第11話 アブロテン村〜模擬戦、信頼は頬への一撃から〜
「何に、敵の集団の一部がアブロテンに向かった?。数は、百前後?。最後の悪あがきというやつだな。嫌がらせに後方に損害を与えよるつもりなのだろう。だが、その程度ならコック大尉の部隊で対応できる。それに今頃あそこにはカールがいる。なんとでもしれくれるさ」
怪物の集団と交戦中のヘルメサンド守備隊の指揮官
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しばらくすると、二階からアニーが降りて来た。その表情は暗いままなので、前線復帰願いは当然のように却下されたのだろう。そんなアニーを見て、ミアミがカールの背中を押した。
「よろしく。きっとカールにとってもアニーと打ち解けるいい機会になる」
カールは苦笑しながら頷くと、階段を降りきったアニーの前に立ちふさがるように立った。
「何か?」
「ストロボルムさん、少し私の運動に付き合ってもらえないかな」
そう言って、カールは壁際にあった木剣を指差した。
「剣ですか?」
「明日から島の奥地に入るからね。少し実戦の勘を取り戻しておきたいんだ」
アニーは少し考え込んだ。一応の護衛対象であるカールと剣を交える事が冒険者として適切な行為なのか、本気で剣の稽古をしてもいいのかあるいはカールを勝たせる接待的な訓練をしなくてはいけないのか。
「今までも私と模擬戦をされたいというお客様はいました。ほとんどが、女でありながら剣を持っている私を懲らしめようと考えている方でしたが、カビル卿もそうお考えですか?」
「まさか。私はホルンの隣で一緒に戦ってきたんだよ。彼女が見込んだ君と手合わせすれば、きっといい訓練になると思ったのさ」
「……手加減はしませんよ」
「それはありがたい。私も全力で戦わせてもらうよ」
アニーは頷くと壁際に向かう。壁に掛かっているもの意外にも無造作に棚に置かれた盾や訓練用の鎧があった。アニーは自分の剣に近い大きさの木剣を手にする。カールも昨日購入した剣と同じ様な長さの物を手にし、それから一番軽そうな胴当てと小手を身につける。そのまま外に出ようとした。そんなカールをアニーが引き止める。
「カビル卿、兜や脛当ては身につけないのですか?」
「今回は鎧を装備して戦う予定はないからね。これでも重装備すぎるくらいだ」
「先ほども申し上げましたが、手加減はできませんよ。訓練用の木剣とはいえ当たりどころが悪ければ大怪我をします。顔に傷がつくかもしれませんよ」
「問題ない。その時はモナにでも治療してもらうよ」
カールの言葉に長椅子でうつぶせになったモナが少しだけ手を動かした。どうやらミアミのポーションのせいで気分が優れないらしい。
カールとアニーはアブロテン砦の外に出ると、砦前の広場で対峙してた。二人の手には訓練用の木剣。共に片手でも両手でも使えるバスタードソードサイズだ。野次馬の兵士や冒険者がやって来て二人を囲んだため、あたかもこれから決闘でも始まるような雰囲気になる。ミアミは他の兵士に手伝ってもらい連れ出したモナと一緒に砦の壁に寄りかかって二人を眺めていた。モナはそれどころでは無いようで必死に口を抑えている。周りの観客はいつの間にか二十人程になっていた。
「あれはアニーじゃないか。いつ戻ったんだ」
「相手は誰だ? 見かけない人だけど」
「馬鹿、あれはカール・カビルだよ」
野次馬が騒がしくなる。
「ストロボルムさんは有名人だね」
「カビル卿ほどではありません。それでは始めましょう」
「ああ。よろしく頼むよ」
カールはアニーに対して身体を斜めにし、片手で剣を構えた。アニーは両手で握った剣をやや引き気味に構える。
「行きます。やあああ!!」
まず仕掛けたのはアニーだった。両手に握った木剣でカールに斬りかかる。真剣であれば十分に必殺の一撃であった。だがカールはそれを後ろに下がりながら寸前で躱す。アニーはすかさず第二撃、第三撃を繰り出すがどれもカールには当たらない。
「いい太刀筋だ。だが当たらなければ意味はない」
「なら当てるまで」
微笑みながら挑発するカールにアニーは先ほどよりも鋭い一撃を加える。カールは片手でその一撃を受け流し、その反動を利用して空いた手でアニーの方を押す。そしてバランスを崩したアニーの膝の裏、脛当てで守られていない部分を木剣で撫で、距離を取った。
「今ので君の左足は使えなくなった。実戦なら致命的だ。これで一本かな」
アニーはカールの動きの良さに驚いていた。そして僅か一合剣を合わせただけで敗北した事実にプライドを酷く傷つけられたが、同時に実力者と戦える喜びも溢れてきた。アニーは姿勢を正すともう一度剣を正面に構える。
「もう一度お願いします」
「もちろん。では今度はこちらから!」
カールは地面を蹴り一気に間合いを詰めると片手で持った剣を上段から大降りで振り下ろした。アニーはすぐに両手で握った剣を頭の上に掲げカールの攻撃を防ぐ。その一撃は想像以上で、剣を握った手がぴりっと痺れた。
「重い!?」
「見た目よりは力があるだろ?」
カールはアニーに向けて立て続けに剣を振り下ろした。力任せの攻撃の様でいて、受ける側のアニーに反撃の隙を与えない計算された連撃だった。
一撃を受ける毎にアニーの顔が歪む。なんとか反撃の機会を探ろうとするが防御で手一杯だった。
カールは剣の軌道を左右にずらしながら、大降りの振り下ろしを続ける。アニーはその全てを受けていたが、徐々に対応が遅くなる。カールは次の一撃をアニーの頭部ではなく剣目がけて振り下ろす。アニーもカールの剣の軌道が僅かに変わった事に気づいていたが、前回と同じ様にカールの攻撃を防いでしまい、結果アニーの剣は外側に弾かれた。無防備になったアニーの横っ面にカールの左拳が炸裂する。
「がふっ」
カールの一撃をまともに受けたアニーは後ろに吹き飛ばされるが、なんとかその勢いを利用して地面を転がり距離を取る。体勢を立て直したアニーの口からは赤い血が流れ出た。
外野を囲んでいた兵士や冒険者達からブーイングが飛んだ。「女の顔を殴るなんて」「最低な男だ」そんな声が聞こえてくる。
「顔に傷がついたが大丈夫かな」
「後でもモナに治させます。もう一本お願いします!」
アニーは口に溜まった血を吐き出すと剣を構えてカールに突進する。カールはアニーに向けて先ほどと同じ様に上段から剣を振り下ろした。アニーはそれを受け止めず、受け流す事でカールの姿勢を崩す。先ほどのお返しとばかりにカールの顔を右手で殴りつけた。アニーの攻撃はとっさに剣から離した右手だったためかなり軽く、カールの頬にかすり傷をつけ赤く腫れさせる程度だった。アニーの反撃に周りの観客が沸く。
アニーは悪びれる様子を一切見せずカールに謝罪した。
「申し訳ありません」
「学習が早いな。気に入った。今度はこれならどうかな」
カールは攻撃方法を切り替え、立て続けに左右から斬撃を浴びせた。切り下ろし、切り上げ、水平切りと変化をつけた連続攻撃にアニーは再び防戦一方になる。カールは何回か剣を振った後、突然左手を前に突き出した。アニーは拳を回避しようとするが、それはカールのフェイントだった。下半身への意識が甘くなった隙を突き、カールの足払いが決まる。アニーは無様に尻餅を着いてしまった。その喉元にカールが剣を突きつける。
「これでもう一本。まだ続けるか?」
「当然です」
アニーはカールの剣を弾いて立ち上がると、今度は自分からカールに攻めた。
力で劣る事は痛い程理解していたため、身体を回転させながら両手で握った剣水平に振り抜いた。その剣勢は十分な威力があり、カールは防御に専念せざるを得なくなる。
「いけー、アニー!」
砦の外壁に寄りかかったままのモナがアニーに声援を送る。それにつられ、外野で見ていた兵士や冒険者もアニーに声援を送った。
「がんばれ、アニー!」
「そこだストロボルム!」
「いけ好かないイケメンをぶっつぶせ!!」
周囲の応援を受けてアニーの剣に勢いがつく。とはいえ、ただでさえ全身を使った大振りな攻撃であったため、背中を見せる時間が増えてしまった。カールは冷静にそこに蹴りを入れる。アニーは再び地面に倒れたが、今度は攻撃に集中しすぎており受け身をとり損なった。無様に両手を前に突き出して倒れたアニーに再びカールが剣を突きつける。
二人を囲っている周囲から落胆の声が漏れる。
「先ほどから思うのだが、ストロボルムさんは攻撃や防御が単調過ぎる。怪物相手ならいいかもしれないが、人間を相手にするならもっと柔軟性を持たないとね。さあ、続けるかな」
「……もちろんです。もう一本お願いします」
立ち上がったアニーは晴々とした顔で剣を構えた。
(ミアミの言った通りだな)
カールが横目で観客の中にいるミアミを見ると、彼女はその通りだと言う風に大きく頷いてみせた。カールが冒険者を忘れられなかったように、アニーにとって剣士であることが彼女の本質なのだろう。道楽貴族のお守りを押し付けられ鬱憤が溜まっていた。それを、自分よりも実力が上のカールに相手をしてもらう事で自分の本分を思い出せたようだ。
「いいだろう。気の済むまで付き合ってやる」
「お願いします」
結局、カールはアニーから十本を取り、十一本目をアニーに取られて稽古は終了となった。最後の一本で、アニーは前回倒れた時に掴んだ砂をカールに投げ、カールが顔をそらした隙に剣を捨てて体当たりを食らわせた。倒れ込んだ二人は、地面を転がながらマウントを取り合い、最終的にアニーの頭突きをまともに食らったカールの意識が少し飛びアニーの勝利となった。
アニーが勝った時、周囲から大きな歓声が上がった。それに答えようと立ち上がったアニーだが、蓄積していたダメージが大きくその場に崩れ落ちてしまう。それを受け止めたのは意識が戻ったカールだった。
「立てるか? いい根性だ」
アニーは震える身体をカールに支えてもらいながら立ち上がった。
「私はカビル卿との実力差を思い知りました。やはり立たずの英雄と呼ばれるだけの事はあります。今まで失礼な態度を取り申し訳ありません」
「立たずの意味は少し違うのだけどね。ストロボルムさんも筋はいい。私との戦いでどんどん技術を吸収していった。大したものだよ」
「アニーで」
「ん?」
「アニーと呼んでください。ホルン様も、モナ達も私のことはアニーと呼びます」
殴られ過ぎたためかあるいは別の理由でか、アニーは目をそらし顔を赤らめながら言った。
「ああ、よろしくアニー」
カールが手を差し出すと、アニーはその手をしっかりと握りしめた。二人を囲んでいた観客から大きな拍手が、主に英雄相手に食い下がったアニーに向けて贈られた。
それを遠くで見ていたモナが「何あれ、男の友情? ずるい」と悔しがった。
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