第22話 宝石蝶を求めて(1)

 私はその巨大な鳥を伝説の怪鳥にちなんでロック鳥とすることにした。しかし、仲間の一人、コルドーがそれに異議を申し立てた。曰く、不思議島にドラゴンがいたのだから本物のロック鳥も世界のどこかにいるはずで、今日みた鳥はロック鳥ほど大きくなかったので別種だろう、というのだ。それも一理ある。私は巨大な鷹の様な鳥をコルドーとロック鳥にちなみコルドロック鳥(※1)と名付けることにした。

※1 不思議島発見から四年後、コルドロック鳥の群れがヘルメサンドを襲撃し大きな被害を出した。その後、コルドー氏の希望で怪物の名前はコロック鳥に改称された。

------『ロリオフの不思議島探査記』より


 新しい目的地を決めたカールたち五人は、輝きの湖に面した森を抜け岩山に向けて歩き始めた。岩山はキャンプ地の対岸、小石が体積した湖岸のさらに向うにある。湖からでも岩山の下の斜面に生えた木の数を数えられるくらい近くなのだが、途中に深い森があり、辿り着くには一時間か二時間はかかりそうだった。

 輝きの湖に流れ込む川は岩山の方向から来ており、時々コロック鳥のものらしい鳥の羽が流されて来た。怪物の巣は川の上流のどこかにあると思われたので、カール達は川に沿って岩山に向かった。湖に注ぐ川は幅広く流れは穏やかで、その川原には長い年月をかけて岩山から流されて来た大きな石が大量に転がっていた。


 「カール、あの岩山について何か知ってる?」

 

 ごつごつとした川原を歩きながらミアミがカールに尋ねた。


 「私の調べた限り、宝石蝶がいる輝きの湖に面した岩山があって、それが煙突山と呼ばれていたくらいかな。昔の人はあの山には興味がなかったらしい」

 「煙突? 確かに煙突に見えなくもないわね」


 石だらけの川原をしばらく進むと、平らな川岸はどんどんと狭くなっていき、やがて川の両側が切り立った崖になった。渓谷の左右には巨大な木々がそびえ立っていた。上を見上げると大な針葉樹の葉が空を覆い尽くす様に広がっており、川の上空だけ空が見えてていた。

 先頭を進んでいたノーラは川原を歩く事を諦め、川から少し離れた崖の上の獣道に進路を取った。ノーラが山刀で薮を切り開き、カールたちはその後に続く。数歩進む為にノーラは山刀で行く手を遮る枝や草を排除する必要があり、カールたちの速度は一気に下がった。余裕ができたカールは木々を見上げその迫力に圧倒された。


 「立派な木だな。百年以上は経っていそうだ」

 「不思議島が、ノスアルク王国に見つけられる前から存在していた証拠ね。こんな島がどうして十五年前まで見つからなかったのか、この木々なら知っているのでしょうね」

 「ミアミは木と話せるのか?」 

 「そう言う魔法もあるらしい。私はまだ使えないけれど」

 「使える様になったら教えてくれないか」

 「考えておく」

 「カールさん、私は木よりも王都の塔の方が見たいです!」

 「モナは王都プサラに行った事があるだろ? そもそも不思議島への船のほとんどはプサラから出ているんだから」

 「もう二年も前ですし、あの頃は街をゆっくり見てまわる余裕はありませんでした。だから、カールさんと王都を見て回るのが楽しみです!」


 観光案内くれいであれば付き合うよ、カールがそう言おうとした時、先頭を進んでいたノーラが急に足を止め、左手の拳を上げた。


 「みなさん、止まって。姿勢を低くしてください」

 

 カールたちはすぐにその場にしゃがみ込む。辺りは背の高い薮が生い茂っているので、カールたちの姿はほとんどその中に隠れる格好となった。


 「何か来たの?」


 アニーが剣を抜きながらアニーの視線の先、空の向うを見上げた。

 

 「コロック鳥が来ます。もうすぐ真上を通過すると思います」


 ノーラの言葉通り、しばらくすると翼が羽ばたく音がした。カールが上に目を向けていると、一瞬だが巨大な黒い影が上空を横切り、やがて湖の方向へ飛び去っていった。


 「昨日のコロック鳥か」

 「おそらくそうです。身体の体毛の一部が無くなっている様に見えました。昨日の火で燃えたんだと思います」

 「それはありがたいな。しかし、この距離でよく見えるものだね。私には大きな鳥にしか見えなかったよ」

 「ありがとうございます。私のちょっとした自慢なんです」


 コロック鳥が完全に飛び去った後、カールたちは再び前進をはじめた。しかし、すぐに足を止めることになった。川の周りの渓谷がさらに険しくなっており、これ以上進む事が難しくなったのだ。


 「一度森を抜けて、岩山に向かいます」


 そう言って、ノーラは森の中に入っていった。十分ほど進むと、木々の向こうに岩山が見えて来る。岩山の手前は、傾斜の緩やかな山の麓で控え目な大きさの針葉樹がまばらに生えていた。森の中と違い、薮などは見当たらず、地面や草地が露出している面積が大きくかなり歩きやすそうだった。


 「コロック鳥がいつ戻るかわからないので、木の下を選んで進みます。地面の傾斜や根っこに注意してください」

 

 カールたちは、湖に流れる川を見つけるため、岩山の外側を回り込むように進んだ。途中、怪物が戻ってくる事は無く、しばらくして斜面を勢い良く流れる小川を見つけた。その川をたどっていくと、ついに岩山の水源に辿り着いた。それは小さいながらも勢いのある滝で、岩山の中腹、地面からは五階建ての塔くらいの高さにある巨大な穴から流れ出ていた。それを見たモナがのんびりとした口調で感想を口にした。

 

 「まるで穴の開いた鍋みたいで。ねえノーラ、この近くにコロック鳥の巣があるの?」

 「見当たらないですね。多分、あの洞窟の中じゃないかと」

 「コロック鳥って鳥だよね?」

 「鳥の中には洞窟の中に巣を作る種類もたくさんいますよ。ヘルメサンドの近くにも、海沿いの崖の穴に巣を作る海鳥がいますよ」

 「あの中かあ。登って登れなくはなさそうだけど……」

 

 洞窟の真下には、なぜか大量の岩石が折り重なり小さな山を作っていた。まるで岩山の内側から外に向かって穴をあけ、その残土や残岩が穴の下に溜まっている様だった。折り重なるような岩はどれも似た様な大きさで、場所によっては階段のようになっている。その傾斜はかなり緩やかだったので崖を登るだけの技量の無い人間でも時間さえかければ洞窟の入口まで辿りつけそうだった。


 「あれを見てください」


 そういって、ノーラは滝壺の岸辺にたまっている落ち葉の塊を指さした。よく見るとそこにコロック鳥のものと思われれる巨大な羽が何枚もあった。


 「ここに上がってくる途中も同じように羽や羽毛が流れていました。これだけの数が流れているということは、やはりあの洞窟の中にコロック鳥の巣がある可能性が高いと思います」

 「登るしかないか」

 「長いロープがあればいいのですが、昨日燃えてしまいました」

 「しかし、行くしかないんだろ」

 「そう思います。それもと岩山の周りを一周してみますか?」

 「いや、それをしていたら日が暮れてしまうよ。手がかりが川の奥にあるのなら、まずは行ってみよう」

 

 カールたちは岩山の中腹に開いた大きな洞窟を目指して、まず穴の真下に積み重なった岩の小山に向かった。近づいてみると、やはり奇妙で、長年の風雨で角が丸くなっていたり、落下の衝撃で壊れたりしていたが、岩の原型は長方形の巨大なブロック状だったようだ。


 「これは、多分、魔法で切り出した岩」


 ミアミが手前に転がっている岩を調べながら言った。


 「多分、誰かが岩山の中から外に向かって魔法を使いあの穴を開けたんだと思う」

 「途方も無い大魔法使いがいたんだな。その誰かはまだ中にいるのかな」

 「それは無いと思う。この岩は削られてからだいぶ時間がたっているから。もしかしたら、大昔にここに住んでいた人たちが城壁みたいなものを作ろうとして岩を切り出して、そのままにしたのかも」

 「そうかもしれないな。確かに、城壁や石垣を作るのにちょうど良さそうな大きさだ」

 「皆さん、私が先頭になって登ります。ゆっくりと着いて来てください」


 そう言うと、ノーラは近くの岩に手をかけ、その上によじ上った。

 基本的に、岩でできた小山は大股で階段を上るか、胸くらいの段差をよじ上る程度で上に向かうことができた。一部は人為的に階段状に積み重なっており、まるで巨人用の階段に見えた。

 ちょうどカールの前を進んでいたアニーが小さな岩の割れ目を危なっかしく飛び越えた。


 「アニー、鎧を身につけたままで大丈夫か?」

 「問題ありません。日頃から鍛えていますし、あの洞窟の中でコロック鳥に襲われるかもしれませんから」

 「無理はするなよ」


 五人は順調に岩の小山の頂上まで辿り着いたが、そこに問題があった。下から見上げていた時、小山の頂上は洞窟の入口と同じ高さに見えた。しかし、実際に上に上がってみると洞窟の入口よりも微妙に低く、大人一人くらいの高さの垂直な壁を登る必要があった。足場になりそうな窪みや出っ張りはあったが、モナやミアミには厳しそうだ。


 「私とアニーが先に登ります。お手数ですが、カール様がモナとミアミを持ち上げてくれませんか? 上で私たちが引き上げます」


 そう言ってアニーとノーラが崖を登った。短い距離とは言え、さすがにアニーも金属鎧を身につけたまま崖を上る事は出来なかったらしく、胴と脛当てを外すと勢いをつけて崖の上、洞窟の中に放り投げていた。アニーとノーラが登り切ると、下でカールがモナを肩車した。冒険で鍛えたモナの身体は思いのほか重量があった。モナがアニーとノーラに引っ張られると、次はミアミの番だ。カールが地面に膝を着くと、背中にミアミが乗ってきた。モナよりも一回りは軽い。カールはミアミを持ち上げた、モナと同じ様に上にいたアニーとノーラに引き渡した。そして最後にカールが壁をよじ登る。

 下から上り始めて二十分ほどで、五人は洞窟の入口に辿り着いた。洞窟の中は滑らかで、中央に水路、その両脇に人が並んであるけるくらいの地面があった。地面と川は平行して奥まで続いている。その光景は王都プサラの下水道をカールに思い起こさせた。


 「この洞窟、かなり広いですね」


 ノーラが入り口から洞窟の中を探った。太陽の外の光が届く範囲に洞窟やそこを流れる小川の先は見えない。


 「コロック鳥もここから出入りしているのか?」

 「どうでしょう。大きさは十分ありますが、洞窟の隅に羽が落ちていないので違うと思います。でも川には流れて来ていますね。きっとこの奥に別の空間があるのだと思います。あるいは、岩山の中央が陥没して本当に鍋みたいになっているのかもしれません。ミアミ、明りを貰もらえますか」

 「わかった」

 

 ノーラが自分の荷物からランタンを取り出すと、そこにミアミが灯火の魔法を使い魔法の明りを灯した。燃料があれば普通に火をつけられたのだが、昨日の襲撃で全て無くなってしまっていた。ノーラのランタンに続き、自分とモナのランタンにもミアミが魔法で明かりを灯した。できれば全員分の明りを用意したかったのだが、昨日の襲撃で破壊されてしまっていたことと、ミアミの魔法回数を温存するためランタンは三つまでとした。アニーとカールはランタンの代わりに剣を握った。ノーラはテントの残骸と木の棒を荷物から出し、簡易的なたいまつを作った。


 「一応、たいまつを用意しましたが、しばらくは魔法の明かりだけで行きたいと思います」

 

 洞窟に入る準備ができたところで、アニーが全員を見渡した。


 「これから洞窟に入ります。先頭はノーラ、次が私、カビル卿、モナ、最後尾がミアミでいきましょう。いつも通りです」


 その言葉にカールは頼もしさを感じた。出会ってから僅か数日しかたって居ないが、カールと四人の冒険者はもういつも通りの仲間と感じられる関係になっていた。

 そして、カールたち五人はゆっくりと洞窟の中に入っていった。

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