に覚悟を決めました。


「カナエ…」


「ああ、分かってる」


「例え離れ離れになったとしても、あたしが見つけてあげるわよ」


「なんだって?なんでおいらが探される側なんだよ」


「あたしの方がお姉さんみたいだからね」


「見た目は関係無いんだよ!」


二人は悪態をつきながら、お互いを勇気づけているようでした。

そして…。


「行くわよ」


「うん」


そう言って、ひとりと一匹は宙に身を投げ出しました。花びらをまとめるのに必死なニライは、またしても気付くのが遅れました。




「カナエ!」


今自分が助けに行けば、花びらの上の魂たちはバラバラになり、虹を作ることができない。そう判断したニライは、カナエに向かって大声で叫びました。


「待っていろ!必ず私が見つけ出してやる!」




抱き合って落ちるひとつの魂とふたつの夢は、輝きを放って地上に落ちていきました。


そして、カナエは薄れゆく意識の中で、自分をつかんでいたララの手が離れていくのを感じました。

カナエは手をめいっぱい伸ばして、その手を掴もうとしました。


(もっと…もっと手を伸ばすんだ…)



そして、カナエは目を覚ましました。

ゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを覗き込むメルの顔がありました。カナエは人の姿となっていて、その頬には一筋の涙が流れていました。

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