第15話 アブロテン村〜防衛戦(3)〜

 スキヴァングの神官のおかげで、負傷した村人や昏倒したモナの安全は確保された。まだ戦えた村人やノーラも光の天蓋の中にいるが仕方がない。中から出るには魔法を解除する必要があるが、それをしている余裕はないだろう。カールがするべきは、動けるミアミと女冒険者と共にインプ達を光の天蓋に接近戦をさせないこと、そしてヘッドレスマンと戦っているアニーや冒険者の邪魔をさせないことだ。カールは後ろにいる女冒険者に声をかけた。


 「あの大きいのをもう一度狙えるか」

 「狙いを定める時間を頂ければ。でも攻撃が私たちに集中しはじめています」


 光の天蓋に小火球の魔法が無意味だと知ったインプ達は、天蓋の外にいるカールたちに狙いを変えた。インプ側も魔法が打ち止めらしく、小火球は間隔を空けて撃ち出されるだけだった。しかし大型インプは未だ健在。小型のインプも一斉に地面に降りられると対処が難しい。


 「私が囮になろうか?」


 ミアミが投石機で石を投げながらカールと女冒険者に言った。


 「保温の魔法を使ってあいつらの目を引く。あと目くらましもするから、そのうちにあのリーダーっぽいのを落とす。できる?」

 「敵の注意を引き付けてくれれば、電光魔法であの大きいのを狙撃できる。今度こそ任せてちょうだい」


 ミアミの問いに、女魔法使いが力強く頷いた。


 「じゃあ、今からやる。しっかり狙っていて」


 そういうと、ミアミはローブの中から小さな球体を取り出しそれを空高く掲げた。


 「小さき火の精たち。私に力を貸して」


 ミアミの言葉と同時に、球体を持った手に小さな魔法陣が浮かび上がる。空中のインプたちが一斉にミアミに注目した。単なる保温の魔法だが、ミアミは魔法陣を維持したままじっとしている。一見すれば、何か大きな攻撃魔法を使おうとしているように見えた。インプ達の何匹かが小火球の魔法でミアミを攻撃するが、カールが盾でそれらを叩き落とした。大型のインプがミアミに気が付き、もう一度小火球の集中攻撃をかけようと他のインプに何か指示を出す。それを待っていたミアミは、保温の魔法をかけた球体を地面に投げた。途端に真っ白な煙が辺りを覆いつくす。


 「煙幕弾?」

 「さあ、今の内に!」

 「雷神の白き腕(かいな)よ!」


 煙に隠れた女魔法使いが雷撃の魔法を発動させ、大型のインプに放った。突然煙の中から現れた雷撃に大型のインプは驚き、動きを止めた。雷撃が直撃するかと思えた瞬間、大型のインプは近くを飛んでいたインプを掴み、自らの盾にした。


 「なんでさ!?」


 女魔法使いが驚愕する。電撃は小さなインプを貫き、大型インプに命中したが、盾になった小さなインプのために軌道がそれ、翼の片方を焼くに留まった。致命傷にはならず、大型インプは残った翼を使いながらゆっくりと地面に降下して、両方の足でしっかりと着地した。


 「カール、あれはしばらく飛べない。仕留めるなら今」

 「ああ。小さいのは任せた」


 カールは盾を捨てると、空いた左手を自分の胸に当て精神を集中させた。小さな魔法陣が手に現れる。


 「わが身に宿りしは猛き竜の鱗。勇敢なる空の王者よ、わが身に汝が緑鱗をまとわせたまえ」


 カールの身体の表面に魔法の力が沈み込むようにまとわりつく。身体を鋼鉄並みに固くする、竜鱗(ドラゴンスケール)の魔法だ。カールは腰に差したドラゴンの翼を模った剣を抜くと、地上に落ちた大型インプに向かって駆けだした。


 「ギギギィ―」


 大型のインプが叫ぶと、それを守るように小型インプが地上まで下りてきて鋭い爪をカールに向けて振るった。カールはそれを難なく避けると剣でインプを薙ぎ払う。剣の届く距離にあれば、インプは全く脅威ではない。カールの剣を受けたインプはそのまま真っ二つになり地面に落ちた。小型のインプは立て続けに小火球の魔法や鋭い爪でカールを攻撃するが、魔法は当たらず、接近戦を挑んだインプはほぼ全てカールに一刀で切り伏せられていた。

 カールは大型インプを間合いに捉えた。


 「これで終わり!」


 カールは剣を上段に構え、一気に大型インプに振り下ろした。しかしその一撃は大型のインプの鋭い爪に弾かれる。見た目は十歳くらいの子供の大きさしかないが、その力は成人男性以上、アニーとほぼ同じくらいの力の強さだった。


 「以外に力があるな。お前が怪物たちのリーダーか。村を襲撃した目的は何だ?」


 無駄だと知りつつ、カールは大型のインプに問いかけた。インプはわずかながら人間の言葉を理解しているらしく、ニタリと笑う。しかし、質問に答える気は無いようで、その鉄を切り裂く鋭い爪でカールに襲いかかってきた。カールはその爪の攻撃を受け流しつつ、一度間合いを取る。再び剣を上段に構え、勢いをつけて踏み込む。今度はインプがその一撃を器用に両方の爪を交差させ受け止めた。剣が爪と爪の間に挟まれ、カールは身動きができなくなってしまう。


 (このまま押し切れるか?)


 カールはその姿勢のまま、体重をかけて大型インプを押した。しかし大型インプの爪は鋼鉄で出来た剣と同じ強度があるらしく、切り抜けることができない、インプ自身もかなりの力があり体勢をくずして剣を抜くこともできなかった。やがて、押し着るつもりが逆に押され気味になる。


 (まずいな)


 二年間の王都暮らしで勘が鈍っていたらしい。格下だと思った相手が思いのほか強くかった。周囲にまだ敵が残っている状態で、自分の動きを止めてしまうのは危険だ。他の小型のインプがミアミや女魔法使いを、あるいはヘッドレスマンと戦っているアニーたちを背後から襲ったら大きな被害がでる。カールが動きを止めてはいけなかったのだ。昔なら、怪物と膠着状態になる前に仲間が助けてくれたが、今は違う。この怪物は強い。接近戦を本職としていないミアミや女魔法使いに助けを求めるのは無理がある。

 その時、背後から新しい気配を感じた。軽めの足音、金属鎧の音、その気配はアニーだった。


 「カビル卿、左を叩きます」


 ヘッドレスマンを倒したアニーが、急いでカールの助けに戻ったのだ。


 「はあっ!」


 アニーは大型インプの左側を剣で切りつけた。カールに当てない様に慎重に攻撃した結果、傷口は浅かったが、それでも力比べをしているカールにとっては千載一遇のチャンスだった。カールは抵抗の弱くなった大型インプの爪から剣を引き抜き、飛び去るように間合いを取り、すぐにもう一度右前方に飛び込んだ。アニーがしたようにすれ違い様に剣を一閃させる。力と勢いの乗った一撃は、大型インプの右腕を宙に飛ばした。さらにそこにアニーが剣を振り下ろし、大型インプの背中に傷を負わせる。


 「あと一息」


 アニーが止めを差そうと剣を大きく振りかぶるが、大型インプはプレートアーマーで守られたアニーの胸に思いっきり頭突きを食らわした。アニーはその衝撃で一メートルほど吹き飛び、尻餅をついてしまう。その場を逃げようとした大型インプだったが、すぐに目の前にカールに立ちふさがれた。大型インプは捨て身でカールに向かって突進し、健在だった左腕を突き出す。それを避けるのは簡単だったが、カールはあえて剣を正面に突き出しインプの攻撃を受けた。大型インプの爪がカールの胴体に命中し、カールの剣が空いての胸を貫いた。

 アニーが「カビル卿!」と悲鳴を上げる。アニーには、大型インプとカールが差し違えたように見えたのだ。しかし、崩れ落ちたのは大型インプだけだった。

 

 「カビル卿!? ご無事ですか」

 「心配ない。私は鎧代わりに竜鱗の魔法を使っているから。まあ、結構痛かったけどね」


 カールは剣を抜きつつ大型インプの亡骸を地面に落とした。あえて攻撃を受けたのは、確実に大型インプを倒すためだった。もし空中に逃げられた場合、カールたちでは対抗する手段がないし、リーダー格らしい大型インプを逃がすわけにはいかなかった。胸に受けた一撃はかなり重たかったが、竜鱗の魔法のおかげで痣くらいですみそうだった。

 カールはアニーが起き上がるのを手助けすると周囲の様子を確認した。冒険者たちは三体のヘッドレスマンを全て倒し終え、空中のインプとの戦いを再開していた。インプの数は三体ほどに減っており、全滅も時間の問題だ。そうしている間にも、冒険者の矢を受けたインプ二体が地上に落下する。


 「我が敵を貫け!」


 女魔法使いの電光で残っていた最後まで残っていたインプが黒焦げになった。これで砦の周辺にいた敵は全て倒すことができた。カールとアニーは剣を持ったまま、残った的が砦の影や民家から飛び出さないか警戒していたが、結局何も出てこなかった。


 「正門の方も終わったようです」


 正門の方から勝鬨が聞こえてきた。カールはほっと息をつくと剣の汚れをぬぐい鞘に納めた。スキヴァングの神官は光の天蓋の魔法を解除し、負傷した村人の治療を再開する。ミアミとノーラは倒れたままのモナの両手と両足をかかえ、砦の壁に寄りかからせていた。カールと冒険者は地面に倒れたインプに生き残りがいないかを確認する。


 「ここの敵は一掃できたようです。自分たちは家屋の消火に向かいます。こいつは残していきますので頼みます」


 冒険者たちは、魔法の使い過ぎでぐったりとした女魔法使いを残し、近くに置かれたバケツを手にすると、北門側でまだ炎上している民家の消火に向かっていった。


 「私たちも消火に加わるか?」


 カールは剣を握ったままのアニーに聞いてみた。

 

 「カビル卿は宿に戻られてもよいのではないでしょうか」

 「この状況で宿屋に戻っても気持ちよく眠れそうもないよ」

 「でしたらモナをつけましょうか。ちょうど彼女も介抱が必要そうですから、お二人で一緒に寝られては?」


 アニーの声はひどく冷たい。その顔はカールのことを心底軽蔑しているようだった。周囲で燃えている家屋の炎を受けてアニーの顔や手に持ったままの抜き身の剣に暗い影が落ちる。


 「あれは誤解だ。モナが、勝手に服を脱いだんだよ」

 「ベッドの上で抱き合っていたのは?」

 「あれは事故だ」

 「……まあ、その事は後でモナから聞きます。私は消火作業に参加します。カビル卿はモナを砦の中に入れてください。木造の宿よりは安全でしょうから」

 「わかった。後で私も消火に加わるよ」


 アニーは頷くと、地面に転がっていた空のバケツを持って先ほどの冒険者達の後を追った。

 

 村の中では所々で火の手が上がっていたし、見上げれば、砦の屋上もいまだに炎が上がり続けており、その火の粉が隣接する宿屋にもちらちらと届いている。スキヴァングの神官の指示で砦の扉が開けられ、中から村人達が出て来た。老人も、女性も、子供も、みな手にバケツや鍋を持って消火活動を行なうため村中に散って行った。カールはモナを背負うと砦の中の長椅子の上に寝かせた。モナは単に魔法の使い過ぎで倒れているのでけが人用のベッドを使うわけにはいかなかったのだ。そうしている間に、次々と負傷者が砦の中に運ばれてくる。さきほどのスキヴァングの神官や、戦闘には参加していなかった別の神官、回復魔法を使える冒険者が治癒の奇跡や魔法を使い、また医者が重傷者の手術を始めていた。

 カールが砦の外に出ると、遠くで抜身の剣を持ったコック大尉が矢継ぎ早に兵士たちに指示を出していた。カールは地面に転がっていたバケツを一つ拾うと、一番激しく燃えている場所に向かって駆け出した。

 戦いは終わった。しかし、カール達がゆっくりと休めるのはもう少し後のことになりそうだった。

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