第29話 桟橋(2)

 宝石蝶の宝石を手に入れてから五日後の朝、カールは不思議島唯一の街ヘルメサンドの港で船の出港準備を待っていた。冒険の為に揃えたコートや剣はどうしてもと言ったモナに譲り、新調した都会向きの服を着たカールはどこから見ても島に観光に来た貴族か金持ちに見える。ただ洗練された服と不調和を生み出しているのが肩から掛けた帆布製の頑丈な鞄で、そこには冒険の末手に入れた宝石蝶の宝石が入っている。

 港の桟橋では王都へ向かう船が様々な荷物の積み込を行なっていた。人足たちの邪魔にならない様、桟橋の隅の方でカールは見送りに来ていた三人の冒険者、アニー、ノーラ、ミアミの三人と別れを惜しんでいた。当然来ると思っていたモナの姿はそこには無い。


 「モナはいないんだな?」

 「あの子にもカビル卿が出立される時間は教えたのですが。もしかしたら別れが辛いのかもしれません」


 あれほど付きまとわれてはいたが、いざ姿が見えないと寂しさも感じる。それが顔に出たのか、アニーが少しだけ表情を険しくする。


 「カビル卿、前々から申し上げていますが、モナと付き合うつもりならきちんと彼女の将来に責任を取ってくださいね」

 「私は立たずのカールだと」

 「そういうの、多分関係無いと思いますよ? 一応、私は友人としてモナを応援していますので」


 そういってアニーは十代相応の笑顔を見せた。


 「それではカビル卿、大変お世話になりました」


 アニーが平民が貴族に対して礼、両手を胸に当て深々と頭を下げる、を行なった。アブロテン以降は真面目さが抜けていたアニーだがさすがに貴族の格好をしたカールに対しては生来の生真面目さが出るようだ。


 「こちらこそ助かったよ。船の手配もしてもらって。アニーたちのおかげで無事に宝石蝶を手に入れる事ができた。本当に感謝している」

 「私も貴重な経験ができました。ただ、コロック鳥との戦いではほとんどお役に立てず申し訳ありません。自分の未熟さを思い知りました」

 「見た所筋はいい。鍛錬を怠らなければいつか一流の戦士になれるさ」

 「ありがとうございます」


 カールが手を差し出すと、アニーは一瞬躊躇した後、力強い戦士の手でその手を握り返した。アニーとの挨拶が終わると、ノーラが一歩前に進み出る。


 「カール様、私もいい経験ができました。カール様のおかげで弓がまた使えるような気がします」

 「ノーラにも感謝だ。せっかくいい腕なんだ。それを生かせればもっといい冒険者になれる。ヒョーにもよろしく伝えておいてくれ」

 「わかりました。私はヒョーの隣に立つ事は出来ないと思い込んでいました。でもカール様のおかげで希望が持てました。いつか、冒険者としてヒョーやカール様と一緒に戦いたいです」

 「そのときはよろしく頼む」


 カールとノーラも、固い握手を交わす。そして、カールは最後の一人、ミアミに顔を向けると、彼女は少し意地が悪そうに目を細めた。


 「いいの? ホルン様から逃げっぱなしで」

 「……ヘルメサンドにいなんじゃ仕方ないさ」


 結局、カールは不思議島の総督代行を務めるホルン・ヘランに会えなかった。カールがヘルメサンドに戻ると、ホルンはエプルア山脈に行ったと聞かされた。カールが最初にホルンに伝えていた偽の目的地だ。どうやらカールに会う為に戦いが終わってすぐ北に向かったらしい。もちろん方向は同じでも目的地が違うのでホルンはカールたちと出会うことはなかった。カールたちがヘルメサンドに到着してすぐ、伝令が馬で駆けていったので今頃はこの街に向かっている頃だろう。街につくまで三日程かかるが、カールはそれを待つわけにはいかなかった。舞踏会はもうすぐなのだ。結局、カールの嘘で宝石蝶の秘密は守られたが、きっとホルンは騙されたと知ったら激怒するだろう。


 「次の機会にしっかり謝るよ。ミアミにも色々と世話になったな」

 「こちらこそ。シェーンの落とし種に会えてよかった。私も自分がやりたいことを再確認できたわ」

 「申し訳ないが、それは永遠に成功しないことを祈っているよ」

 「そう?」


 カールはミアミの手を軽く握った。カールに手を握られたミアミは、やっぱり父親と息子じゃ違うのねと言って笑った。

 カールたちの挨拶が一段落したのを見ていたのか、船の上から副船長の男がカールに声をかけてきた。


 「カビル卿、そろそろ出発の時間です」


 この船は、カールが不思議島に渡った時と同じ船で、当然乗っている船員も同じだ。行きの船旅で乗客の少女をたらし込んでいた美男子が、不思議島で三人の少女と仲良くなっている光景を見て、副船長や他の船員は呆れと羨望の眼差しを向けていた。

 カールは三人の冒険者の顔をもう一度見わたし、それから街の方に視線を向けた。見慣れたふんわりとした金髪の少女の姿はどこにも見えない。


 「やはりモナは来ないのかな?」

 「声はかけたのですが、昨日から少し様子がおかしかったです。いつもより口数も少なく、神殿の仕事も身が入らないようで」

 「あの、お二人の間には本当に何もなかったんですよね?」


 疑わしい視線を向けてくるノーラにカールは全力で否定する。


 「とんでもない、本当に何もないよ。確かにヘルメサンドに戻る間は同じテントで寝ていたけど、添い寝だけだ。それ以上の事は一切していない。私の信じる神に誓って間違いないよ」

 「結局、カールってモナと寝ている日の方が多かったわよね」

 「結果的にそうなっただけだ」


 そう言い訳をしつつ、カール自身不思議なことにモナの事を名残惜しいと感じていた。


 (もしかしてモナなら……)


 一瞬そんなことを思ってしまい、カールは慌てて頭に浮かんだ考えを否定する。


 「それじゃあ、みんな改めてありがとう。また島に来る事があったら一緒に冒険をさせてくれ」

 「もちろん、こちらこそお願いします、カビル卿」

 「あと、ホルンにもよろしく。ヒョーにも」


 ちなみに他の二人の元仲間、グラントとクルマにはヘルメサンドで再開していた。重症だったカールの怪我や、モナの火傷を治療したのは神官のクルマで、総督代理であるホルンが不在の間の街の責任者がグラントだった。


 「ヒョーは私が受け持ちます。ホルン様は……多分、アニーが説明します」

 「確かに、それはリーダーである私の役割です。どんな叱責を受けるか、今から気が重いです」

 「すまないね。ホルンには後で手紙を書くから。それじゃあ」

 「はい。カビル卿、お世話になりました」

 「カールも元気で」


 カールは三人に別れを告げると、踵をかえしたタラップに向かった。いつの間にか船と港を行き来していた人足たちの姿はなく、水夫もほとんどが船上に上がっていた。カールはタラップの前に立つと、一呼吸を置いてから足を滑り止めがついた板の上に乗せる。一歩、二歩、カールの身体が不思議島の大地を離れる。

 その時になって、ようやく馴染みの気配を背後に感じた。港の入口を見ると、大きな白い帽子を被り大きな荷物を持った人影がこちらに向かって走って来るところだった。その姿を見て、カールはタラップの上で苦笑する。下にいたアニーたちもその気配に気がつき、お互いに顔を見合わせ溜め息をついた。


 「カールさん、待ってください。私も、私も一緒に、連れて行ってください!」


 全速力で桟橋を駆けて来るのはモナだった。煙突山での戦いで髪のボリュームが本の少し減り、コロック鳥に壊された帽子は新しいものに新調されている。それ以外はいつものマルデルの神官服を着たモナだった。


 「モナ、ありがとう。助かったよ」


 カールはモナの大きな荷物が何を意味しているのかあまり考えない様にして、タラップの上から感謝の言葉を述べた。


 「カールさん、待ってください!」

 「ちょっと、モナ!? 待ちなさい」


 モナは桟橋を駆け抜け、タラップの真下まで来る。そのままタラップを駆け上がろうとし、アニーたちに捕まった。船の上では副船長や他の船員が「また女か」といった冷ややかな目でカールを見ていた。


 「カールさん、私との結婚の話はどうなったんですか。あれは全部嘘だったんですか!」

 「いや、一度もそんな約束をした覚えはないのだけれど……」

 「王都に連れて行ってくれるって!」

 「その約束もしていない」

 「私、カールさんの為にがんばったんですよ。あんな白濁してドロドロした液体を全身に浴びて、カールさんのために尽くしたのに」


 それを聞いていた船員たちから「うわあ」とか「いくら貴族だからってあんまりだ」と侮蔑の言葉がカールに投げかけられた。カールの船旅は少し居心地が悪いものになりそうだ。


 「モナ、あまりカビル卿に迷惑をかけるな」


 アニーとノーラがモナの身体を抑えた。


 「そうですよ。無理なものは無理なんですから」

 「ノーラはずるい! 自分だけヒョーさんと仲良くして!」


 ノーラとアニーがモナを羽交い締めにしいる間に、カールは船に登り切り、船員に頼んでタラップを引き上げてもらった。これで船と桟橋の間をつなぐ物はないもない。


 「そんなあ、カールさん、置いていかないでください!!」

 「こら、あなたはもう少し慎みを」

 「大丈夫、もし運命の人なら、また会える」

 「私は今すぐ王都に行きたいの! カールさん!! カールさあああん」


 桟橋で暴れるモナと、それを抑えるアニー、ノーラにミアミ。


 (いい仲間だ)

 

 カールは騒がしい四人を見てかつての自分の仲間を思い出していた。ホルン、ヒョー、リズ、クルマ、グランド。カールの人生の大部分は彼らとの時間が占めていた。冒険者仲間であり、得難い友人であり、そして家族であった。いま目の前にいる四人も、きっと同じ様にいい仲間で、いつか家族に近い存在になるのかもしれない。


 「モナ」


 カールはタラップを登り切ってからモナに向けて叫んだ。


 「また来る!」

 「むう、ずるいです」


 モナは抵抗を止めて頬を膨らませた。

 

 「でもお待ちしていますから!」


 カールは手を振って、四人の冒険者に別れを告げた。その隣で、副船長が出航の指示を出す。


 「よおし、錨を上げろ。出航するぞ!」


 船首の方で水夫たちが巨大な巻き上げ機を回し錨を上げる。帆が開かれ、風を受けた船がゆっくりと湾外に向けて進み始めた。

 カールはもう一度、桟橋にいる四人に手を振り、それからヘルメサンドの街と、その向うに広がる不思議島を見た。二年間離れていたその島は、変わった所はあれどもやはりカールの故郷だった。

 船はゆっくりとヘルメサンドの桟橋を離れ、王都に向かって進み始めた。見送りに来ていた四人の冒険者の姿もどんどん小さくなりやがて風景の一部に溶け込み見えなくなった。


 「またすぐに、帰って来るよ」


 小さくなるヘルメサンドにカールはそう呟いた。

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