第13話 アブロテン村〜防衛戦(1)〜

 宿の外に出ると既に村人の避難が始まっていた。

 若い兵士が大声で叫びながら村人の避難を誘導している。


 「女性や子供は砦の中に、戦える男性は訓練の通りの配置についてください!」


 その横を完全武装の兵士達が駆けて行く。向かう先には真っ赤に燃え上がる巨大な炎があった。


 「正門をやられたようです」


 アニーが足を止めて遠くの空に目を凝らしながら言った。正門は炎上しており、その上空には小さな影が多数飛んでいる。


 「あれは有翼小鬼(インプ)ね。数が多い。前回の襲撃と同じくらい。私たちも砦に避難する?」


 ミアミが投石用の紐と、弾丸になる石を用意しながら言った。

 インプはコウモリのものに似た翼を持ち五歳児くらいの大きさで、不思議島では珍しい人型の怪物だ。空中から小火球の魔法を撃ち下したり、鋭い爪で斬りかかってきたりするが、単体ではさほど脅威ではない。魔法は数回しか使えず、小柄なため腕も短く爪による攻撃もそうそう届かない。ただし、すばしっこく空中を飛び回れると地上から攻撃を当てるのは困難だし、小柄だがその筋力は大人の男並みだ。

 

 「アニー、どうしますか?」


 ノーラは弓を構えていたがどこか不安そうだ。

 アニーは避難する村人の列を見て、それから慌ただしく戦闘準備をする兵士や冒険者を見た。彼らの中にはつい先ほどまで一緒に飲んでいた者達の姿もあった。


 「まずはカビル卿を砦に避難させる。その後、必要なら私たちも戦闘に加わる」

 

 とは言うものの、アニーが戦いに加わりたがっているのは明らかで、兵士たちに交じって前線に行きたいらしく落ち着きがない。

 カールは炎上する正門を確認する。インプの数は百くらい、かなり数が多く、満月を背景に禍々しく周囲を飛び交っていた。また地上にも別の怪物がいるようで、鎧を着た冒険者たちが黒い影と戦っていた。しかし、戦況は人間側が優勢に見えた。銃声が響く度に空から黒い影が地上に向かって落ちて行くし、カールの顔見知りの古参の冒険者が農家の屋根の上から長弓を使って次々とンプを撃ち落としていた。時々雷撃や魔法の矢が地上から空中に飛びインプを焼いていた。さらに次々と戦いの準備を終えた兵士や冒険者が正門に向かっていた。


 (おそらく私たちの出番はないな)


 必要なら戦闘に参加するつもりだったカールだが、その必要はなさそうだった。そこに、コック大尉が数名の部下を引き連れて砦から出て来た。


 「カール、ここにいたか」

 「コック大尉、手を貸しましょうか?」

 「貴様は客だろ? とはいえ人では多い方が助かる。悪いがこの砦を守ってくれないか」


 てっきり断られるかと思ったが、コック大尉は躊躇無く砦の防衛をカールに頼んで来た。


 「屋上に砲が一門と兵士が三名、後は中に村の住人と負傷者がいるだけだ。一応、戦えそうな男達には武器を持たせて砦の前に立たせる。あっちで討ち漏らした敵が来たら対応してくれればいい。やってくれるか」


 カールは自分の護衛の冒険者の顔を確認した。アニーは最前線ではなく後方の砦の守備が若干不満そうだ。ミアミはいつも通り、乏しい表情で冷静に投石機を手にし、ノーラは不安そうにカールを見ている。

 カールは自分の件の腕にある程度自信を持っているし、手合わせをしたアニーが十分に優れた戦士であることも知っている。弓を使うノーラも戦力になるだろう。戦闘用の魔法は一切使えないというミアミも一応空に向かって攻撃する手段を手にしている。さらに砦の周りには八名ほどの村人が武器を手に避難誘導をしている。彼らも加えれば総勢で十名以上、数体の怪物であれば問題なく対処できそうだった。


 「村の男たちだけじゃあ不安でな。頼めるか」

 「わかった。その代わり報酬を後で請求させてもらうよ」

 「それはホルンに言ってくれ。頼んだぞ」


 コック大尉は軽く手を振ると部下達と正門に向かった。戦いはかなり激しくなっているようで剣を打ち鳴らす音、何かが倒れる音、悲鳴、地上戦の怒号がカール達のところまで聞こえてきた。一方、砦では村の住民の避難は終わったらしく、がっちりとした体格の男が「扉を閉める準備をしろ」と叫んでいる。すぐに閉めるのかと思いきや、砦の中から少年や老人が大量の木製の盾や水の入ったバケツを持って外に出て来て、周辺に無造作に並べた。カールは隣にいたアニーに尋ねた。


 「彼らは何をしているんだ?」

 「インプ対策です。木の盾は小火球を防げますし、水は火事が広がるのを防げます」

 「随分戦い慣れているな」

 「これで二回目ですから」


 そこに宿から神官服を来たモナが駆けて来た。慌てているらしく、いつもの帽子は身につけていない。


 「お待たせしました!」


 驚いた事に、手には短めの片手剣と金属製の盾を持っている。治癒魔法が使える神官は仲間の後ろで守ってもらうのが定番だったが、彼女は戦う気でいるらしい。


 「モナも戦うのか?」

 「今は魔法が使えないので、代わりにこっちでお役に立ちます」


 モナは剣を一振りして見せた。一応、自分が扱える重量を選んだようで、剣はきれない軌跡を描きピタリと止まった。


 「無理はするなよ」

 「その時はカールさんに守ってもらいます。さあ、ぱっぱと終わらせてさっきの続きをしましょう!」

 

 モナの言葉にアニーが眉をひそめた。アニーがモナに何かを言おうとした時、砦の中からスキヴァング神の神官服を着た中年の男性が一人現れた。スキヴァングは裁判や高座、議長などを司る神で、信者は真面目だがやや権威主義的なことが多い。自由や挑戦に価値を置く不思議島の住人には人気のない神だった。


 「噂のカビル卿ですね。あなたがいてくれて心強い。私は多少治癒の奇跡が使えます。重傷者が出たら任せてください」

 「負傷者が出ないように気をつけますが、もしもの時はスキヴァング神の加護を期待させてもらいます」


 カールは神官と挨拶を交わすと、砦の前に集まった戦力を見渡した。カールとその護衛の四人の冒険者、スキヴァング神の神官、そして槍や弓を持った村人が八人、屋上にいるという三名の兵士を合わせれば合計十七名で砦を守っていることになる。正門が討ち漏らした怪物を相手にするだけなら、十分な戦力に思えた。

 

 「カビル卿、念のために盾を持ってください」


 アニーは地面に置かれた粗末な木製の盾を拾い上げながら言った。


 「ほぼ使い捨てですが、一回か二回の火球魔法を防げます」

 

 村の男達も足下にも粗末な盾をいくつか置きインプに備えていた。中には鍋の蓋のような物や、木の板に取っ手を付けただけの簡易な盾まであった。本当に一、二回だけの使い捨てらしい。

 アニーは盾を三枚拾い上げ、村人たちよりも離れた地面に重ねて置いた。モナは宿から持ってきたらしい盾を、ミアミやノーラは頑丈そうなものを一枚ずつ手に取る。カールも二枚の木の盾を手にすると、砦の前に陣取った。


 「何もおこらなければいいが……」


 そのカールの呟きは、砦の屋上にいる兵士達の怒鳴り声でかき消された。


 「北側から新たな敵! 数は二十、全てインプだ」

 「別動隊がいるのか?」



 北側から侵入したインプが近くにある家屋に小火球の魔法を放った。無人の村人の家屋は木造部分が多く、まだ冬が開けたばかりの乾燥した空気の中で、インプの小火球の魔法を受けるとあっさりと炎上した。


 「あいつら、建物を襲ってる」


 村人の一人が悔しそうに地面を踏みつけた。村の戦力のほとんどは正門に、残りは砦の前にいる。無人の村の北側はインプに蹂躙されるままになっていた。


 「東と西にも小さな集団がいるぞ!」


 屋上の兵士が再び叫び、村の東と西でも家が燃え始めた。


 「そこの冒険者の人、なんとかならないのか」


 別の村人が悔しそうにカールに言ったが、カールは首を横に振った。

 

 「あれの目的はこちらの戦力を分散させることだ。ここから動いたらそれこそ怪物の思うつぼだ」

 

 自分の言葉にカールは驚いていた。怪物が群れで人間を襲うことは今までもあった。しかし囮や別働隊を用意して陽動など戦術的な行動を取る怪物と戦うのは初めてだったし。

 できれば家屋を襲っているインプに対処したかったが、村のほぼ全戦力が正門付近にあるいま、砦の戦力を減らすわけにはいかない。

 別動隊のインプ達は正門や砦から戦力が移動してこないことを確認すると、東と西の小集団は正門の方へ、北の大きな集団は砦を目指して前進してきた。地上の怪物を伴っていないらしく、北にある柵や小さな門を破壊することは無かったが周囲にある家々に小火球の魔法を撃ち、炎上させ続けていた。住人は砦に避難しているので人的被害はないだろうが、建物や農具などに大きな損失がでることは間違いない。人ではなく財産に攻撃する、それも怪物らしくなかった。


 「対空砲の射程に入ります」


 アニーが叫び、盾を空に向かって構える。二十体ほどのインプが砦の近くまで接近してきたのだ。

 まず砦の屋上にいた兵士達が動いた。対空砲の轟音が空気を震わせ、放たれた小さな鉄片が散弾となってインプの集団に襲いかかった。直撃を受けた一体が地面に落下し、かすったインプが何体か空中で体勢を崩す。さらに追い討ちをかけるように、屋上の兵士がマスケット銃で射撃をすると別のインプが悲鳴を上げながら炎上する民家に落下していった。インプ達の注意は民家から屋上の兵士たちに移ったが、この距離ではインプの魔法は届かない。しばらくは一方的にマスケット銃の射撃でインプが落とされていった。

 ふと、一体のインプがカールの目に留まった。それは他のインプよりも一回り大きく、十歳の少年くらいの大きさだった。その大型のインプが何かを叫ぶと、今までバラバラに飛んでいたインプが一ヶ所にまとまる。


 「何をしているんだ? あれでは対空砲の的になるだけなのに」

 「カビル卿、あれは魔法による集中攻撃の準備です。まずい、あれを受けたら屋上は全滅します」

 「銃と大砲が魔法に負けるのか?」


 大型のインプがもう一度号令すると、まとまった集団は砦の屋上に向けて一直線に向かった。対空砲の二発目が放たれ、今度は三体に直撃する。その直後、残った十五ほどのインプが一斉に正面に赤い魔法陣を出現させ、そこから小火球を撃ち出した。小さな火の玉は一つの巨大な火球となり屋上に向かった。


 「退避! 逃げろー!!」


 兵士達が叫び、その直後、巨大な火球に襲われた屋上で大爆発が起こった。小火球の魔法自体は爆発するものではないが、大砲用の火薬に引火したらしい。対空砲の砲身らしい細長い金属の筒が回転しながら宙を舞い、近くの民家の屋根に落ちた。屋上では何かの木材に引火したらしく炎が消えずにいた。


 (これは、俺の知っている怪物と違う)


 陽動や集中攻撃、カールが冒険者をしていた二年前にはほとんど見られなかった行動を怪物が取っている。カールは手にした盾の取っ手を強く握りしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る