第21話 輝きの湖(4)

 コロック鳥に襲われた翌日、カールたち五人は早朝から昨日宝石蝶を捕まえた森の中にいた。嵐は去った後で空には雲一つなかったが、森の地面は泥濘み、風で薙ぎ倒された木や折れた枝や葉があちらこちらに散乱していた。

 カールたち五人はお互いが見える距離の範囲で控えめに広がり、ゆっくりと森の中を移動しながら宝石蝶を探していた。昨晩の戦闘で壊れた虫取り網の代わりに、カールとノーラの木の枝とテントの残骸で作った即席の虫取り網があった。

 

 「見つかりませんね」


 明け方から始めた探索は既に三時間ほどが経過していたが成果は無い。やや疲れと飽きを態度に現しながら、モナが木のウロを覗き込む。中には昨晩の嵐から逃れてきたのか、黒い昆虫や蝶が何種類もいたがやはり宝石蝶の姿はない。


 「ミアミ、そこ足下悪くなっているから注意してください」

 

 ノーラが隣を歩いているミアミに声をかけた。ミアミが足下を注意深く見ると、そこに落ち葉や枝に隠れた小さな窪みがあった。


 「ありがとう。転ぶところだった」

 「水たまりも多いですから、気をつけてくださいね。あ、モナも!」

 「なに? ちゃんと足下には気をつけ、って、うわ」

 

 モナの長い髪が、折れて垂れ下がっていた木の枝に絡まった。いつもなら大きな白い帽子を被っているモナだったが、愛用の帽子は昨晩のコロック鳥との戦いで見事に燃え尽きてしまっていた。癖の強い金髪が、折れてささくれていた枝の隙間に入り、モナがもがいた拍子にさらに複雑に絡まった。


 「まったくあなたは。少しじっとしていなさい」


 アニーがモナに近づき、絡まった髪を丁寧にほどいていく。モナはうなだれるような姿勢のまま、アニーに髪を預けていた。


 「そろそろ切ったら? この長さは冒険向きじゃない」

 「私にとって冒険者は副業で、そもそもはマルデル様に仕える神官でなんですー。女性神官の髪は長い方が信者が集まるの。これは商売道具なんです」

 「はいはい。確かに目立つけどね」


 アニーがモナの髪を解いている間、他の三人も足を止めた。

 カールは、できれば五人でバラバラになって探索をしたかった。しかし万が一コロック鳥の襲撃がもう一度あった場合を考えると分散するわけにはいかない。カールはその場にかがみ込み地面に出来た大きな水たまりを覗き込んだ。


 「昨日の宝石蝶は地面の水たまりで水を飲んでいたけれど、今日も来てくれないかな」

 「どうでしょう。そこら中水たまりだらけですし、木の葉や草にも水滴がついています。今日に限っては宝石蝶も水場を探さなくても渇くことはなさそうです」

 「だろうな」


 そうなると、この森に居た意外に宝石蝶の手がかりは無い事になる。カールは立ち上がりながら肩の力を落とした。


 「カビル卿、昨日の一匹が最後の宝石蝶だとは思えません。根気よく探せばいつか見つかるはずです」


 モナの髪を解き終えたアニーが力を込めて言った。今までのアニーは戦闘以外の仕事にはあまり熱心ではなかったが、今回はいつも以上に宝石蝶の探査に積極的だった。昨日の戦いで真っ先に戦闘不能になってしまったことの挽回をしたいらしい。

 リーダー格のアニーの積極さはありがたかったが、カールは状況を楽観できずにいた。装備や食料は残り僅か。馬を失った事でヘルメサンドにために五日は必要で、ボラリッチリに約束した期日までに王都に戻るには明日の朝には輝きの湖を出発する必要があった。つまり、残された猶予は一日だけ。今日中に宝石蝶をもう一度捕まえなければならなかった。


 「やっぱりいませんね。もしかしたら昨日の草地とかにいるかも? 湖の上とか飛んでないかなあ」


 モナは木が密集している場所をさけ、木立の間から覗く湖を眺めていた。宝石蝶はかなり大型の蝶なので、湖の湖面を飛んでいればかなり遠くからでも見えるはずだった。しかし、湖面や対岸の草地に大型の蝶の姿は無い。


 「これは仮定だけど、」

 

 ミアミが足を止め、カールの顔を伺う様に見た。


 「もしかしたら宝石蝶が羽化する度に昨日のコロック鳥に食べられているのかもしれない。昔、コロック鳥が小さなマンドラ・ビーツをしつこく追いかけているのを見た事がある。普通、あれだけ大きな鳥が人参くらい大きさしかないマンドラ・ビーツをしつこく狙ったのは、多分魔法の力が関係している。宝石蝶も重たい宝石を持って飛ぶのに魔法の力を使っているらしいから」

 「コロック鳥は魔法の力を持った生き物を食べるんだっけ? 可能性はありそうだけれど、それなら人間に乱獲される前に絶滅してしまったんじゃないか。少なくとも十四年前にはこの辺りに溢れるばかりいたわけだから」

 「当時とは状況が違う。その頃、コロック鳥は島の南側にしかいなかった。最近は島中で怪物が増えていて、今まで見られなかった怪物が現れるようになった。それこそ、ホルン様が遠征部隊を作って退治に行くくらい。コロック鳥も数が増えて生息地を広げたんだと思う」

 「なるほどね。宝石蝶は人間に忘れられたと思ったら次の天敵が現れたのか。つくづく不幸な生き物だな」

 「私たちの馬が食べた虹色のカタツムリも初めてみた怪物。今、不思議島では何かが変わっているみたい」

 「島も、人も、怪物も、変わっていくんだな」


 島に来る前、カールにはまだ不思議島の冒険者として十分やっていけるという自信があった。しかし二年振りに訪れた島では様々な事が変わっていた。ヘルメサンドの街も不思議島の怪物も、二年前とは違う。カールは自分の見通しの甘さを後悔した。 今日中に宝石蝶を見つけられなければ今回の仕事は失敗だ。ボラリッチリにも、レーフ伯爵令嬢にも残念な報告をしなければならない。なまじ宝石蝶がいまも生き残っていることを知ってしまったため、この失敗は悔しかった。


 「ねえカール、聞いてもらいたいことがある」

 

 そんなカールを見て、ミアミが一つの提案をした。


 「宝石蝶の宝石を手に入れる方法はまだある。この方法なら、かなり高い確立で一つは手に入る。でもかなりの危険を伴う」


 死者を蘇らせようとしているミアミの言う危険がどんなものか、カールは少しだけ躊躇してしまった。しかし仕事を完遂することがカールの使命でもあったのでミアミに詳しい話を聞く事にした。アニーやモナもミアミの話に耳を傾けようとしている。


 「詳しく聞かせてくれないかな」

 「私たちは一匹だけ、宝石蝶がどこにいるか知っている。あそこに」

 

 ミアミは湖の向うにそびえ立つ岩山を指差した。煙突山と昔だれかに名付けられたその岩山の上空を昨日コロック鳥が飛んでいた。そのコロック鳥は、宝石蝶の篭を持っていたミアミをまず狙い、宝石蝶を食べ、それからカールたちに撃退された。


 「まさか、昨日コロック鳥に食べられたやつか」

 「そう。昨日、私は馬の排泄物からカタツムリの殻を見つけた。宝石蝶の宝石は実際の石と同じくらい固いから、多分消化されずに出て来ていると思う。多分、そろそろ外に排泄される時間。コロック鳥の巣に行けばきっと見つけられる。ただ、」

 「コロック鳥と戦う可能性が高い、か?」

 「その通り。ねえノーラ、あの怪物はいつ巣から離れると思う?」

 「 昨日、あの怪物は日中ほとんどを岩山の上で飛んでいました。今日も同じなら、昼間は外に狩りに出て、巣に戻るのは夜になる頃だと思いますよ」

 「なら、コロック鳥がいない間に巣に行って、排泄物の中から宝石を見つけることは不可能じゃない。カールはどう思う?」

 「確かにできそうだが、かなり危険だよ。今の私たちではコロック鳥と正面から戦って倒すのはかなり難しい」


 とは言ったものの、カールには他の方法は思いつかなかった。このまま一日中森の中を彷徨っていても宝石蝶が見つかる保証はどこにもない。何より、カール自身の冒険者としての誇りが傷ついたままだった。とはいえ、カールのこだわりに他の四人を巻き込むわけにもいかなかった。


 「あの岩山に行く意外に選択肢は無いか。だが、コロック鳥との戦いは最初の依頼から大きく逸脱している。植物採集の護衛と違い、命を落と可能性が高いからね。ここから先は私一人で行くよ。君たちは湖のほとりで待っていて欲しい」


 カールがそう言うと、四人の冒険者たちはどうしたものかと顔を見合わせた。お互いに何か思う所があるらしく、目と動作だけで会話をしていた。言葉を用いなくてもお互いの考えがある程度わかるのは、さすが付き合いの長い冒険者らしい。

 まず決断したのはミアミだった。


 「私はカールに着いて行く。コロック鳥の巣に興味があるし、そもそも宝石蝶の宝石が排泄されているという仮説を立てたのは私だから。実際にどうなっているのか見てみたい」

 「何度も言うが、危険だぞ?」

 「あなたを守るのも私の仕事。ホルン様の依頼を抜きにしてもね」

 「不思議だな。君に弟扱いされている気がする」

 「残念ね。私は息子のつもりで接しているのだけど」


 そう言ってミアミが微笑んだ。カールの父シェーンが残した呪いだが、同行者がいることは素直にありがたかった。一人と二人ではできることが大きく変わる。


 「カビル卿、私も行きます」


 次にアニーが鎧を鳴らしながら宣言した。


 「昨日はあの怪物に遅れをとりましたが、次は仕留めてみせます」

 「昨日の事は気にしなくていい。コロック鳥はベテランの冒険者でも苦労する相手だ」

 「お気遣いありがとうございます。でも私はここで負け癖を付けたくありません。それに、この仕事はホルン様に頂いた任務です。これ以上失態を重ねたくはありません」


 アニーは過去に、自分のミスでホルンの遠征部隊から外されている。その代わりに受けたカールの護衛でさらに失敗をすれば、武勲を立てて貴族になるというアニーの目標から大きく遠ざかってしまう。そんな思いがアニーにはあった。

 そのアニーに続いて、モナも参加を表明した。


 「さすがアニー。それでこそ冒険者です。あ、もちろん私もカールさんに着いていきますよ。どこまでも! いつまでも、死が二人を分つまでです」

 「ありがとう。ただ、私の命よりもモナ自身の命を優先して欲しい。いいね」

 「一応、心には留めておきます」


 嬉しそうにしているモナを見ながら、万が一の場合でもこの子の命は守ろう、そうカールは心に決めた。それは愛とか恋ではなく、もしモナがカールの目の前で命を落とした場合、彼女の存在が死ぬまでカールにつきまといそうだったからだった。


 「私は反対です」


 カールに同行すると他の三人が決めた後に、ノーラが冷静に自分の意見を言った。


 「カール様の言う通り、このメンバーでコロック鳥と戦うのは無謀です。狩りのコツは無理をしないことです。ここは引き返すべきだと思います」

 「もっともな意見だ」

 「冒険者が早死にするのは、危険と報酬の均衡を読み間違えるからです。自分たちだけは大丈夫だと無謀な選択をして命を落とすんです。ここは帰りませんか?」


 ノーラが真剣な顔で他の三人の仲間に語りかけたが、モナが即座に力一杯首を横に振って否定した。


 「でも、私たちは冒険者だから!」

 「あなた、さっき副業だって?」


 モナの言葉にアニーが突っ込みを入れる。ノーラは漫才じみた二人を見てもう一度溜め息をついた。


 「ただ、」


 そう言うノーラの顔には既に前向きな諦めが見られた。


 「冒険にリスクはつきものです。それに、昨日の戦いでコロック鳥は怪我をしているはずです。手負いの状態で同じ相手に攻撃はしてこないでしょう」

 「つまり、ノーラも来てくれるのか」

 「不本意ですが。私たちのリーダはアニーですし、彼女がそう決めたなら私も従います」

 「ありがとう、ノーラ」


 ノーラの上司であるヒョー・リエットは、カールやホルンが困っているといつも文句をいいながら手助けをしてくれた。カールはそんなヒョーの面影をノーラに感じていた。


 カールは四人の冒険者の顔を一人ずつ確認していった。ミアミ、アニー、モナ、ノーラ、四人とも危険な岩山に同行するという。それは無謀ではあったが、もしカールが逆の立場でも、きっと行くといっただろう。多少の命の危機で怖じ気づく様な人間はそもそも冒険者にならないし、そもそも不思議島に渡る事も無い。この島にいる人間は、常に何かを代償に自分の夢を追いかけるものなのだ。


 「みんなありがとう。それではあの岩山に登ろうか。あと報酬だが、無事に戻ったら上乗せして支払うよ」

 「カビル卿、一人当たり追加で金貨三枚お願いします」


 それがリーダーの役割だと言わんばかりにアニーが胸を張った。


 「随分とふっかけるね。相場だと全て込みで金貨二枚くらいだろう」

 「今、カビル卿のお手伝いができるのは私たちしかいませんから」

 「わかったよ。今までの金額に、一人金貨三枚を上乗せしよう」


 そう言ってカールは笑った。危険と金、これこそが冒険者だ。

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