第19話 輝きの湖(2)

 取りあえず昼食を取る事にしたカールたちは、湖岸で食事の準備を始めた。

 ノーラとアニーは近くにあった大き目な石を集め簡単なかまどを作り、そこに周辺から集めてきた枯れ枝で火をつける。鍋はキャンプ地に置いてきているが、モナが薬缶を運んできており、それで湯を沸かし、豆と塩と干し肉を入れてスープをつくった。調理はノーラが担当することになった。

 遠くの対岸ではミアミらしい小さな人影が火を焚いている。煙は普通の色で特に異常はないようだった。

 食事が出来るまでの間、カールは岸辺を散策することにし、大量の荷物を下ろして身軽になったモナは料理の仕事を免除になったようでカールに着いて来た。


 「案外、石の下とかにいるかもしれませんね。うわ!」


 モナが適当な石をどかすと、そこから蛙が一匹飛び出して来た。モナは慌ててそれを避けようとして、カールにぶつかる。今まではわざとらしくカールに触れようとしていたモナだが今回は素で驚いていたようだった。


 「カエル、不思議島にもいたんだ」

 「苦手なのか?」

 「はい。ちょっと嫌な思い出が……」

 「そうか。やっぱり石の下に宝石蝶はいなかったね」

 「カールさん、ここは深く話を聞くところですよ! なぜカエルが苦手かというと、私がまだ八つの頃……」


 それからモナは、水辺を歩くカールに自分の生い立ち、育ての親に連れられてノスアルク王国で一番大きいマルデル神殿がある街に行った事、そこで一つ年下の神官長の息子に名物だと言われた食べた串焼きがカエルだったこと、奉仕活動として食用カエルを素手で集めさせられたことなどを色々と語り始めた。要約するとカエルまみれの田舎生活が嫌で、華やかな都での生活に憧れるようになったらしい。


 「というわけです。早くカールさんと結婚して王都で暮らしたいです」

 「……そろそろ昼食ができたかな」


 カールは何も答えず、アニーたちの方へ足を向けた。モナはすぐにカールに追いつき、並んで歩き始めた。モナは女性にしては身長がある方で、長身のカールでも自然に横を歩く彼女の顔が視界に入ってきた。カールのかつての仲間で、現在不思議島を実質的に統治しているホルンは幼少期の極貧生活が原因で成長が鈍く、二十を超えても変装すれば十代前半で通じる身長と体型だった。魔法の使えないホルンは、自分の非力さを良く嘆いていたが、力が無いかわりに頭を使って怪物と戦い、冒険者として頭角を現した。カールはそんな良くホルンと並んで歩いたが、意識して首を傾けなければホルンの存在は視界に入らなかった。モナの場合、自然とその表情がわかる。カールの隣を歩くモナは、随分と楽しそうだった。


 アニーたちのところに戻ると、なぜかアニーが顔の泥を拭っていたところだった。


 「何かあったのか?」

 「さっきすぐ側をウサギが通ったんです。アニーが捕まえようとして、失敗して転んで」

 「ノーラ! 細かく説明しなくてもいいから」


 気まずそうなアニーを見て、ノーラが声を立てて笑った。それからすぐに真顔になる。


 「カール様、普通この辺りのウサギは夜にしか活動しません。昼間に動いていたとなると、今晩の天気はますます荒れそうです」

 「わかった。早めにキャンプ地に戻って、雨に備えよう。時間はどれくらい残っている?」

 「どうでしょう。まだ空は晴れているので夕方までは大丈夫だと思います」

 「では向うの森を二時間探索して、今日はそこで切り止めよう」


 カールたちは簡単な昼食を済ませた後、再び宝石蝶の捜索を始めた。小石と砂ばかりの湖岸を離れ、キャンプ地の左手に広がっていた森の中に入る。周囲の木は非常に大きく、視界はかなり制限されていた。

 森の中は背の高い針葉樹が生えており、日が遮られているからか地面にはシダのような草が疎らに生えているだけだった。どこかに水源があるのか、湿った空気が流れている。

 

 「私の村の近くでは、蝶は午前中に花や木の蜜を吸って、午後に日差しが強くなると木陰や葉っぱの下で休んでいることが多かったです」

 

 そう言ってノーラは杉の間に時々姿を現す楓の木を探し、そこに宝石蝶がいないかを確認していった。ノーラは木の蜜を吸う蝶や葉の裏で休む蝶など、短時間でかなりの数の蝶を見つけたが、肝心の宝石蝶は見当たらなかった。


 「一応、ここでも罠を設置して三十分ほど様子を見よう」

 「また馬のお小水ですか? 私はお酒担当がいいなあ」

 「今度は私がそれをやるよ。モナは色の着いた板を頼む。学者によると、花と勘違いして蝶が降りてくるらしい」

 

 カールは説明をしながら、モナに板を渡した。モナはほっとして、四色の板を手に取った後、なぜか板ではなくカールの後ろを見ていた。後ろには特に何も無いはずで、カールが首を傾げる。


 「ねえカールさん」

 「なんだ?」

 「あれが宝石蝶ですか?」

 「ん!?」


 モナの指差した方向、カールの背中側に振り向くとそこに大型の白い蝶がいた。羽には真っ赤に透き通る宝石があり、木漏れ日を反射してキラキラと輝いている。ゆったりとした動作で宙を舞う姿には気品すら感じられた。多くの書物で見た宝石蝶そのものだった。


 「カールさん、カールさん、いましたよ! 宝石蝶ですよ! 宝石が空を飛んでいます」

 「いや、まさか本当にいるとはな」

 「もしかして私、幸運の女神?」

 「そうかもしれないな!」


 カールは虫取り網を両手で持ち、目で宝石蝶の動きを追った。羽の宝石が重いのか、動きは思いのほか鈍い。高度もあまり取れないらしく、逃げられる心配もなさそうだった。ノーラも目で宝石蝶の動きを追い、少し首を傾げた。


 「あれでは乱獲されるのも無理は無いですね。不思議島の魔法の生き物なら身を守る術の一つや二つあってもよさそうですが」

 「私が前に出ますか?」


 アニーが剣を抜いて一歩前に出た。


 「いやその必要は無い。宝石蝶が人を襲ったという話は聞いたことがない。アニーの殺気で逃げられても困るから少し下がっていてほしい」


 アニーはしぶしぶと剣を鞘に戻すと鎧の音を立てないよう、静かに後方に下がった。

 宝石蝶は木の間をふらふらと飛んでいた。途中、樹液を滴らせる楓や、他の蝶が蜜を吸っている花があったが宝石蝶は興味を示さずに森の中を漂っていた。


 「問題なく捕まえられそうだな」

 「動きを止めるのを待ちましょう。下手に逃げられて網で宝石を傷つけてしまう可能性があります」


 ノーラの忠告に従い、カールは虫取り網を構えたまま木々の間を飛ぶ宝石蝶を追いかけた。しばらくして、宝石蝶は小さな水たまりに降りていった。蜜は吸わなくとも水は飲むらしい。ノーラが気配を殺しながらその様子を観察する。


 「いまなら行けそうです。ゆっくりと後ろから近づいてください」

 「わかった」


 カールは網を持ち、木の陰に隠れる様に水たまりに近づいた。そしてついに虫取り網の届く距離まで近づく。少し離れたところで、ノーラがカールに頷いてみせる。その後ろでモナとアニーが固唾をのんで見守っていた。

 カールは両手で虫取り網を構え、一気に振り下ろした。白い網が風を受けてぱっと広がり、網を固定している金属の輪が水たまりの周りの湿った地面に音を立てて落ちた。突然の事に驚いたらしく宝石蝶が慌てて空に逃げるがもう手遅れで、網の中でジタバタするしかなかった。カールは逃がさない様に、しっかりと虫取り網を地面に押し付けていた。宝石蝶が網の中で動きを止めたことを確認しノーラがほっと息をついた。。


 「以外とあっさり見つかって、捕まるものですね」

 「まったくだ。だが、これで島に来たかいがあったよ。任務達成だな」

 「カビル卿、王都に着くまで油断は禁物ですよ。モナ、少しじっとしていて」


 アニーがモナが背負った荷物、正確には背負い袋の上に固定されていた虫篭を外すと、素早く組み立て、カールの近くに持って行った。


 「カビル卿、この中に宝石蝶を」

 「助かる。ここで逃がしたら元も子もない」


 カールは慎重に虫取り網を回し、網の中に宝石蝶を収めた。それから、網を虫篭に近づけ、虫篭の蓋を開け、そこに網から宝石蝶を移した。籠の中の宝石蝶をモナが上からのぞき込む。


 「ここで宝石を取らないんですか?」

 「宝石蝶の宝石は、取り出してから一ヶ月くらいで崩壊するんだ。できれば不思議島を出るまでは生きた状態にしておきたい」


 不思議島の怪物は、例外無く島から出ると死んでしまう。しかしその身体は残るので、ドラゴンの鱗や一角獣の角が島の外に出回ることができるのだ。宝石蝶も島から連れ出すと死んでしまうが、その羽についた宝石はしばらく形を維持していたという。万が一、舞踏会の最中に宝石蝶の宝石が崩れてしまってはレーフ伯爵令嬢のデビューが台無しになってしまう。

 カールは虫篭の蓋がしっかり閉まっていること、その中で宝石蝶が元気に飛び回っている事を確認した。これでボラリッチリの名声は上がるし、依頼主のレーフ伯爵家も喜ぶだろう。そしてアニーたちもホルンに成功の報告ができる。

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