第10話 アブロテン村〜到着、そして再会のコックさん〜

 「ホルン・ヘラン卿の部隊が敵の指揮官を追いつめたのか。戦いももう終わりだな。伝令ご苦労。何、ホルンから伝言があるだと。ふむ、カールを引き止めろか。こういう事は当人同士で話し合ってもらいたいものだ。ああ、安心しろ。一応、カビル卿には伝えておく。無駄だとは思うがな」

アブロテン砦の指揮官コック大尉

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 昼食から三時間ほどして、カール達は一日目の目的地であるアブロテン村に到着した。

 アブロテン村は、ヘルメサンドがあるネス半島の付け根に位置しており島の南側に出かける際の最初の宿泊地で、カールにも馴染みがある場所だった。


 アブロテン村の成り立ちはヘルメサンドと似ている。当初は半島外の調査や怪物退治の拠点としてつくられた砦で、周辺の脅威が低くなった後、入植者が砦の周りの土地を開拓し村となった。いつの頃からか呼び方もアブロテン砦からアブロテン村に変わっていた。カールの知る二年前のアブロテン村はほとんど怪物とは無縁の場所で、警備はいい加減で、門も夜中になれば閉められたが昼間は警備おらず開けっ放しになっていた。


 しかし、カールが目にした今のアブロテンは、まるで戦争に前線基地だった。村の全体は柵で囲われており、所々に見張台や、対空砲が設置された砲台があった。ヘルメサンドと同様に銃を持った兵士と弓を持った冒険者が見張りについている。村の入口の門も武装した兵士によって守りを固められていた。


 カール達五人は門の手前で馬を降りる。門番の兵士たちは注意こそ向けていたが特に警戒はしていないようだった。兵士達は手にマスケット銃を持ち、青い制服の上に金属製のプレートアーマーを装備している。新大陸では銃に対して効果無しとすたれたプレートアーマーだが、不思議島で戦うことになる怪物の爪や牙に対しては未だに有効だ。

 アニーは門に近づくと一番階級が上らしい少しだけ派手な軍服を着た兵士に声をかけた。


 「お疲れ様です。冒険者のアニー・ストロボルムです。ホルン・ヘラン卿の指示でヘルメサンドから参りました」

 「ご苦労。道中問題は無かったようだな。そちらがカール・カビル卿か」


 カールの到着を事前に知っていたらしい兵士は、一行の中にいるカールを確認し、噂通りだと呟いた。カールは馬をノーラに預け、アニーと兵士の所に向かう。


 「初めまして。カール・カビルです」

 

 カールが声をかけると兵士は右手を胸に当て軽く頭を下げる。軍人の敬礼だ。


 「カビル卿、お目にかかれて光栄です。ようこそアブロテンへ。宿を用意させていますがまずは砦にお立ちよりください。当地の指揮官であるコック大尉がお待ちしております」

 「私は一人の冒険者として島に来ているつもりですが?」

 「大尉はカビル卿にご挨拶がしたいとのことでした。本来であれば大尉が出向くべきですが、現在は臨戦体制ですので、お手数ですが砦までお越しいただけませんか?」

 「わかりました。では貴殿の指示に従います」

 「ご理解感謝します。砦まではカビル卿護衛の冒険者が案内します」


 そう言って隊長がアニーに視線を送るとアニーはキビキビとした動作でかしこまりましたと言った。アブロテンの砦は村で唯一の三階建ての建物で、しかも屋上には大きな旗がなびいているので村の外からでも容易に位置を知ることができた。わざわざ案内されることもない場所だ。


 「カビル卿、それでは要塞までご案内します。その前に少しだけ時間をください」

 

 アニーは要塞に向かう前に、後ろで待機していたモナやミアミ、ノーラに向かっていくつか指示を出した。


 「ノーラはカビル卿の馬と荷物をいつもの宿に。ミアミは納品を。モナは、」

 「はいはい。私は私のお仕事をしまーす。カールさんまた後で会いましょう」


 そう言って、モナは馬に積んでいた箱を下ろすミアミを手伝い始めた。カールは自分の馬から虫取り網が入った筒だけを取り、それを肩にかけ、残りをノーラに任せた。準備が終わると、アニーに促され、カールは門をくぐり村の中に入った。通りは閑散としており、時々家の軒下で子供が遊んでいるくらいで、人影は少なかった。建物から炊事の煙が出ているので人自体はいるらしい。所々に焼けた落ちた建物や抉れた地面、爆発の跡、大小様々な大きさの岩の破片が転がっていた。


 「ここで戦闘があったのか」

 「十日ほど前、百体以上の怪物に襲われています」

 「怪物が集団で?」


 怪物は基本的に臆病な生き物だ。ドラゴンなどの例外を除き、基本的に少数の人間を襲うことがあっても数十人や百人を超える集団には手を出してこない。特に不思議島各地の村に銃火器を装備した兵士が駐留するようになると、怪物は滅多に人里の近くに姿を現さなくなった。


 「報告を受けた当初、私も懐疑的でした。特定の怪物が群で現れることはあっても、複数の怪物が組織立って襲撃を行ったことは過去にありませんでした。しかしホルン様の部隊に参加してアブロテンの救援に向かい事実だと知りました。怪物には指揮官がおり、周囲の村を襲った後、このアブロテンを襲撃したのです」

 「指揮官はどんな怪物だったんだ?」

 「人形怪物でした。リエット卿が弓で狙撃し、それで重傷を負ったらしく島の奥に逃げました。指揮官がいなくなった後、怪物達は統制を失いました。それらを駆逐した後、ホルン様は指揮官らしい怪物を討伐するために部隊を編成し、島の奥地に向かわれたのです」

 「何か厄介な事が起きているのか」

 「ホルン様も同じようなことをおっしゃっていました。島と人との関係が変わろうとしていると」


 村の広場を歩いていると、前から女性冒険者が一人歩いて来た。ミアミと同じような黒いローブを着ているので、おそらくは魔法使い。その女性はアニーの顔見知りらしく、手を挙げて挨拶してきた。アニーは気まずそうな顔で軽く手を上げて返す。

 

 「あら、アニーじゃない。謹慎は解けたの?」

 「謹慎ではありません。単に部隊から外されただけです」

 「そうだったかしら。ここへは何をしに?

 「お客様の護衛です」

 「そちらのイケメン? まあ!」


 その女性冒険者はアニーの隣のカールに気がつき、その容姿に目を奪われた。


 「こちらはカール・カビル男爵です」

 「カール、あの噂の?」


 アニーが咳払いをして、「カビル卿です」と言う。


 「あら、そうね。カビル卿、失礼しましたわ。私、伝説の英雄にお会いできて、その、光栄ですの」


 急にしどろもどろになる女性冒険者にカールは微笑みかける。その冒険者は顔を赤くし俯いてしまう。


 「それはありがとう。しかし私も元冒険者だ。そんなに肩に力を入れなくても構わないよ。君も村の警備についているのかな」

 「はい、微力ながら。空を飛ぶ怪物が多いので私の魔法の力で対空砲の代わりを勤めています。」

 「代わり、とは?」

 「ああ、村にある対空砲は半分以上が破壊されたが使用できない状態なのです。ホルン様が怪物の本体を叩いていますので、アブロテンへの襲撃はもう無いと思いますが、念のためにです」

 対空砲が使えないというのはかなり重要な内容だった。女性冒険者は少し目を潤ませている。カールの質問なら何でも答えてくれそうな雰囲気だった。


 「カビル卿、コック大尉が砦で待っています。早く行きましょう」

 「ん、そうか。それでは失礼します」


 名残惜しそうな女性冒険者を残し、カールはアニーに引きずられるように砦に向かった。

 

 「いつもそうなのですか? ヒョー様が、カビル卿は二十四時間三百六十五日、魅了の魔法をばらまいている、と仰っていましたが」

 「それは酷いな。そのつもりはないよ。ただ、敵はできるだけ作らず、味方はできるだけ多く。冒険者の心得の一つだ」

 「あなたのその態度に勘違いをする者もいます。モナは惚れっぽいんです。彼女の将来に責任を取るつもりがないのなら勘違いをさせないでください」


 少し意外だった。アニーの苛立ちはカールの軽薄さではなく、カールがモナに思わせぶりな、少なくとも積極的に拒絶していないことが理由らしい。


 「私が一方的に迫られているだけなのだけれどね。でも安心して欲しい。私は「立たずの」カールだ。残念な事に女性とそういう関係を持つ事は出来ない。だからホルンも、私の護衛に君たちを選んだのだろ?」

 「ホルン様の考えは、私にはわかりません」


 アニーとカールは無言のまま村の小さな広場を抜け、石造りの大きな建物、アブロテン村の要塞の前についた。アブロテン要塞は石を積み上げて作られた四角形の三階建ての建物だ。一階部分は正面の入口以外に出入り口や窓はなく、二階と三階部分には銃で射撃するための小さな窓各三つずつある。一目で堅牢とわかる作りだったが、要塞の三階部分の一部が吹き飛んでおり、職人たちが石を積み直し修理をしているところだった。壁は所々煤で焼けており戦闘があったことが伺われた。

 要塞の隣には大きな二階建ての建物があった。昔からアブロテンを拠点にしたり、あるいは通過する冒険者達が寝泊まりしたりしていた宿だ。カールも何度も泊まったことがある。

 

 「あちらが今日の宿です。他の冒険者も多く泊まっていますがカビル卿には一番いい部屋を抑えていますので安心してください。荷物はノーラが宿に運びます。まずは要塞にいるコック大尉に会いに行きます」


 アニーとカールは要塞の正面扉から中に入る。扉の横には兵士が立っていたが、カールの姿を見ると手に持ったマスケット銃を正面に構え敬礼した。どうやらカールが来る事は伝わっているらしい。カールは軽く兵士に会釈し砦の中に入る。


 要塞内部は非常にシンプルな作りになっており、特に一階部分はほぼ丸ごと大広間になっていた。これは怪物の襲撃があった時に村人が中に避難するためで、地下一階も同様の作りになっている。その一階部分の広間は今、けが人で溢れかえっていた。けが人の数は百人ほどおり、その間を様々な神殿の神官たちや白衣を着た看護師が見回っていた。


 「酷くやられているね」

 「襲撃で出た負傷者です。周辺の村人や防衛戦で出た重傷者はここで治療を受けていました。私がいた頃よりも数が増えているので、おそらく遠征で出た負傷者が運ばれているのだと思います。コック大尉は二階です」


 カールはアニーと共に要塞の外壁部分と一体になっている階段を登った。

 二階部分は一階とは異なりある程度の仕切りや扉があった。アニーはその内の一つの扉の前に行き、警備の兵士に用件を告げる。兵士は扉を叩き中に入ると「カビル男爵、到着されました」と部屋の主に報告をする。部屋の奥から「入れ」と野太い声がし、二人は警備の兵士に促され部屋の中に入った。


 その部屋は要塞の中らしく、無骨な石積みの壁が剥き出しで、銃眼をかねた小さな窓しか無く薄暗かった。一応、すり切れて黒ずんだ絨毯が敷かれ、壁の一面には不思議島を領有するオース伯爵家の紋章、青地に黄色い盾四つの旗が飾られていた。部屋の入口側には応接セットが、中央には大きな執務机が置かれ、そこに軍服姿の一人の男性が座っていた。カールの見知った顔だ。


 「よお、カール。二年振りだな」

 

 男は立ち上がるとカールたちに近づき、握手を求めた。カールは男の手を力強く握り返す。


 「聞き覚えのある名前だとは思ったけれど、お前がコック「大尉」殿か」


 アブロテンの指揮官コック大尉はカールの冒険者時代の仲間の一人だった。ホルン隊とは別の冒険者パーティに所属をしていたが、よくカールたちと一緒に冒険や仕事をした仲だ。カールの口調もつい冒険者時代の荒っぽいものになり、隣のアニーがまた顔をしかめる。


 「今じゃあホルン嬢ちゃんの部下さ。いつのまにか軍人で大尉様だ。まあそこに座ってくれ。アニーもご苦労だったな。カールと二人で話がしたい。しばらく席を外してくれ」

 

 直立不動の姿勢で立っていたアニーは一礼すると部屋から退出した。カールはコック大尉に勧められるまま、応接セットのイスに腰を下ろした。コック大尉は棚からカップを二つ取り出すと、保温の魔法が使われた鉄の水差しを傾け黒い液体を注いだ。香ばしい豆の香りが部屋に漂う。


 「へえ、不思議島にコーヒーがあるのか?」

 「コーヒーには眠気を醒す効果があるだろ? ここはいつも人で不足だから、見張りが寝落ちしない様に特別に輸入しているんだ。俺たちに取っては薬みたいなもんだが、王都じゃ高級品なんだろ?」

 「少なくとも兵士や冒険者が日常的に飲むものじゃあないな」


 違いない、と言ってコック大尉は豪快に笑い、カップをテーブルに置き、カールの前に腰を下ろした。


 「ところで、どうして俺がアブロテンに呼ばれたんだ?」

 「ああ、ホルンがお前に会うためだよ」

 「ホルン? ここにいるのか?」


 思わずカールは部屋の外に通じる扉に振り向いた。しかし誰かが入ってくる気配はない。


 「残念ながら今はいない。二日前まではいたが、今頃は敵さんの本拠地だろうぜ」

 「本拠地? なにか怪物の拠点があるのか」

 「偵察に出た冒険者が未発見の古代の遺跡を見つけたそうだ。そこに例の人形、この辺り一帯を襲撃した怪物の指揮官がいたそうだ」

 「遺跡に指揮官か。だいぶ厳しい戦いのようだな。大丈夫なのか?」

 「勝てる、勝てないで言えば勝てるさ。ホルンは優秀な兵士とベテラン冒険者を連れていったからな」

 「どうりで、街で見知った顔をみないわけだ。数は?」

 「冒険者と兵士だけでざっと三百人かな。それに後方の支援部隊も含めると五百くらいになる」

 

 それはかなりの数だった。近年、戦争とは無縁のノスアルク王国においてはここ二十年程で最大規模の軍事行動かもしれない。


 「アブロテン村の守りは大丈夫なのか?」


 カールは対空砲がほとんど使えないという女冒険者の言葉を思い出していた。


 「まあ問題ないだろう。戦えるのは兵士が三十名、冒険者が二十名、それと各神殿から治癒の奇跡が使える神官が三名。百体規模の襲撃があってもなんとかなるはずだ」

 「砲台もあったもんな」

 「ああ、あれか。いまは三門使えればいい方だな。」

 「三門? 門の辺りだけでももう少しあったように見えたが」

 「最初は十二門あったが、戦闘で破壊されたり、整備が追いつかなくなったりして使えないままのものが多くてな、今動かせるのは三門だけだ。恥ずかしい話、玉もなくなってな。一応、釘とか鉄片を布で包んで撃ち出すつもりではいる。ははは」


 コック大尉は問題を感じていないらしく、笑いながらコーヒーをすすっていた。カールは不安になりながらコック大尉が入れたコーヒーを口に運ぶ。眠気覚まし用と言われるだけ会って、旨味はほとんど無くただ苦かった。


 「それがアブロテン風コーヒーだ」

 「ここを観光地にするなら、味を変えた方がいい」

 「ホルンも同じ事を言っていたよ。まったくお前達は気が早い。ところで、しばらく村に滞在するわけにはいかないのか?」

 「残念だが、俺にも仕事があるんだ。さっさと薄雪花を手に入れてプサラに戻らないと社交界で肩身が狭くなる」

 「社交界か」


 コック大尉はカールから目をそらすと壁にかけられたオース伯爵家の旗を見た。


 「うちのボスであるオース伯爵は、元々野心とは無縁の爺さんだった。この島を貰ったのだって王家の親戚だからってだけだ。だけどホルンが爺さんや若旦那を焚き付けて色々やろうとしている。新市街の闘技場を見たろ? あんな馬鹿でかい建物を作って、街を整備して、不思議島を本土に負けない場所にしようとしている。でもなあ、それってホルンらしいことだと思うか?」

 

 コック大尉はとカール、それにホルンは十年来の冒険者仲間だ。当初は年上だったコックにカールたちが助けられる事が多かったが、ホルンのリーダシップによってカール達のパーティの名声が上がると、コックのパーティがホルンの指揮下で動くことも多かった。一緒に冒険をしていた頃、まだ十代後半だったホルンはよく酒に酔って将来の夢を語っていた。それは決して、貴族になったり、街を発展させたりするような野心に溢れるものではなかった。この二年間でホルンは変わった。それは、多分、カールが原因だ。


 「まあ、お前達の間に何かあったことは皆知っているし、何があったかもだいたい想像がつく。男と女の話だ。それに口を挟むほど野暮じゃないつもりだ」

 「……俺は立たずの男だぞ」

 「ヤレるヤレないは関係ないだろ? まあ、いい。本当にここには残れないのか? ほんの一週間でいい。それでホルンは戻ってくる」

 「すまないが無理だ。依頼主を待たせている」

 「お前に会えないと俺たちのボスの機嫌が悪くなるんだけどな。次はいつ島に来る? まさかまた二年後じゃないよな」

 「……近いうちにまた島には来る事にするよ」

 「そうしてくれ。それを聞けただけで俺の任務はとりあえず完了だ」

 「苦労をかける」

 「全くだ」

 

 それからカールとコック大尉はコーヒーを飲みながら二年間の話をした。カールと一緒に活躍していた冒険者の多くが引退して本土に帰ったこと、コック大尉の新妻の話、不思議島で発見された古代の遺跡、カールの社交界での武勇伝、話は弾み、カールは予定よりもずっと長い時間コック大尉の部屋にいることになってしまった。外の太陽が夕暮れ時に近づいた頃、カールは椅子から立ち上がった。


 「じゃあな、コック大尉殿。色々と話せてよかった」

 「俺もだ。今度はヘルメサンドで会おう。サン通りに美味い店ができたんだ。そこでいっぱい奢ってくれ」

 「俺が奢るのか?」

 「貴族様だろ?」

 

 コック大尉はがっちりと握手を交わし、カールは部屋から出た。それと入れ替わるように部屋の外で待機していたアニーが部屋に入っていった。一階への階段を降りながら耳をすませると、「私を部隊に入れてください」や「ホルン様への連絡要員として前線に」などと訴えるアニーの大声が聞こえてくる。


 (コックも大変だな)


 カールはコック大尉に同情しながら階段を降りた。野戦病院となっている一階に到着すると、そこには見慣れた顔ぶれがいた。


 「あ! カールさん、お疲れ様ですー」


 モナがぐったりとして長椅子に横になっていた。いつもの帽子は長椅子の背もたれにかけており、長く癖の強い金髪が長椅子の上に溢れている。


 「モナも怪我をしたのか?」

 「違いますよ。お仕事を張り切ったら疲れちゃったんです」

 「仕事?」

 「モナは重傷者に治癒の魔法を使った。四回も」


 気がつくと、ミアミがカールの横に立っていた。手にはポーションの空き瓶を載せたトレーを持っている。


 「彼女は一日に三回しか治癒の魔法を使えないのに、無茶をするから」

 「魔法ではなく、マルデル様の奇跡です。みなさんの怪我の治りが少しでも早くなればってがんばったんですよ? ここは褒める所です」

 「魔法の使い過ぎはかえって迷惑」

 

 どうやらモナは魔法の使い過ぎで倒れているらしかった。魔法は一日に使える回数がだいたい決まっている。その回数を超えると今のモナの様に全身から力が抜けて動けなくなるか、意識を失うか、最悪の場合命を失うこともなる。ミアミがモナを叱るのも無理の無いことだった。


 「宿まで運ぶか?」

 「本当ですか!」


 カールの言葉にモナが手だけを動かして喜びを表していた。今までなら飛びかかるように抱きついてくるはずだが、魔法の使い過ぎが相当身体にきているらしい。


 「でも、今回はお言葉だけにしておきます。動ける様になったら、包帯の交換とか洗濯の手伝いとかするって約束しちゃったので」

 

 意外にもモナはカールの申し出を断った。そんなモナに、ミアミがポケットから色の濃いポーションを取り出し、蓋を外すとミアミの口に突っ込んだ。


 「もご?」

 「これは調合に失敗したやつだけど、少しは動ける様になるかもね」


 モナは顔を歪ませながら瓶の中身を飲み干す。

 

 「ありがとう、ミアミ。でもこれちょっとまずい……ちょっと生ゴミっぽい匂いもするし」

 「だから失敗作。トカゲの内蔵の乾燥が足りなかったみたいなの」

 「……うぷぅ」


 モナは長椅子の上で口を抑えた。ポーションを吐き出さない様にしているのだろう。腐ったトカゲの内蔵を飲まされても吐き出さないということは、ポーションの効果自体には疑問を持っていないようだった。そんなモナをミアミは暖かい目で見て、モナが吐き出さないことを確かめるとカールの方に振り向いた。


 「ところでカール、アニーは?」

 「まだコック大尉の所だ。どうも前線に出たくてしょうがないらしい」

 「モナを運ぶ余裕があるなら、アニーに付き合ってあげたらどう」

 「付き合うって?」

 「あれ」

 

 そう言ってミアミは一階の壁にかけられている訓練用の木剣を指差した。


 「剣か」

 「そう。アニーも随分と溜まっているみただから発散させてあげて」

 「ずるい。私もカールさんで発散したい!」

 「モナは黙ってて」

 「むぐ!?」


 ミアミはどこから取り出したのか、色の濃いポーションをもう一つ取り出すと問答無用でモナの口に中身を流し込んだ

 アニーの苛々を剣で発散させる、いい考えかもしれないとカールは考えた。コック大尉との会話でホルンのことを思い出しており、胸の奥がモヤモヤとしていたところだ。ここらで身体を動かすのはカールにとっても悪くない選択肢だった。

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