第27話 宝石蝶を求めて(6)

 「執念深いな、お前も」


 カールは四人を守る様にコロック鳥の前に立ち塞がった。モナが自由になるまで、まだ時間がいる。カールは高ぶる気持ちを落ち着かせ、改めて状況を観察した。

 カールの後ろには守るべき四人。コロック鳥は全身のおよそ半分に火傷を負い、所々カールとアニーによってつけられた真新しい切り傷がある。だがどれも致命的なものではない。広間の空間は巨大な怪物が飛び回るには不十分だが、コロック鳥が跳ねたり駆けまわったりする余裕はある。カールの手にする武器で怪物に致命傷を与えることは難しい。懐に飛び込み、心臓に剣を突き立てれば、あるいは目玉を深く突いて頭部を破壊できれば倒す事もできるだろうが、目の前の怪物が易々とそれを許すと思わなかった。唯一の好材料は、コロック鳥は狩りではなく復讐を考えているらしく、その黒い炎の様な赤黒い瞳はカールを憎々しげに睨みつけていた。コロック鳥に一番の深手を負わせたのはカールだ。カールが相手をしている限り、後ろの四人は安全だろう。

 ならば選択肢は足止め以外にない。


 「キィィエッ!!」


 コロック鳥はクチバシを突き出し、カール目がけて突進して来た。避けるわけにはいかない。カールの後ろには動けないモナたちがいる。


 「わが身に宿りしは猛き竜の鱗。勇敢なる空の王者よ、わが身に汝が緑鱗をまとわせよ」


 カールは自分の胸に左手を当て、竜鱗の魔法をかけた。これでカールの身体は鉄並みの強度を得た。しかし、コロック鳥は鉄で出来た鍋を容易くに引き裂くだけの力を持った怪物だ。まともに攻撃を受ければ鉄程度の強度しかないカールの皮膚では耐えられない。攻撃は止められないし避けられない。ならば逸らすしかない。

 

 「うおおおお」


 カールはコロック鳥の注意を引くため雄叫びを上げながら、向かって来る怪物に斜め右に前に出た。コロック鳥がわずかに突進の方向を修正する。これで怪物の進路からモナたちが外れた。

 激突する瞬間、カールは身を沈めクチバシを躱しコロック鳥の真下に潜り込むと、剣を垂直に立て上を通過する怪物の下腹を切り裂いた。分厚い羽毛に守られていたため傷は浅いが、それでもかなりの血が噴き出す。怪物はそのまま上を通過し、最後に尻尾でカールを跳ね飛ばした。カールは軽く転がされ地面に頭をぶつけたが、竜鱗の魔法で守りを固めていたので致命傷にはならなかった。腹部を切られたコロック鳥はモナたちから逸れてそのまま前進し、やがて脚を止める。振り向いたコロック鳥は怒りで爆発し冷静さを失っており、すぐ近くにいるモナたちに目もくれない。


 「キイイイイェ!!!」


 もう一度、コロック鳥が突進してくるが、カールはそれを軽く躱す。


 「外れた!」

 

 ようやく、モナが蜘蛛の糸から抜け出した。短くない時間を火に炙られ、顔は真っ青になり、糸が粘着していた右腕はひどく焼けただれ、髪の一部はばっさりと切られている。それでもモナは支えようとするノーラを断ると自分の脚で立ち上がり、一瞬だけカールの方を見てすぐに洞窟の出口に向かって駆け出した。


 (いい判断だ、モナ)


 モナは一言も言わず、洞窟の奥に消えていった。彼女は自分のできること、すべきことをきちんとわきまえている。信頼できる仲間がいる、そのことがカールを心強くした。


 「みんなそのまま外に。私も後から合流する」


 カールはコロック鳥と向き合いながら叫んだ。

 ミアミとノーラは頷くとすぐにモナの後を追った。アニーは自分も戦おうとコロック鳥の側面に回ろうとする。カールはそれを制止する。


 「アニーも先に。岩山を降りて森の中に身を隠すんだ」

 「しかし」

 「モナたちにも護衛が必要だ。頼む」

 「……っ、申し訳ありません。ここはお願いします」


 自分の実力不足を察したアニーは悔しそうにモナたちの後を負った。四人が洞窟に消えたのを確認した後、カールはコロック鳥に切り掛かった。彼女たちが森に隠れるまで、カールはここでコロック鳥を足止めするつもりだった。

 カールはコロック鳥の頭部を執拗に狙った。分厚い羽毛に覆われた胴体はいくら剣で斬りつけても大した傷にならない。火傷で地肌が見えているところですら、剣を半分めり込ませても内蔵にまで届かないだろう。しかし頭部ならコロック鳥にとっても致命傷になり得る。さらに、コロック鳥は頭部を守ろうと頭を剣の届かない高さに上げたため、強力なクチバシによる攻撃を制限することもできた。

 カールは一人になったことにより、自由に戦えるようになった。空間を十分に使い、右に左にコロック鳥をかく乱し、隙あらば容赦なく剣で切りつけた。カールが攻撃する度に、コロック鳥の羽毛が宙を舞い、赤い血が飛び散る。コロック鳥の攻撃はどの一撃もカールにかすりもしない。

 やがてコロック鳥もカールとの実力差を理解し、一度間合いを取る為に後ろの大きく跳んだ。しかし天井には蜘蛛の巣が残っており、そもそも高さも広さも不十分。コロック鳥は天井とカールの両方に注意を向ける事になり、その結果隙が生まれた。コロック鳥の視線が一瞬外れた瞬間、カールは一気に距離を詰める。コロック鳥はさきほど同様、頭部を翼で守ろうとし、脚の守りが疎かになる。カールは脚の爪の一本に思いっきり剣を叩き付け、その先端を切り落とした。


 「ギギィィィィィ!!!」


 コロック鳥は怒り狂い、捨て身の勢いでクチバシを立て続けに繰り出した。クチバシが洞窟の床に命中する度、固い岩盤にカールの頭よりも大きな穴を穿った。


 (直撃すれば即死。だが冷静さを失った攻撃だ)


 コロック鳥の攻撃は全て必殺の一撃だったが、カールに命中することは無かった。カールはクチバシを避けながら、隙を見つけては剣でコロック鳥の頭部を撫でる様に斬り続けた。カールの攻撃は何度も命中したが、深手にならない。そうしてカールはゆっくりとコロック鳥をある場所へ誘導した。そこには、先ほどの大蜘蛛が放った粘着性の高い糸が床にへばり着いている。一歩、二歩、カールは徐々に目的地に近づく。

 コロックは興奮の為か周りが見えていない。カールは先ほど傷を負わせた爪と、コロック鳥との距離を素早く計算し、大きく後ろに下がる。真後ろの地面にはとびきり粘性の高い蜘蛛の糸。

 コロック鳥はカールの頭を粉々にすべく、大きく踏み込んでクチバシを振り上げた。その軸足は、さきほどカールによって爪の先端を切り落とされた脚。カールはクチバシの一撃を避けながらコロック鳥の身体の下にもう一度潜り込み、すれ違い様に先ほど切り落とした爪の傷口にもう一撃を食らわせる。


 「グエエェッ!」


 二度目の激痛にコロック鳥が悲鳴を上げる。すかさずカールはコロック鳥に体当たりを食らわせた。本来であれば、小屋程の重量と大きさを持つコロック鳥は人間一人の重量で身体のバランスを崩したりはしない。しかしコロック鳥が踏ん張ろうとした脚はカールが二度も切った側で、傷の痛みに耐えられず怪物は体勢を崩し、真横に倒れた。そこは蜘蛛の粘着糸がこびりついていた場所だ。


 「さあ、これで動けないだろう」


 息を切らせながら、カールがコロック鳥に問いかけた。言葉が通じるとは思わない。ただ、そうなればいいという期待と、独り言の余裕があると自分を落ち着かせるためだった。そしてカールの期待通り、コロック鳥は動きを止めた。

 コロック鳥は立ち上がろうとして、翼が地面から離れなくなっていることに気が付く。懸命に足をバタつかせるが、強力な蜘蛛の粘着糸はコロック鳥を自由にはしなかった。

 一瞬、カールは怪物に止めを差そうと考えたがすぐに諦めた。手負いのコロック鳥に近づくのは危険だ。それにあの糸がどれだけコロック鳥を拘束できるかも疑問だった。所詮は蜘蛛の糸だ。人間サイズならともかく、コロック鳥ほどの怪物の動きを長時間止めることは出来ないだろう。カールはその場から逃げ出すことにした。


 叫び続けるコロック鳥を残して広間から洞窟に入る。すでに先に入ったモナたちの明りは見えなかった。カールはカンテラの明りを頼りに洞窟を進んだ。十歩ほど進んだところで、背後から悲鳴のような甲高い叫びが聞こえ、ブチブチと羽や肉か剥がれる音がした。振り向いてみると、コロック鳥が半身を血まみれにしながら粘着糸から抜けしていた。


 「本当にしつこいな、お前は」

 「ギエエエィギィィィィィ!」


 その叫びに続いて、ドタンドタンと地面を踏み鳴らす音が響いてくる。


 (失敗したか)


 コロック鳥はなりふり構わぬ勢いで洞窟の中に駆け込んで来た。カールは剣を構えようとして、周囲の狭さと正面から迫るコロック鳥を見比べた。


 「避ける場所が無い、か」



 洞窟内は広間よりも狭く、コロック鳥がかろうじて立って歩けるくらいの広さしかない。コロック鳥の動きは制限されているが、カールにとっても回避に使える空間が無い。

 しかもコロック鳥は今まで以上に勢いをつけ、カールに襲いかかって来た。クチバシではない。体当たりだ。


 「ああ、それはまずい」


 あの質量で、捨て身の体当たりを食らえばカールに助かる道はない。今までの様に攻撃を逸らす事は重量的に不可能だし、狭い洞窟の中では左右に避けることも出来ない。あの勢いを利用すれば刺し違える事はできそうだったが、カールにはここで死ぬつもりはなかった。結果、カールはコロック鳥に背中を向けて逃げ出した。

 コロック鳥は必死にカールを追いかけたが、やはり地上を走るのは苦手らしくどんどんと距離が開いて行く。


 (モナたちが地上に降りてくれていればいいが)


 彼女たちが森の中に隠れていれば、後は岩山から竜鱗の魔法を頼みに飛び降り、そのまま斜面を駆け下りて森に隠れればいい。背の高い樹木の密集した森の中に、巨大なコロック鳥は入れない。そこで身を隠し、鳥の目が利かなくなる夜になったらその場から離脱すれば今度こそ全てが終わる。


 カールの前方に外の光が見えてきた。時刻は夕方が近づいているらしく、入った頃よりも暗い。

 カールは洞窟の出口から飛び出し、出窓状になった岩から眼下の山の斜面を見下ろした。そこにモナたちの姿は無い。


 (もう森まで逃げたてくれたか?)


 しかしその期待は、足下から聞こえてくるアニーの声に裏切られた。


 「カビル卿!?」

 「まだそこにいたか」


 アニーたちはまだ岩山を降りているところだった。

 考えてみれば当然だ。ノーラとアニーだけならともかく、重傷を負ったままのモナと岩登りが苦手なミアミがいるのだ。しかも崖を下るのは上りよりも慎重さが必要とされる。洞窟の奥から聞こえてくる足音はもう間近まで迫っている。今この怪物を空に上げるわけにはいかない。不安定な足場にいる下の四人は空からの攻撃にろくに対応することができない。カール一人なら、ここから逃げ出す事はできる。このまま岩山から飛び降りればいい。だがそれは他の四人を見捨てる事になる。そんな選択肢をカールは選べなかった。

 カールは広間で足止めを続けるべきだった。だが、それを言っても始まらない。残された選択肢をカールは躊躇しなかった。


 「モナ、聞こえているか?」

 「はい、カールさん」


 モナがいつも通りの明るい声で答えた。その声は大火傷の痛みを耐えているためかどこか苦しそうだ。


 「万が一の時は、王都プサラにいるボラリッチリという商人にその宝石を渡して欲しい。依頼についての細かい事はホルンが知っている。頼んだぞ」

 「カールさん!? そんな事」

 

 モナが悲痛な叫びを上げる。だがカールにはそれに答えている時間はなかった。コロック鳥が洞窟から姿を現そうとしていたのだ。


 「カール、それを!」

 「カビル卿、ミアミの鞄を投げます」


 アニーがミアミから受け取った鞄をカールに向けて投げた。カールは左手でそれを受け取る。


 「煙幕弾が入っている。目つぶしになるはず。使うには温度を高くして」


 叫ぶミアミにレイを言うと、カールは煙幕弾を手にとり、保温の魔法をかける。


 「緋色の衣、我が手に宿れ。炎昼よ、我が手を照らせ」

 

 手にした弾が熱を帯びる。


 「当たれよ」

 

 カールはそれを洞窟から顔を出したコロック鳥目がけて投げつけた。だが、コロック鳥は飛んでくる煙幕弾に気が付くと地面に爪を立てて停止し、その場で翼を大きくはためかせた。翼から生み出された強風が煙幕弾を吹き飛ばし、弾は煙をまき散らしながら虚しく洞窟の外に飛んで行った。


 「何度も同じ手は食わないか。イヤだね、頭のいい怪物は」


 コロック鳥は地面に突き刺した爪を抜き、数歩後ろに下がる。今度こそ、体当たりでカールを押しつぶす気なのだ。

 カールも全身して、洞窟の入口に立つ。コロック鳥を外に出し空に上げるわけにはいかない。

 コロック鳥と対峙したカールの全身をピリッと痺れるような興奮が走った。それはあたかも騎士の馬上試合のようだった。人間と怪物が、狭い洞窟で向かい合っている。カールの後ろには崖。引く場所は無い。


 「さあ、来い!」


 コロック鳥が大地を蹴った。全力で走るその速度は人間の全力疾走並み。速度はある。だが、脚の傷のためか身体は左右に大きく揺れ安定感に欠けていた。カールはもう一つの煙幕弾を手で握りつぶすとコロック鳥のクチバシ目がけてそのまま投げた。コロック鳥は煙幕弾を気にするそぶりも見せずそのまま突進してくる。

 煙幕弾は保温の魔法をかけることで煙を発生させる。今回は魔法を使っていないので煙は出ない。だからコロック鳥も対処をしなかったのだろう。しかし、投げる前に握りつぶしたことで、中に入っていた粉が外に溢れ出ていた。コロック鳥の目に命中した煙幕弾は、中の粉末を怪物の顔にまき散らした。

 

 「グエッ!?」


 コロック鳥の右目が粉で目潰しされる。だが、勢いは止まらない。

 カールは洞窟の壁に身を寄せ、左右に揺れる怪物の身体の周期を見た。右、左、右、そのタイミングに会わせて一歩後ろに下がる。片目のコロック鳥はカールを押しつぶそうとし、そのまま洞窟の壁に激突。だがその勢いは止まらない。そのまま体を壁にこすり付けるように進み、カールを洞窟の外に落とそうとした。コロック鳥自身はカールとい一緒に外に落ちた後、空中で羽ばたいて空に上がればよかった。しかしそうはさせない。


 「一緒に落ちてもらうぞ」

 「ギイイイェッ!?」


 カールはコロック鳥に押し出される直前、壁に右半身を壁にぶつけたことで大きくあいたコロック鳥に左半身、その翼の付け根目がけて剣を突き立てた。コロック鳥自身の勢いもあり、剣は深々と突き刺さる。コロック鳥は痛みに耐えながら、そのままカールを洞窟から押し出し、出窓状の岩の縁から脚を踏み外す。

 最後のカールの一撃はコロック鳥にとって誤算だった。剣は怪物の翼の付け根に刺さっているため、コロック鳥は飛ぶことができず、大地に惹かれるままカールと共に落下していった。。

 

 「カールさん!?」

 「カビル卿!」

 「カール様!」

 「カール!」


 落下するカールの視界の隅で、岩山から降りようとする四人の冒険者が悲鳴を上げていた。カールには竜鱗の魔法は掛かっているし、空中で身をひねってコロック鳥を下にすることに成功している。このまま落ちればコロック鳥が下敷きになることで落下の衝撃は幾分か抑えられるはずだった。そして、この高さからの落下ダメージはコロック鳥に対して十分致命的な一撃となる。


 (あとは、神頼みか)


 カールは迫りくる地面から顔をそらすと、自分の信じる宿屋の神リーゲルに祈りを捧げた。

 カールとコロック鳥は、ブロック状の岩が積み重なった小山の下の部分にぶつかり、何度か岩の上の跳ねながら山の斜面に落下していった。一人と一体の身体は山の斜面を少しばかり転がり、やがて動きを止めた。カールの突き差した剣からは大量の血が流れ、カールもコロック鳥も微動だにしなかった。

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