第14話 アブロテン村〜防衛戦(2)〜

 屋上の対空砲と兵士を一掃したインプ達は今度は地上のカールたちに狙いを定めた。だれよりも夜目が利くノーラはその動きをいち早く察知して周囲に警告した。


「次はこちらに来ます」


 インプ達は砦を回り込むように飛行し、カール達を見下ろす空中で静止すると、短い両腕を前に突き出し、赤い魔法陣を空中に浮かび上がらせた。インプの集団は横に広がっているため、先ほどの大火球ではなく個別の攻撃のようだった。数は十五ほど、盾を持っている人間の数よりも多い。

 カールはインプ達と砦を守る神官や村人の間に立った。


 「弓を使える者はインプを攻撃、それ以外の者は盾で射手を守れ」


 カールが指示を出すと、ノーラと三人の村人が弓に矢をつがえインプ達の集団に向けた。ミアミも投石機を振り回し始める。残りの五人の村人とカール、アニー、モナはそれぞれ木の盾を構え射撃武器を持ったノーラ達の守りについた。スキヴァングの神官は一番後ろで全体を見守っている。本来はモナも後ろに下がるべきなのだが、しっかりとカールの横で盾を構えている。

 インプ達が近づき、アニーが叫んだ。


 「小火球が来ます。盾を!」


 ほぼ同時に、空中から十数発の火の玉が降り注ぐ。火の玉の落下は力を入れない投石くらいであり、目視で十分対応できる速度だ。カールは木の盾で自分に向かってきた火の玉を受け止める。目の前で炎が広がり、軽い衝撃が盾を通してカールの腕に響いた。だがそこまでだ。小火球の魔法は火の玉を投げ飛ばすだけなので、着弾しても爆発はしないし、火の玉自体の衝撃も川魚をぶつけられた程度。しかし火の玉は木製の盾の表面を焦がし、乾いた盾に火がついた。カールはもう一枚の盾を拾い上げ、火のついた盾を叩き消火する。周囲を見たところ村人は全員無事で負傷者はいないようだった。モナは直撃を受けた金属製の盾が熱くなったと空を飛ぶインプに文句を言っている。インプは次の魔法を使うため、再び魔法陣を展開させた。そこに人間側が反撃する機会があった。


 「今度はこっちの番だ。ノーラ!」

 「は、はい」


 ノーラは一瞬戸惑いを見せた後、空中に向けて弓を放つが、矢はあさっての方向に飛んで行く。他の三人の村人、そしてミアミの投石もすべて目標を外した。空中とはいえほぼ静止している目標だ。命中しないのは単純に技量が足りていないようだった。


 (何をしているんだ!?)


 村人とミアミの攻撃が外れるのは仕方がない。しかしレンジャーであるノーラの矢がインプにかすりもしなかったのは予想外だった。


 「二発目が来ます!」


 アニーの叫びを合図にしたように、空中のインプたちが再び魔法を発動させる。空中から打ち下ろされた火の玉は、狙いを外したり、アニーや村人の男が持つ盾に弾かれたりしていた。小火球をさばき切った後、反撃に転じたノーラ達が弓を放つ。今度は村人の矢が一匹のインプに命中したが、戦果はそれだけだ。


 (ノーラには期待できないのか。こうなればインプ達に魔法を使い切らせ、地上に降りてきたところを俺とアニーで叩くしかない)


 一番正門側に近い位置にいたアニーが叫んだ。


 「カビル卿、援軍です。冒険者が来ます」


 正門の方から六人の冒険者が砦に向かって走って来た。中には昼間すれ違った女魔法使いの姿もある。どうやら砦の屋上が燃え続けていることに気がついたコック大尉が送ってきたらしい。


 「空の敵は俺たちに任せてくれ」


 リーダー格らしい男の冒険者は、叫びながら手にしたクロスボウを空に向けて射った。仲間の冒険者たちもそれぞれ短弓を構え、空中にいるインプ達に向かって矢を放つ。ノーラとミアミ、村人たちもそれに続いてそれぞれ矢と石でインプを攻撃した。先ほどの倍以上の密度の攻撃に、インプ達は高度を上げて攻撃を回避した。攻撃はどれも命中しなかったが、インプたちの動きが乱れ、何体かの魔法を中断させた。そこに、後ろで魔法の準備をしていた女魔法使いの攻撃が炸裂する。


 「雷神の白き腕(かいな)よ、鋭き光の閃となり、傲慢なる我らが敵を貫け」


 女魔法使いが叫ぶと、彼女が右手に持った短杖に白い魔法陣が浮かび上がり、そこから太い電光が空に走った。耳を劈く轟音が鳴り響き、空中にいたインプが二体、黒焦げになり落下する。


 「ごめん、外した」

 「気にするな。もう一度でかいのを狙え」


 女魔法使いの狙いは大型のインプだったようだ。狙われた事に気がついた大型インプは、他のインプの影に隠れる様に後ろに下がる。これで数の上では地上のカールたちと空のインプたちはだいたい同じ。しかし状況はカールに安堵する事を許さなかった。


 「カビル卿、向うから無頭人(ヘッドレスマン)が来ます」


 正門側で討ち漏らしたらしい怪物が三体こちらに向かって来ていた。動きは遅いので到着まで時間がかかりそうだが、正門で戦っているコック大尉達はカールたちで対処できると判断したのか、対応する動きは見られない。


 「くっそ、俺たちの抜けた穴を突破されたのか?」

 「今は上に集中しろ!」


 冒険者達の足並みが一瞬乱れたそこに体勢を立て直したインプ達が小火球を打ち下ろす。盾を持たない冒険者たちは必死に火の玉を回避するが、リーダー格の冒険者が手にしていたクロスボウに命中してしまい炎上した。リーダー格の冒険者はクロスボウを投げ捨てると剣を抜く。大型のインプが後ろに下がったことで、インプ達の統制は乱れており、高度が上がったことで狙いも荒くなっていた。

 しかし未だに十以上が空中にいるし、正門が討ち漏らした怪物、ヘッドレスマンがカール達に近づいてきた。

 ヘッドレスマンも不思議島では珍しい人型の怪物だ。大きさは成人男性くらいで、やや横幅があり人型だが首から上がない。顔に当たる部分はどこにも無く、岩石質の肌を持ち、内臓等もないことからある学者は土から作られたという伝説の動く泥人形、ゴーレムが野生化したものと推測している。動きは鈍いが、人間と同じかそれ以上の体格を持ち、文字通り岩の腕から繰り出される一撃は非常に協力だ。マスケット銃があれば接近する前に倒せるが、弓矢では少し分が悪い。頑丈な身体を持ち、攻撃を当てればほぼ倒せるインプと違い、動きを止めるには数人がかりで何度も攻撃を当てる必要があった。


 「そこの冒険者、三人でヘッドレスマンの足止めはできるか?」


 カールが尋ねるとリーダー格の男は首を横に振る。


 「一対一はきつい。うちらは飛んでいる相手と戦うのは得意だが接近戦は苦手だ。二人で一体に当たらせて欲しい」


 冒険者は六人いるが、その内の一人は女魔法使いだ。あと一人、接近戦ができる者をつけなければならない。カールは横でインプの小火球を盾で弾いていたアニーを見た。カールの視線を感じたアニーは力強く頷く。


 「カビル卿、私が地上の敵と戦います」

 「頼む。そこの魔法使いの方、あなたは私と空のインプに当たってください」

 

 アニーが他の五人の冒険者と共に接近する三体のヘッドレスマンに向かっていった。

 本当であれば、対空戦闘が得意な冒険者達にインプと戦ってもらい、残りで地上にいるヘッドレスマンに対応したかった。しかし、ヘッドレスマンは村人の手には余る。村人の男達にとってインプの攻撃を防ぐ事はできても、振り下ろされる岩の腕をかいくぐって頑丈なヘッドレスマンに打撃を与えるのは困難だろう。それにカールとアニーだけでは二体しか足止めができない。高度をあげたインプであれば村人でも時間を稼ぐ事はできるはずだ。冒険者がヘッドレスマンを倒すまで時間を稼ぎ、その間に魔法を使い尽くさせればこちらの勝ちだ。

 少し離れたところで、ノーラが上空に弓を向けていた。しかし弓を引く姿勢はどこかぎこちなく、放った矢はインプにかすりもしない。あれでは牽制の意味すらない。ノーラに対してカールは苛立を言葉にしてしまった。


 「ノーラは何をやっているんだ?」


 カールのかつての仲間、弓の名手ヒョー・リエットの部下で、兵士に弓矢の扱い方を教えていると聞いていたのにも関わらず。


 「カール、ノーラには少し事情がある。戦いが終わったら説明する。今はインプの的が一つ増えたと思って気にしないで。これ、持ち主がやられた」


 ミアミが先ほど村人の一人が使っていた弓と矢をカールに渡しながら言った。慌ててカールが村人の様子を確認すると、彼は左手で盾を持って神官の前に立っていた。持ち主の村人は直撃を受けたわけではなく、小火球を躱そうとして転んでしまい右手をくじいたらしい。

 カールは短い弓を構え、一番近くにいるインプを狙って矢を放った。矢は吸い込まれるようにインプに向かって飛び、その胴体に突き刺さる。インプは地面に落下したが、まだ息がある。血を流しながら起き上がると、近くにいる村人に向かって鋭い爪を振りかざした。村人の男は落ち着いた動作で、盾を投げ捨てると槍を両手で構え、インプを突いた。槍を受けたインプは今度こそ絶命する。村人の男は最初の戦果に興奮して叫んだ。


 「よし、やった。やってやったぞ」

 「油断するな!!」

 

 カールが叫んだが間に合わなかった。別のインプが村人の男目がけて小火球を放った。男は槍でそれを防ごうとしたが、細い槍では弾くことはできない。槍の柄にぶつかり二つに別れた火の玉は男の上半身と下半身にそれぞれ命中し炎上した。


 「ぎゃああああ。熱い、火が、火がああ」


 村人の男は火だるまになり、地面を転がり回った。それを見たモナが、剣と盾を捨て、防火用のバケツを掴むと倒れた男に水をかける。火は消えたが全身に火傷を負った男はかなりの重傷に見えた。スキヴァングの神官がすぐに男に駆け寄り治癒の奇跡を使う。


 「大丈夫か? くそ、来るな、来るな、うわあああ」


 仲間が燃えて動揺した村人に、一体のインプが体当たりを食らわせた。村人は血しぶきを上げながら地面に倒れた。インプの爪に喉を引き裂かれたのだ。


 「ぎゃっ、うぐぅ」


 深手を受けた村人の喉から血が溢れる。致命的な負傷だった。モナは治癒魔法を使っているスキヴァングの神官を見てから、喉を裂かれた村人に駆け寄り治癒の奇跡を使った。


 「マルデル様、マルデル様、どうかこの人の傷口を塞ぐ奇跡をお与えください」


 モナの手が青白く光り、村人の喉の出血が止まった。しかしその代償は大きかった。昼に魔法を使いすぎていたモナは男の出血が止まった事を確認すると、満足しながらその場に倒れた。


 「モナの馬鹿! 周りを見てください」


 ノーラが弓を捨て、近くにあった盾を拾い、倒れたモナのカバーに回る。モナは腕を少しだけ動かしてノーラに謝罪していた。しかし立ち上がることは出来ないようだ。スキヴァングの神官の男は火傷をした男の治療を中断し喉を切られた男に治癒の奇跡をかけた。モナよりも数倍強い光が村人の傷口を癒す。命の危機が去ったことを確認すると、スキヴァングの神官は大やけどを負った村人を連れてくるよう他の村人に指示を出した。


 「彼をこちらに!」


 神官は他の村人が運んで来た大やけどを負った村人に治癒の奇跡を使った。再び青白い光が神官の男の手から溢れ、火傷を負った村人の荒い息が少しずつ穏やかなものになる。傷を治すだけではなく、沈痛か鎮静の効果がある奇跡を併用しているらしい。


 「神官様、あぶねえ」

 

 動きを止めた神官を狙って別のインプが小火球を放ち、それを別の村人の男が盾で受け止めた。他の村人も全員神官の周りに集まり、弓を捨てて盾を構える。


 「ギギー!」


 その時、空中にいた大柄のインプが叫んだ。周囲にいたインプが一斉に魔法陣を出現させる。狙いはスキヴァングの神官とその周りにいる村人、そして倒れたままのモナとそれを守るノーラだ。


 「まずい!」


 カールは盾を持って駆け出した。さきほど大砲を潰した時のように小火球を集中されたら、神官の周囲にいる全員が火だるまになる。

 

 「ギー!」


 カールが辿り着くよりも早く、空中にいた十のインプが一斉に小火球の魔法を放った。しかし十数発の火の玉が命中する瞬間、スキヴァングの神官が両手を空に突き出した。


 「スキヴァング神よ、我らが敵の太刀は八つ、九つ、十。されども空しく逸れ、空を切らせん。我らをかの炎から守りたまえ」


 そう唱えると、薄緑色の光の膜が神官を中心に天幕のように広がった。それにぶつかった火の玉は虚しく炎を上げ消えて行く。

 かなり経験を積んだ魔法使いや神官だけが使用できる光の天蓋と呼ばれる魔法だ。ドラゴンの火の息や氷の息を完全に遮断することが出来る魔法で、インプの小火球であれば数十発受けてもびくともしないだろう。さすがに前線に出て来るだけのことはあり、スキヴァングの神官はかなりの実力者のようだった。

 光の天蓋のおかげで負傷者やモナの安全は確保された。しかし、天蓋の中にいる人間は外に出る事はできない。外に残っているのはカールとミアミ、女魔法使いの三人だけ。この三人で十以上のインプを相手にしなくてはいけない。状況は少しずつ悪い方向に移りつつあった。

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