第17話 輝きの湖を目指して

 森を抜けると、まばゆい深紅の光が洪水のように私たちの目の前に広がった。思わず目をそらした私だったが、片目だけを開けて恐る恐る光の正体を探った。最初、赤目の怪物がいるのかと思ったが、よく見るとそれは巨大な蝶だった。その蝶は白い羽に赤く透き通った模様を持ち、ゆったりと湖の上を飛んでいた。その数は数百匹はいただろう。まるで宝石が空を飛んでいるようだ。ここは何と不思議な生き物がいるのだろう!

『ロリオフの不思議島探査記』より

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 五人はアブロテンを出て、当初の目的地であるエプルア山脈に向けて丸一日かけて北に移動した。ヘルメサンドから出た時に比べ、荷物の量は半分以下になっている。元々贅沢品であるテーブルや椅子は置いて行くつもりであったが、襲撃で大きな被害を受けた村の為にカール向けに用意されていた大型で豪勢なテントを簡易型の物に交換したり、鍋と小さな薬缶以外の調理器具を家を失った村人に渡したり、ミアミやカールが持って来ていた自分用のポーションを治療に当たる神官たちに寄付したためだ。

 身軽になった分、馬の速度も上がった。アブロテンから先は、ヘルメサンドのある半島から完全に島の中になる。周囲には背の高い木や森など豊かな自然が広がっている。土地も肥えているため、多くの移住者がアブロテンよりも先の土地を耕し、農村を作っていた。

 その日の昼は、通りかかった農村で取り、午後はそのまま北に向かって移動を続けた。今回、怪物の大規模な襲撃があったのは島の南側、カールたちは北に向かっているので怪物の脅威は小さい。五人は先頭にノーラ、その次をアニー、後ろにカールとモナ、最後尾がミアミという並びで進んだ。

 その日の旅は順調で、大きなトラブルもなく目的地まで約半分の場所まで進む事ができた。日が暮れる前に、カールたちは野宿に適した場所を見つけ、そこにテントを二張り設置した。一つはカール用のもの、もう一つは残りの四人が眠るためのものだった。近くの水場から水を汲み、ノーラが唯一の鍋で簡単な豆スープを作る。そこに昼に立ち寄った農村で手に入れた野菜を入れ、さらにヘルメサンドから持ってきていた保存向きの固いパンとチーズ、それに干し肉を加え夕食ができた。今回はカール向けの特別メニュ−は無い。

 一度肩を並べて戦ったこともあり、アニーの態度は随分と軟化しており、五人は和やかな雰囲気で食事を終えた。ただ、ノーラだけは少しカールに対して思うところがあるらしく、やや距離を置いていた。食事の後はモナとミアミが食器の片付けを、ノーラは周囲を簡単に見回り、アニーは剣を持って素振りをした。カールはたき火に当たりながらそろそろ本当の目的を話す頃合いだと考え、自分の荷物から不思議島の地図を引っ張り出すと他の四人に話があると声をかけた。


 「カビル卿、話とはなんでしょうか」


 素振りをしていたアニーが、汗を手ぬぐいで拭きながらカールに尋ねた。川で洗った鍋を近くの木にかけて乾かしていたモナが目を輝かせながらカールの隣に駆け寄って来た。


 「なんですか? ついに私との結婚をはっぴ!? 痛い!」

 「あなたは少し黙っていなさい」


 モナが言い切る前に、アニーがモナの頭を軽く小突いて中断させる。ノーラはまた少し考え事をしながら、カールから離れた所に座り、その隣にミアミが座った。四人がそろったところで、まずカールが四人に謝罪をした。


 「まずは君たちに謝罪をさせてほしい。エプルア山脈へ行き薄雪花を取りにいくといったが、それは本当の目的ではないんだ」


 カールの言葉にモナが「え、そうなんですか」と驚き、アニーとミアミはまあそうだろうといった顔で納得していた。ノーラは一人安心している。


 「カールさん、じゃあ本当の目的は何なんですか? あ、まさか私たち美少女と旅がしたかっただけとか?」

 「そんな依頼をしたら私がホルンに殺されるよ。本当の目的は、とある貴族の依頼なんだ」


 カールは自分の荷物から不思議島の地図を取り出し、テーブル代わりに使っていた丸太の上に置いた。それは不思議島のおおよそ四分の一が描かれた地図で左端の方にヘルメサンドが、地図の真ん中にアブロテン村があった。アブロテン村から北にだいぶいくとエプルア山脈がある。カールはアブロテンからエプルア山脈を結ぶ線からやや東側にそれたところにある湖を指さした。


 「本当の目的地はここ、かつて輝きの湖と呼ばれていた場所だ」

 「輝きの湖?」


 アニーとモナは心当たりがないらしく首を傾げる。ミアミは聞いたことがあるらしく、二人に向けて解説を始めた。


 「確か大昔に宝石蝶と呼ばれる空飛ぶ宝石が捕れたところ。でも十年以上昔に冒険者に採り尽くされて今は何もないはず。どうしてそんなところに?」

 「実は新大陸で面白い発見があったんだ」


 カールはボラリッチリから聞いた話をモナたちに話した。新大陸で見つかった宝石蝶そっくりの生き物は、七年に一度しか羽化をしないこと、不思議島の宝石蝶にとって今年はその七年周期に当たる年であること。さらにある貴族の令嬢が社交界デビューで宝石蝶の宝石を髪飾りにすると話すと、モナが身を乗り出して来た。


 「カールさん、あの春の舞踏会に参加するんですか!?」

 「一応招待はされているよ」

 「私も行きたいです!」

 「それは難しいかな」


 でももしかしたらと言うモナにミアミが釘を刺す。


 「あまりしつこくするとカールに嫌われるわよ。そもそも、モナみたいな平民が参加できる場所じゃないし、万が一参加できても肩身の狭い思いをするだけ」

 「ミアミは夢がないなあ。ノスアルク王国の女の子なら誰もが一度は夢見る場所なんだよ!」

 「知らなかった? 私はクイツ出身なんだけど」

 「そうだった。でもアニーとノーラは……」

 「私はそう言った浮ついたものに興味は無い」

 「私は不思議島から出た事無いですし、ヘルメサンドの舞踏会ですら逃げたくなりますから」

 「え、ノーラって舞踏会に出た事あるの?」

 「はい。ヒョーに無理矢理連れていかれて二回程」


 カールのかつての仲間、ヒョー・リエットはかなりの女好きで有名だった。ノーラは地味な顔だが、逆に特徴があまりないので化粧をすると化けるタイプだろうし、身長も女性にしては高めなので、きっとドレスも似合うはずだ。カールにはヒョーに意図は分からなかった。単純にノーラを着飾らせて連れ回すのが楽しいだけなのか、あるいは別の感情があるのかもしれない。


 「ぐう、なんかずるい。ああ、私もいつか行ってみたいなあ。カールさん、是非よろしくお願いします。この際ヘルメサンドの舞踏会でもかまいません」

 「そんなにいいものじゃないですよ? 立ち振る舞いとか言葉遣いとかも面倒ですし……」

 「だから、どうしてこの中で一番舞踏会と無縁そうなノーラだけが経験者なの!? マルデル様、これっておかしくありませんか?」

 「ところ、カビル卿、なぜ目的地を偽っておられたのですか」


 モナの会話が本筋から脱線しかかっていたので、アニーがそれを修正する。


 「秘密保持のためだ。宝石蝶はもういないというのが常識なのに、王都から私が来て輝きの泉に行ったらおかしな噂が立つだろ? そうなると別の冒険者も宝石蝶を手に入れて、春の舞踏会が宝石蝶だらけになるかもしれない。それは避けたいんだ」

 「わかりました」

 「すまないな。もう少し早く伝えられればよかったのだけれど」

 「いえ、貴族の方が気まぐれで目的地を変えることは良くあります。それに私たちも最初から別の目的があると予想はしていました。薄雪花はミアミの店でも売っていますから。輝きの湖、この場所ならエプルア山脈に行くより行程は短くて済みます。明日の夕方か、明後日の昼には到着するはずです。特に問題はありません」

 「助かるよ、アニー」


 リーダー格のアニーが肯定してくれたことで、他の三人も特に反対はないようだった。モナは春の舞踏会への憧れで惚けていたし、ノーラはほとんど興味なさそうで、ミアミだけは少しだけ感心があるようだった。後で新大陸の蝶についてもう少し詳しく聞かせてほしいとカールに頼んできた。


 話が終わると、カール達はテントに戻って寝ることにした。怪物の襲撃に備え、アニー、モナ、ノーラ、ミアミの四人が交代で夜の見張りにつくことになっていた。カールも参加しようとしたが、依頼主ということで丁重に断られた。くじで決められた最初の見張りはノーラだった。

 カールが自分のテントに入ろうとすると、後ろから当然の様にモナが着いて来た。

 「モナ?」

 「先ほど近くの小川で身を清めてきました。準備はばっちりです!」

 「君の寝床はあちらだろ?」

 「もう二回も一緒に過ごした仲じゃないですか」


 モナの言葉に、近くで様子を見ていたアニーの眉が吊り上がる。


 「誤解を招く言い方はやめてもらいたいな。とにかく私は一人で眠るから、モナは向こうに」

 「カールさん! 冷たいです! うわあ、何をするの」

 「こっちに来なさい」


 アニーとミアミがモナの両肩を掴み、テントの中に引きずっていった。それを焚火の近くで見ていたノーラがくすりと笑った。

 カールは三人がテントの中に入り、静かになったのを確認して、たき火の近くで弓を持って見張りについているノーラに声をかけた。


 「ノーラ、少しいいかな」


 カールが声をかけると、ノーラは硬い表情で頷いた。


 「君はヒョーの部下だと聞いていたけれど、それは本当だよね」


 そう尋ねたが、カールはノーラがかつての仲間のヒョーと働いているということに疑問を抱いてはいなかった。ノーラの仕草や言葉に端々に、ヒョーの影響を感じたからだ。


 「はい。私はリエット卿の下で働かせていただいています」

 「ヒョー・リエットは弓の名手だ。君も新人の兵士に弓の指導をしていると聞いたが、それも間違いなかったかな」


 ノーラは黙ってまた頷いた。ノーラの手にする弓矢はかなり使い込まれており、彼女の手になじんでいる様に見えた。だからこそ、かえってアブロテン村でのノーラの戦いに疑問が残る。


 「昨晩の戦いで、君の弓がインプに命中することはなかった。どこか怪我でもしたのか?」

 「……私は、生き物を射殺せないんです」


 ノーラはカールから目を逸らしながら言った。


 「一応、事情を聞いてもいいかな。また襲撃があった時、どれだけ君を戦力に数えられるか把握しておきたい」

 「以前にもお話しましたが、私は島の出身です。北の方にある小さな村で生まれました。父は狩人で、私も幼い頃から弓の使い方を教わっていました。狩りの神様に気に入っていただけたのか、小さい頃から弓の扱いが得意だったんです。力が無かったので遠くには飛ばせませんでしたが、空中に弾いたコインに矢を当てたり、風に揺れる的に立て続けに命中させることができました」


 ノーラは自分の弓と矢を二本取ると、近くにあった杉の木に向かって弓矢を構えた。


 「見ていてください」


 ノーラは木の枝に向けて一本目の矢を放った。ある程度距離はあったが、矢は難なく命中し、枝の一本を折る。その枝が落下している僅かな間に、ノーラは二本目の矢を放った。矢は空中にあった折れた枝に命中し、その枝ごと杉の木に突き刺さった。ほんの数秒間の出来事だったが、ノーラの技術を証明するには十分だった。

 カールはそれを見ても特に驚かなかった。元々、カールがノーラに期待していたのはこういった達人の技だったからだ。


 「それをインプに向けられていれば、もっと早く片付いたろうに」


 ノーラがこの実力を発揮できていれば、十五体ほどのインプは数分で全滅しただろう。カールたちはただノーラを守っているだけでよく、村人二人が重傷を負う事も、モナが無理に治癒の奇跡を使う必要もなかった。


 「十歳くらでこれくらいのことは出来る様になりました。村では神童だとか弓の申し子と呼ばれ、私もいい気になっていたんです。今から二年程前、父と十歳になったばかりの弟と一緒に狩りにでかけました。その日は獲物が少なくて、私は少し気が焦っていました。そろそろ帰らなくてはいけない時間になった時、遠くに鹿らしいものを見つけてろくに確認もしないまま遠矢を射掛けたんです。矢は命中しました。でもそれは鹿ではなく、私の弟だったんです」

 「弟さんはどうなったんだ」

 「幸い命に別状はありませんでした。ただ、矢が命中した右足に後遺症が残り、歩く事はできても走ったり山を登ったりすることは難しくなったんです。弓の腕は普通でしたが、弟は狩人の家庭の長男で、いずれ父の跡を継ぐはずだったんです。父も母もものすごい落ち込んでいました。そしてその日から、私は生き物を射る事ができなくなりました。矢を当てようとすると、弟の事を思い出してしまって、自分で自分が制御できなくなるんです」


 戦いや負傷が理由で戦えなくなる者は不思議島では珍しくはない。冒険者時代に何人もの新人冒険者が心を病んで島を離れていった。他の冒険者と争いになり、相手を殺してしまった男は、自責の念に耐えられず自らの命を断った。目の前で恋人の冒険者を怪物に喰い殺された少女は、魔法の才能に恵まれていたにも関わらず島を離れた。新大陸の戦場でも、身体だけではなく心に傷を負って戦えなくなる者がいると聞く。精神的な負荷が大きすぎて戦えなくなる、不思議島では良くある話だ。


 「なら。しかしどうして冒険者になったんだ? 話を聞いていると、生き物を弓で射れなくなってから冒険者になったようだけれど」

 「ヒョー、いえリエット様のおかげです。村に居づらくなった私は、ヘルメサンドに働きに出ました。しばらく洗濯女をやっていたんです。ある日、川で洗濯をしていた時、リエット様がお城の兵士に弓の訓練をしていたんです。その教え方があまりにも下手だったのでつい口を出してしまいました。それからリエット様に気に入っていただいて、一緒に兵士の訓練を手伝うようになったんです。藁人形や木の的相手なら私もきちんと命中させられますから」


 ヒョーがノーラを気にかける理由が分かった気がした。彼は昔から面倒見のいい男であった。まだ駆け出しだったホルンとカールの二人組を仕事に誘ってくれ、色々とアドバイスをしてくれたのがヒョーだった。きっとノーラを見て手助けをしたくなったのだろう。


 「ありがとう。だいたい事情はわかった。残念だけれど怪物との戦いでノーラの弓は期待できないということだね」

 「申し訳ありません。あと生き物に刃を向けるのも少し苦手です。獣の足跡を辿ったり天候を読んだりする事はできます。狩人や斥候としてお役に立たせてください」

 「むしろその能力が必要だ。明日か、明後日には輝きの湖に到着する。そしたらノーラの力で宝石蝶を見つけてくれ。期待している」

 「はい」


 力強く頷いたノーラは、炎の明かりのせいか随分と幼く見えた。カールはノーラを初めて見た時から気になっていた質問を聞いてみることにした。


 「もう一つ聞きたいのだけれど、ノーラはいまいくつなんだ?」

 「今年で十四歳になります」

 「!? ……十四歳か。そうだな、島で生まれたのならそれくらいか」


 見た目はモナよりも年上に見えていたので、カールは十七くらいかと予想していた。だが、実際は四人の中のだれよりも年下だった。不思議島が見つかったのが十五年前なので、当然と言えば当然なのだが。おそらく弟を射ってしまったことで実年齢以上に大人びてしまったのだろう。


 「そういえばミアミが言っていた。不思議島で見つかった魔法の本によると、大昔、切断された腕を生やす魔法があったそうだ。もしミアミがそれを見つけられたら、弟さんの足も戻せるかもな」

 「はい。私もミアミからその話を聞いています。もしその魔法の手がかりを見つけたら手を貸すようにって。だからこうして時々、冒険の手伝いをしているんです」

 「ミアミらしい」


 その先にある死者を蘇らせる計画も話しているのか、カールは気になったが深くは聞かないことにした。今の段階では、失った足を生やす事も、亡くなった人間を復活させることもただの絵空事だ。


 「私はそろそろ休ませてもらうよ。見張りは大変だろうけどよろしく頼むよ」

 「はい、カール様。よい夢を」

 「ありがとう」


 カールは自分のテントに戻り、寝袋の上に横になった。綿のたっぷり入った冬用の寝袋はすぐに必要充分な熱を中に蓄え、またミアミが用意してくれた保温の魔法をかけた石を布でくるんだ懐炉によってカールは寒さに悩む事無く眠りにつく事ができた。


 翌日、カールたち五人は早朝に出発し一直線に輝きの湖を目指した。道中に特に問題はなく、その日の夕方には目的地に到着することができた。トラブルらしいトラブルは無かったが、湖に着いてすぐ、数頭の馬が体調を崩してしまった。数日間は湖に留まるのでその間は馬を休ませる事ができるので特に問題はないと思われた。

 カールは到着してすぐ宝石蝶が見つかればと思ったが、残念ながら日の落ちかけた湖周辺にその姿はなく、五人は慌てて野営の準備をして明日からの探索に備えた。

 王都プサラを出発してから六日、ついにカールは目的地である輝きの湖に到着した。

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