第23話 宝石蝶を求めて(2)

 煙突山の洞窟の中は緩やかな傾斜のある坂道になっていた。洞窟の壁や天井は灰色の岩石で出来ており、上はざらついた表面、下の方は滑らかで水滴が付着している部分は滑っとしていた。洞窟の中央には太い溝があり、その中を大量の水が勢いよく流れている。


 「川に落ちないように気をつけてください。あと地面がだいぶ湿っているので転ばないように」


 先頭を進むノーラが後ろに続く四人に注意した。洞窟の中に水の流れ以外の音は無くノーラの声は壁に反射して残響を生んだ。それに驚いたノーラが思わず自分の口を抑え足を止める。行軍が止まった事をいい事に、最後尾を歩くミアミが洞窟の壁の前で足を止め、ざらついた面と滑らかな面の境界線に顔を近づけて観察していた。隣でモナが壁を観察するミアミが何か面白い事を言うのではと期待していた。


 「自然にできた洞窟じゃなさそう。私たちが歩いている辺りは水で削られているけど、上の方の岩肌には無理やり削られた跡がある」

 「へえ、人が掘った穴なの?」

 「多分、怪物が作った物だと思う。人間が作ったにしては高さがありすぎる」


 ミアミの言う通り、洞窟の天井はかなり高い位置にあった。何とか二階建ての建物が入るくらいの空間がある。


 「穴を掘ったのは巨大な芋虫とかじゃないよね?」

 「岩山に穴を掘る芋虫ならそうかもね。でも違うと思う。外にブロック状の岩があったから、多分切断の魔法を細長い管状にかけて作った穴だと思う。たぶん数百年前で、その後は長い年月をかけて水で削られたんだと思う」

 「山に洞窟を開ける魔法かあ。すごすぎて想像できないや」

 「まったくね。ヘルメサンド一の魔法使いだって、城壁に穴を開けるのが精一杯。それを何度繰り返したら岩山に洞窟が掘れるのやら」

 「みなさんすみません、そろそろ進みます」

 

 ノーラがおしゃべりを続けるモナとミアミにそれとなく声をかけ、五人はゆっくりと洞窟の奥へ進んだ。途中、こうもりらしい生き物が何度か上の方を飛行していたが、それ以外に怪物の襲撃はなかった。床は平で歩きやすかったが、所々大きな段差があったりした。洞窟に入って十分程経ち、やがて前方に洞窟の終わりが見えて来た。魔法の明かりの届く範囲で左右の壁と天井が無くなり、その先には暗闇が広がっていた。


 「広い空間があるみたいです。もしかしたら地下に住む怪物がいるかもしれません。注意してください」

 

 ノーラは一度足を止め、離れた位置から先に広がる空間に注意を向けた。


 「カビル卿、私たちは洞窟の冒険をあまり経験していません。こういう場合、どんな怪物が出てくることが多いのでしょうか」

 「そうだな。巨大な蜘蛛とか蝙蝠が定番だな。あとは人食い植物とか、動く鉱物の怪物かな。島の奥地でゴブリンを見たこともあったが、この辺りには人型の怪物はまずいないだろうね」

 「剣の届く相手なら助かります。蝙蝠は、少し対処が難しいでうすね」

 「何も出ないことを祈るしかないな。ただ、この岩山を煙突山と名付けた探検家の手記には怪物の記載はなかった。ここは発見されてから十四年も経つ場所だ。特に何も情報がないということは、何も無かったということだと思うよ」

 「あるいは、誰も帰って来れなかったか」

 「ミアミったら、怖い事言わないでよ」

 「……みなさんはここで待っていてください。まず私が様子を見てきます」


 そう言うと、ノーラは一人で先行し、大きな空間の入口に壁を背にして立った。ノーラの持つ明りは洞窟の岩肌を照らしてはいたが、その先は闇の中に消えている。少なくとも明りが届く範囲に壁や天井はなさそうだった。

 ノーラは空間の入口で耳を澄ませた。すぐ隣を流れる水の音に混じり、かすかに何が動く音が聞こえた。ノーラは後ろの四人に振り返り、右手を左手首に当てた。それを見たアニーが小声でカールにつぶやいた。


 「あれは何かがいる合図です」

 「いきなりコロック鳥でないといいんだが」


 カールとアニーそれぞれ剣を抜いて戦闘に備える。それを見たノーラは、二人を手招きして自分の位置まで前進させる。三人がそろったところで、ノーラが一歩大きな空間に足を踏み入れた。ノーラの持ったランタンの明りが広い空間を照らす。そこは白っぽく、やたらと天井の高い広間のような場所だった。

 カールとアニーもノーラに続いて洞窟の広間に入る。見上げると、そこには薄い白い布の様な物が壁を埋め尽くす様に広がっていた。


 「あれは、蜘蛛の巣ですね」

 「巣の規模からして普通の蜘蛛じゃないだろうな。多分、大蜘蛛か」

 「カール様、いました。上の方です」


 カールたちの侵入に気が付いた巨大な蜘蛛が数匹、白い巣の中から出て来た。その蜘蛛は薄いオレンジ色をしており、高さは一メートルくらい、横幅は高さの三倍はありそうだった。細長い八本の足を動かし、天井や壁から侵入者を監視していた。頭の部分に長い触覚のようなものがあり、口には牙のようなものもあった。典型的な蜘蛛の怪物だ。


 「毒が無いといいのですが」


 アニーが薄オレンジ色の蜘蛛を見て不安を口にした。接近戦意外に戦う術の無いアニーにとって切ると毒をまき散らすような怪物はできれば避けたい相手であった。カールたち三人はしばらく天井の蜘蛛の様子を伺ったが、あちらもカールたちの様子を探っているらしく警戒心は感じられても襲って来る気配は無かった。


 「それほど好戦的ではありませんね。奥の方に別の洞窟の入口があります。川はそこから流れてきているようです」

 「あの蜘蛛の下を抜けられるかな?」

 「こちらを無視してくれれば。ただ警戒されているようなので危険が無いとも言えません」

 「ミアミ、念のため確認だが、昆虫型の怪物を操る魔法は使えないな?」


 カールが広間の入口で待機していたミアミに確認したが、彼女は首を横に振って否定した。

 

 「排除しますか?」


 アニーが少しだけ気が乗らなそうにカールに尋ねた。


 「いや、不要な戦いは避けた方がいい。ノーラ、蜘蛛を寄せ付けない方法はないかな」

 「多分、松明で火を焚けば寄ってこないかと思います。色が薄い蜘蛛は光に慣れていないはずですし、生き物は本能的に火を恐れます」


 ノーラのその言葉に後で待機していたモナが口を挟んだ。


 「ねえノーラ、羽虫って夜中に街灯の魔法の明りに飛んでくるよね? あの蜘蛛の怪物も松明の明りにおびき寄せられるってことはないかな」

 「もし光に寄ってくるのなら、今この瞬間に襲われているはずです。だから、多分大丈夫。たぶん、ですが」

 「あれと戦うときっと体液がぶわっとでるよね。わたし昆虫と戦うのってあんまり好きじゃない」


 そういいつつ、モナは自分の荷物からショートソードを取り出していた。その剣はカールも見覚えがあるもので、アブロテンでモナがインプ相手に振り回していたものだ。ヘルメサンドを出発した時には持っていなかったので、どうやらどさくさに紛れて私物にしたらしい。


 「とりあえず、松明を焚いて様子を見よう。もし蜘蛛がおびえてくれるなら、その間に向こうの洞窟まで行こう」

 「わかりました」


 ノーラは荷物から松明を取り出すと、火打石で火をつけた。炎が燃え上がり、カール達もその熱気を肌で感じることができた。


 「やっぱり本物の火はいいですね。安心できます。あ、蜘蛛が巣の向うに隠れました」

 「魔法の明かりには怯えていなかったのに、不思議なものだな」

 「不思議島の生き物は、元々魔法の力を身体に宿しているから。彼らにとって見れば、魔法の明かりは理解できても実際の火は正体不明の何かなんでしょうね」

 

 広間の中に入ってきたミアミが薄いオレンジ色の蜘蛛を見上げながら言った。

 ノーラが松明の火を左右に振ると、蜘蛛たちはカールたちから離れた場所にそそくさと逃げて行った。安全は確保されたが、下から照らし上げる炎の明りが蜘蛛の巨大な影を天井に投射し、なんとも言えない不気味な光景を作っていた。


 「……戦わずに済みそうだな」

 「良かったです」

 「本当に」


 アニーとモナがほっとして肩の力を抜いた。

 ノーラは蜘蛛が十分離れたことを確認した後、先頭に立って蜘蛛の巣が張られた空間を突っ切って次の洞窟に向かった。カールたちは一応武器を持ってそのあとに続いたが、蜘蛛たちが襲ってくることは無かった。

 カールたちが広間を抜け、岩山の奥に続く次の洞窟に入ろうとした時、一匹の蝙蝠が前方の洞窟からカールたちがいる空間に迷い込み、ふらふらと蜘蛛の巣の間を飛び始めた。


 「あ、蜘蛛が!」


 モナが叫ぶと同時に、一匹の蜘蛛の怪物が口から白い糸を吐き出し空中を飛んでいた蝙蝠を捕まえた。蜘蛛の口から伸びた糸は蝙蝠を包み込んだまま、下に垂れ下がる。蜘蛛は頭を振って蝙蝠を捉えた糸の塊をスイングさせ、別の蜘蛛の巣にくっつけた。よく見ると、似たように糸に包まれた蝙蝠が巣のあちらこちらに捕まっている。それを見てミアミが感心する。


 「器用なもの。蜘蛛の巣で罠にかけるだけじゃなく、ああやって食料を得ているのね」

 「蝙蝠を食べてあそこまで大きくなれるんだな」

 「ああやって餌を蓄えておけるから無理に私たち襲う必要がないのかもね」

 「蝙蝠に助けられたわけだ」


 カールたち五人は無事に空間を突っ切ると次の洞窟に入った。先ほどよりも小さかったが、それでもかなりの幅と高さがあった。作りは最初の洞窟と同じで、地面には川が流れていたが傾斜はだいぶ緩くほとんど平だった。

 しばらく洞窟を進むと、前方に曲がり角が現れた。角の先に何があるのか見えなかったが、何かに気づいたノーラが前進を止め、手に持ったランタンに布をかけて明かりを消した。


 「前方、曲がり角の向うに明りが見えます」

 「明り? ゴブリンがいるのか」


 ゴブリンは不思議島の奥地に生息している人型の怪物で、原始的ながら文明を持っている。火を使ったり、落とし穴の罠を仕掛けたり、簡単な金属加工もできる。


 「いえ、自然光に見えます」

 「天井に穴でも開いているのかしら」


 ミアミが興味を持ったらしく、最後尾から前に上がってきた。洞窟に入ってからのミアミは今まで以上に積極的に色々な物に興味を示している。そのまま光の方へ進もうとする未アミアをアニーが制止する。


 「まず私とカビル卿で行く。ミアミとモナは後ろから」

 「しかたない。一応、気を付けて」


 (護衛対象である俺も戦力に組み込まれているのか)


 カールはアニーの言葉を聞いてかえって嬉しく思った。ようやく仲間として認められてきたらしい。

 カールとアニーは剣を抜き、並んで前方で待機してるノーラに合流する。曲がり角から顔を出してみると、確かに前方にある空間に日の光が差し込んでいるようだった。


 「かなり大きくないか?」


 洞窟の先にある空間は、先ほどの地下広間よりもさらに巨大だった。光源があるので先まで見通せたが、反対側の壁までの距離はアブロテン村の砦三つ分は奥行きがありそうだ。アブロテン村の砦の前の広場よりも広く、ちょっとした村なら収まるくらいの規模だ。

 ノーラが洞窟の隅を照らすと、鳥の羽毛がくぼみにたまっていた。


 「これを見てください。水に流された羽ではなく、前の空間から風で飛ばされてきたようです」

 「つまり、あの空間にコロック鳥がいるわけだ」

 「宝石蝶の宝石もですよ、カビル卿」


 コロック鳥との再戦を想定し暗雲たる気持ちになるカールにアニーが発破をかける。


 「中に入ってみます」


 ノーラが手にしていた松明を地面に置くと、山刀を手にゆっくりと前進した。カールとアニーもそのすぐ後ろをついていく。洞窟を抜けると、そこは巨大な縦穴だった。


 「すごいな、これは」


 カールはその光景に圧倒され、構えていた剣を下ろした。

 そこは岩山を縦にくりぬいた巨大な穴で、上を見上げると遥か彼方にぽっかりと大きな穴が開いておりそこから日の光が空洞に差し込んでいた。空洞はきれいな円形になっており、山頂に続くと思われる部分だけ屋根になるようにややすぼまっていた。縦穴の高さは岩山と同じくらいあり、その広さは巨大で、端から端まで歩くだけで数分はかかりそうだった。空洞の壁から巨大な滝があり、そこから流れ落ちた水が川を作ってカール達が通ってきた洞窟に続いていた。滝から舞い上がる水しぶきを受けて、空洞に差し込む太陽の光が白い柱のように見えた。空洞の中央には岩石の残骸が山になっており、その近くには乳白青や紫色をしたキノコのような植物でできた森があった。


 「ああ、この洞窟は排水口だったのね。これだけの空間を作るなんて大したもの」


 後から空間に入ってきたミアミが遠くに見える滝を見上げながら感心していた。


 「ミアミはここを作った人に心当たりがあるのか」

 「人じゃない。多分、ドラゴンみたいな巨大な怪物。本で読んだことがあるだけだけど、岩山を魔法でくり抜いて巣を作る種類の翼の無い茶色いドラゴンがいたそう」

 「今は、いないよな?」

 「見た感じ、本来の持ち主がいなくなってからずいぶん経っているみたい。中央に崩れた岩があるでしょ? 多分、昔はあれがステージの様になっていて、そこでドラゴンが暮らしていたんだと思う。でもそれは大昔の話。あそこにはちょっとした森みたいなものがあるし、蝙蝠や蜘蛛みたいな生き物もたくさんいる。本来の主がいたら、きっとこんな穏やかじゃない」

 「カールさん、カールさん、あそこに鳥が飛んでいます!」

 コロック鳥かと身構えたカールだが、よく見ればそれは普通の鳥だった。日の光を浴びながら、空洞の中をゆったりと旋回している。同じ見た目だが少し小さい鳥が数羽、旋回しながら時々滝に近付き水しぶきを浴びて遊んでいた。滝から舞い上がる白い飛沫は空気中にふわりと広がり、時々どこからか吹く風に煽られて上空になる巨大な穴に吸い込まれていった。その様子はまるで煙突から出ていく煙の様に見えた。


 「ああ、だから煙突山なんですね」


 後ろにいたモナがカールが頭の中で考えていたことを口にしたので、カールは少しだけ驚いた。モナと気が合うというのは何となく居心地が悪かったので、慌ててノーラの方に声をかけた。


 「ノーラ、コロック鳥の巣らしいものはあるかな」

 「少し時間をください。上の方の岩が出っ張っている部分が多いのでここからだとよくわかりません」

 「頼む」


 カールは周囲を確認し、差し迫った脅威が無いとわかると剣を鞘に納め、持っていたカンテラに布を被せた。魔法の明かりはしばらくは効果が続くが、変に目立って怪物をおびき寄せるかもしれなかったからだ。ただ、今は太陽の光が空洞に差し込んでいるが、開口部が岩山の真上あるため、太陽が傾いたらすぐに暗くなりそうだった。

 アニーは一応、剣を持ったまま周囲を探索するノーラの護衛をしていた。ミアミは近くに生えたコケや植物を観察し、時々その一部を採集していた。手持ち無沙汰になったモナがぴょこぴょことカールの方にやって来た。


 「輝きの湖の近くにこんな場所があったんですね」

 

 モナが改めて、上を見上げた。


 「最初にここを見つけた人間も驚いただろうな」

 「安全にここまで来れるならいい観光地になると思うんですけど、ちょっと無理っぽいですよね」

 「ああ、ヘルメサンドから遠すぎるな」

 「でも嬉しいです。カールさんと一緒にここに来れて。きっと私たちの素敵な思い出の一つになりますね」

 「ん、まあ、そうかもな」


 特にモナの言葉を否定せず、カールは視線を合わせないように上を見上げる。どこかにコロック鳥の巣が無いか目をこらすが、巨大な鳥が巣をつくれそうな場所が無数にあるため見つけることができなかった。空洞はコロック鳥ほどの大きさの怪物でも十分に中を飛べそうだったし、鳥以外の生き物が侵入するのは難しそうだった。

 ここにコロック鳥の巣があればいい、カールは祈る様な気持ちで怪物の巣を探し続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る