第9話 道中(2)〜ノーラの三分クッキング〜
「リエット様、今から外出ですか? 明日も早いのでもうお休みになられた方がいいと思いますよ。そもそも、ノーラがいないからって少しハメを外し過ぎでは? 一応、今日の事を含めリエット様の素行は全てノーラに報告させていただきます。あれ、行くの止めるんですか? そうですか」
ノスアルク王国の王都プサラにて。ヒョー・リエットの副官
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ヘルメサンドを出て数時間、黄色い太陽が真上に上る少し前、カールたち一行の前方の小さな崖の下に小さな林と小川が現れた。カールの横を進むモナが林の手前を指差し「あそこです」と言う。見ると、丸太がコの字に置かれ、中央には石を組んだかまどがあった。近くに水場と薪や落ち葉を手に入れられる林があるので旅人が休息に使う場所らしい。
「あそこで昼食を取ります。カビル卿はここでお待ちください。ノーラ、念のため先行して安全の確認を」
アニーの指示で、ノーラが馬を早駆けさせる。ノーラは緩やかな斜面を下りあっという間に林の手前に辿り着く。それから、林の左右をしばらく馬で駆け、馬から降り、地面や林の中などを観察していた。アニーは何かあれば警告できるようにノーラの周辺に注意を払いっていた。
モナの隣に最後尾を進んでいたミアミが追いつく。
「今日は誰もいない」
「今日は?」
「いつもは、もっと賑やか。アブロテンに向かうと、お昼時にここに着く」
「怪物の襲撃があったから?」
「そう。でもそれももうすぐ終わる。ホルン様が怪物の巣を叩いてるから」
「まあ、悪いことばっかりじゃないんですよ」
モナが馬の上で帽子を直しながら言った。
「いつもは一つしかないかまどを巡って競争なんですけど、今日は私たちだけです。やっとごはん。お腹すいたー」
アニーがモナに近付きにらみつける。
「モナ、気を抜き過ぎ」
「はーい、はい」
モナが背筋を伸ばしたところでノーラがカール達に向かって手を振った
「問題ないようです。カビル卿、行きましょう」
アニーの合図で四人は斜面を下りる。近づいてみると、そこは人の足で踏み固められた場所で、腰掛けるための丸太や切り株、たき火や天幕を張った跡などがいくつもあった。
先に到着していたノーラは既に馬を近くの木に結び、丸太の上の落ち葉を払っていた。
アニーたちも同じように馬をつなぐと、それぞれの荷物を下ろし始める。カールも馬の馬はアニーが木に繋ぎ、モナとミアミはアニーの馬からいくつかの道具を下ろしていた。眺めていると、彼女たちは袋を開け、中から様々なものを出してきた。それを見てカールは妙に多い荷物の正体を理解した。
「……ずいぶんと豪華だね」
「これでも荷物を減らしたんですよ。最初は馬車を用意していたんですけど、山に行くって事で馬で運べる量にしました」
「これで減らしたのか」
馬から降ろされた荷物は、大型の日よけ、折り畳みテーブルとイス、テーブルクロスやクッション、金属製の食器類、鍋やフライパンなどだった。確かに金持ちの観光案内には必要かもしれなかったが、元冒険者で、今もそうでありたいと思っているカールには過剰に思えた。
カール以外の四人は慣れた手つきで日よけを立て始めた。木の枠組みを立て、そこに帆布を被せる。帆布と枠組みは紐で固定するのだが、背の高いアニーが一人で結んでいた。
「私も何か手伝おうか?」
「しばらくお待ちください。今イスを用意します」
アニーは質問には答えず、黙々と帆布と枠組みを固定していく。カールはわざとらしく肩をすくめると、アニーとは反対側に立ち、帆布に取り付けられた小さな紐を枠組みの木に結びはじめた。
「カビル卿!?」
「退屈なんだ。こういう仕事も冒険の楽しみだろ?」
「貴族はそういった仕事はするべきでないと思います」
「私は平民出身だからね」
カールに仕事をさせないためか、アニーはペースを上げてあっという間に帆布を枠組みに固定してしまった。結局カールが手伝ったのは三ヶ所だけだったが、アニーを機嫌を悪くするには十分だったらしい。「水を汲んできます」といってアニーはバケツを持って小川の方へ行ってしまった。
「カールさん、イスをどうぞ」
モナが折りたたみイスを持ってきて、日よけの中に置いた。その向うで、ミアミが折りたたみテーブルを運んで来る。
「ありがとう」
カールはモナに礼を言って微笑みかける。モナが嬉しそうにした隙にミアミに近寄り折り畳みテーブルに手をかける。
「私がやっておくよ」
「カールはお客さん。これは私たちの仕事」
「何もしないのは退屈だし、私が手伝った方が昼食も出発も早くなるだろ?」
「……それもそう」
ミアミはあっさりとテーブルをカールに渡した。カールは折りたたみテーブルの天板を開き、組み立てた脚の上に載せ固定し、イスの近くに置いた。次の仕事を探そうとすると、ノーラがかまどの上に鍋を設置し終えたところだった。その隣にはフライパンも置いてある。かまどは大型なので同時に二つの料理が作れそうだった。
「何か手伝おうか?」
手持無沙汰なカールはとりあえずイスにクッションを置きに来たモナに聞いてみた。
「これからノーラが料理をしますのでカールさんはこのイスに座って休んでいてください」
「ん、そうか」
「カールさんはお客様ですから。あ、あれがミアミ自慢の冷蔵魔法です。夏は特に便利なんですよ」
少し離れたところで、ミアミは自分の馬に載せていた箱を一つ開け、中から布で包まれた別の箱を取り出していた。それは銀色の金属でできた箱で、開けると中から水滴が白い煙となって立ち上った。ミアミは箱に手を入れると、中に肉と野菜を取り出した。野菜はタマネギ、人参、マンドラ・ビーツにニンニク、肉は鶏肉のようだった。
「あー、今日は鶏肉なんですね。ヘルメサンドにいると羊ばっかりなんで嬉しいです」
川から戻ったアニーが鍋に水を入れる。バケツが小さいからか、アニーはもう一度川へ向かった。ノーラはかまどに火をつけ、ミアミは包丁を取り出し野菜や肉を切り始める。モナだけはカールの横でニコニコしながら立っていた。
「モナは働かなくていいのか」
「カールさんの傍で護衛をしています」
そんなモナに、ミアミに声をかける。
「モナ、切るのを手伝って」
「あー、呼ばれちゃった」
さぼりに失敗したモナはミアミの隣に並んで腰かける。包丁は一本しかないのでタマネギの皮でも剥くのかと思っていると、神官服の中から小振りな短剣を取り出し人参を切り始めた。それで野菜を切るのかと思ったが、モナは案外慣れた手つきで人参の皮を剥き一口大に切っていった。
アニーの方を見ると、十分な水を汲み終えたらしい彼女は馬に水を飲ませるため二頭ずつ川に連れていくところだった。馬はもう三頭残っている。
「ストロボルムさん、私も手伝おうか」
「結構です。カビル卿は座ってお待ちください」
さすがに三度断られるとカールも手伝うとは言い出し難くなり、しかたなく折り畳みイスに座りアニー以外の三人の動きを観察することにした。モナとミアミは何かを小声で話しながら楽しそうに肉や野菜を切っている。所々で「カール」とか「シェーン」などが出聞こえてきたが気にしないことにする。ノーラは火をつけ終えると、小さな袋に入った乾燥したヒヨコ豆を鍋に入れていた。手持無沙汰のカールは椅子を立ってノーラの近くまで行く。
気配を感じたノーラはびくっと身体を固くし、ゆっくりとカールの方を振り向いた。
「やあ。ノーラは少しいいかな」
ノーラは少し戸惑いながら頷いた。
「ヒョーと働いているんだっけ」
「カビル卿、私は……その」
「カールでいいよ。ヒョーだってかしこまった話し方をしろとは言わないだろ?」
「はあ、まあ」
ノーラはカールよりも火にかけた鍋が気になるらしかった。ちらちらと横にある鍋を伺っている。
「仕事は続けながらでいいから」
「ありがとうございます」
鍋が沸騰をし始め、ノーラは木のお玉を使って時々中をかき混ぜる。黄色いヒヨコ豆が沸騰に合わせて鍋の中を上下していた。
「ヒョーは元気にしているのかな」
「ヒョー、様は、変わらないと思います。今は島の外なのでわからないのですが」
ミアミが切った野菜と肉を木製のボールに入れ持って来た。ノーラはそれを受け取るとすぐに鍋に放り込む。
「ノーラは冒険者? それともヒョーの部下なのかな」
「私は一応冒険者でもありますが、普段はヒョー、様からお給料を貰っています。ヘルメサンドの新兵に弓の扱いを教えています。正規の軍人さんはみな弓を使ったことが無いので、私が基礎を教えているんです」
ノーラがヒョーを呼ぶとき、時々名前と様の間に妙な間があった。おそらく普段は呼び捨てにしているのだろう。
「相当な弓の腕前なんだろうね。その腕を発揮したくて不思議島に?」
「弓は人並みに。私はこの島の生まれです」
「この島? ノーラは不思議島の生まれなのか」
「はい。北の方にある村で生まれました。今回行くエプルア山脈の方です」
不思議島には発見当初から入植者がいた。新大陸と同じように新天地として不思議島に渡った者もいれば、様々な事情で故郷を追われた人たちもいた。発見当初の不思議島にはそこら中に怪物がおり今よりもはるかに危険な場所だったが、無償で土地が手に入ると聞き島に渡った者は多かった。カールもある程度経験を積んでからだが、冒険者として開拓村の護衛や新しい土地探しを手伝ったことがある。ノーラの両親もそういった開拓民なのだろう。もしかしたら幼いノーラと顔を合わせているのかもしれない。
「島が故郷か。少し羨ましいな」
「そうでしょうか? 私はこの島しか知らないのですが、ここにいる人たちは皆早く成功を収めて島を出たがっています。アニーもモナも」
ノーラがかき混ぜる鍋からいい香りが漂ってくる。
「モナは金持ちと結婚して王都で暮らしたいと聞いているけど、アニーもなのか。そうは見えなかったけれど」
「彼女の家は、元々貴族だったそうです」
そう言われてカールは頭の中にある貴族のリストを上から下までさらってみた。しかしストロボルム家という貴族に心当たりは無い。カールが社交界デビューを果たした二年ほど前には既に貴族の地位を追われていたのだろう。
「アニーは冒険者として手柄を立てて、カール様のように貴族になることが目標みたいです」
「なら、私の護衛で不機嫌になるのも当然だな。山に花を摘みに行く仕事では武勇の立てようがない」
「自業自得なんですけどね」
「どういうことだ」
「詳しくは本人に聞いてみてください。私が余計なことを言うと機嫌を損ねそうなので」
「ノーラ、これ次のお肉と野菜」
モナが小さな木の器に入った野菜の細切れと肉をノーラに渡した。てっきりカールの傍に居座るのかと思ったが、すぐにミアミの方に戻っていった。ノーラはフライパンを火で熱した後にオリーブオイルをたっぷり入れ、そこにモナから受け取ったみじん切りにしたニンニクを加えた。ニンニクが油で熱せられ、食欲を刺激する香りが辺りに漂う。
作業がひと段落したところでノーラの方からカールに話しかけてきた。
「カール様の事は、よくヒョー様から聞いています」
ノーラは熱したオリーブオイルの中に鳥の胸肉を入れ焼き始める。それほど空腹を感じていたなかったカールの腹がきゅっと鳴った。
「腕の立つ戦士だったとか、ホルン様の機嫌を損ねた時に仲裁を頼んだとか、一緒にいると女性を口説けず困ったとか」
「ヒョー相変わらずなんだな。今も女性関係のトラブルが多いのかな?」
「知りません」
ノーラは少しだけ頬を膨らませた。
「それよりもカール様、一つ聞いてもいいでしょうか」
「何かな」
「どうして今島に戻ってきたのですか? ホルン様がヘルメサンドにいないからですか?」
予想外の質問にカールは言葉に詰まった。ノーラはそれを肯定と捉えたらしく少しだけ険しい表情になる。
「ホルン様は事ある毎にカール様の名前を出していたそうです。私も、何度か耳にしています。カール様がいればとか、カールに頼めればとか」
「ホルンがそんなことを……」
カールは十年近く一緒に過ごした女性の顔を頭に浮かべた。ホルンとカールは親友で、兄妹で、ついに恋人や夫婦にはなれなかった。ホルンの求婚を断り、島を出たカールは何となく顔を合わせにくく、今回会えないと知り残念に思うと同時に少しほっとしたのも事実だった。とはいえホルンの不在を知ってから島に来たわけではない。
「今回の件は偶然だよ。私は元々ホルンやヒョー達と会うつもりで来たんだ。遠征があるなんて聞いてなかった。ほとんど入れ違いだったのだろ」
「そうですね。ホルン様がヘルメサンドを出たのはカール様がくる三日程前でしたから」
ノーラが鶏肉をひっくり返す。焼けきっていない面がじゅっと音を立てて焼け始める。
「遠征中にカール様が到着すると知って、ホルン様は随分と機嫌を損ねていました。神様にも悪態をついていました」
ノーラはフライパンを見つめたまま言った。
ホルンが信仰する神はアーサ神族のイズナで、寛容さの象徴だ。信者が多少悪口を言ったところで気にはされないだろう。
「護衛にモナとミアミを指名したのはホルン様です。後からいつも二人とパーティを組んでいるアニーと私も加わりましたが、最初はあの二人だけだったんです」
玉の輿を狙うモナとカールの父親に今でも恋をするミアミの二人では護衛としても荷物持ちとしてもあまり頼れなかっただろうし、余計な心配事が増えそうだった。おそらく一人旅の方が倍は楽になっただろう。
「たぶん、ホルン様は少しだけ苛々していたんだと思います」
「薄々そんな気はしていたよ」
「今回は無理かもしれませんが、次回はちゃんとホルン様に会えるタイミングで来てください。今度は誰がとばっちりを受けるかわかりませんので。ヒョーだってご機嫌斜めなホルン様に余計な事を言ったから本土に飛ばされたんです」
「わかったよ」
どうやらノーラもホルンのイライラの被害者の一人だったらしい。もう一度島に渡る予定を作らないといけないな、カールは焼けている鶏肉を見ながら溜め息をついた。
「ところで、カール様はモナをどうするつもりなんですか」
先ほどとは少し違うトーンと小声でノーラが尋ねてきた。その目は子猫の様に好奇心で輝いている。
「どう、とは?」
「あの子の玉の輿になるつもりはあるんですか?」
「私はそういうことには縁がないんだ。君も噂くらいは聞いているだろ」
「知っています。でも、モナがいつも以上に入れ込んでいるように見えるんです。泣かせる女性はホルン様だけにしてくださいね。モナは大事な友達なので」
「その点については、私の信仰するリーゲル様に誓って約束するよ。モナに手を出すつもりも無いし、できないからね」
「……リーゲル様は多産の神様でしたよね? リーゲル様に誓ってモナに何をするつもりですか」
ノーラがあきれたように言った。
「宿屋の神様だよ。私の宿屋の子供として育ったから」
「まあ、もし手を出したのなら責任を取ってくださいあと、ホルン様にはきちんと話をしてからお願いします。きっと激怒すると思うので」
「一応、覚えておくよ」
ノーラはフライパンを火から上げる。どうやら調理が終わったらしい。 ノーラは「失礼しますと」その場から立ち上がると、いつの間にかテーブルの上に設置されていた皿に鶏肉のオリーブ焼きを載せる。すかさず、モナがパンと果物をテーブルに置き、ミアミがスープを器によそい始める。
アニーも全ての馬に水を飲ませたらしく、木に馬の手綱を縛り直していた。やがて全ての準備が完了し、カールのテーブルに昼食が並べられた。鍋で煮込まれた塩味の鶏肉と豆のスープはマンドラビーツが入っているので真っ赤だ。それにパン半切れ、チーズ、鶏肉のニンニク焼きと付け合わせの野菜、さらにあまり馴染みのない柑橘系の果物が添えられていた。野外の昼食としては十分な内容だ。
「君たちの分は?」
モナ達の前にテーブルは無く、彼女達が手にしているのは器に入った鶏肉と豆スープ、そこに突っ込まれたパンとチーズだけだった。
「え、これだけですよ」
モナが当然という表情でスープに浸したパンをほおばる。
「モナお行儀が悪い。カビル様は貴族ですので特別なメニューを用意しました。これでも当初の予定よりは減らしています」
アニーがそう言いながら姿勢を正す。湯気を上げるスープには口ひとつつけない。カールが食べ始めるのを待っているようだった。
「何か悪いな」
「お気になさらず。お召し上がりください」
若干気がひけたが、カールは自分にだけ出された鶏肉を、これまた自分にだけ出された金属製のナイフとフォークで切り分けて食べた。ミアミの魔法のおかげか、鶏肉は新鮮で美味かった。
「これはいいね。私が冒険者をしていた頃は肉と言えば塩漬け肉か干し肉、たまにヒョーが穫って来るウサギとかばっかりだったよ」
「そうなんです。だからミアミは貴族のお供に人気なんですよ。私の方が可愛いんですけど、あんまり需要がないんですよね。治癒の奇跡は街でも見れますし、危険な観光を希望するお客さんは少ないんですし」
モナはすごい勢いでパンとスープを平らげ、鍋に残ったスープをよそいにいく。てっきりアニーが注意するかと思ったが、アニーは黙々と食事をしているだけだった。
「本土では普段、どんな物を食べているんですか」
先ほど話したことで距離が縮まったノーラがカールに尋ねた。
「最近の貴族は新大陸の物を食べるのが流行っているよ。トマトとかトウモロコシとかを使った料理とか砂糖をたっぷり使った揚げパンとか」
「トマト、真っ赤な野菜ですよね。このスープみたいな感じの色なんでしょうか」
「トマトの方が明るい赤かな。それに結構酸味があるんだ。本当はかなり甘いらしいのだけど、ノスアルクは寒い国だからきちんと育たないらしい。新大陸は暖かい土地らしいからね。あとはコーン茶とかコーヒーを飲むな」
「あ、コーヒーなら飲んだことあります。あの苦いやつですよね」
そんな会話をしながら食事をしていると、一足早く食べを終えたアニーが剣を持って立ち上がった。
「少し体を動かしてきます。カビル卿はごゆっくり」
アニーは林の中に姿を消した。その後ろ姿をカールが見ていると、モナが座りながら丸太を移動し、カールの近くまで来る。
「あんまり見ないでください。お手洗いですよ」
「お、すまない」
「モナ。カールに変なこと言わない。あれは本当に素振りに行ってるの。彼女、戦いたくてうずうずしているから。カールは剣が得意?」
「まあ、多少は」
「なら時間があったらアニーと手合わせしてあげて。きっと喜ぶ」
「それは助かります。私もたまにアニーに付き合わされるのですが、山刀で藪を切るくらいならできますけど人を切る刃物の使い方はちょっと苦手で」
「ノーラはすごいんですよ。最初の立ち会いでアニーから一本取ったんですから」
「あれは奇襲が成功しただけ。あれから剣の稽古に付き合わされて大変なんだから」
「アニーは思い詰め過ぎなんです。本土に残した家族が気になるのはわかりますけど、平民が貴族になんて基本的になれないんですから」
モナがそう言うと、ミアミとノーラが笑う。
「モナ、自分のことは棚上げ?」
「私はもう運命を見つけたから。ね、カールさん」
「ノーラは本土に行きたいとは思わないのか」
「あ、スルーですか? ちょっとモナ悲しいです」
ノーラとミアミはわざとらしく泣きまねをするモナを手のかかる妹を見るような温かい目で見る。ミアミはともかく、ノーラは島で生まれたのならどんなに年を取っていても十五歳。モナの方が間違いなく年上なのだが。
「私は島しか知りません。本土には機会があれば行きたいとは思うんですけど、どちらかと言えば新大陸に行ってみたいです」
「でも、ノーラはヒョーさんがいる限り島から出ないよね。今回は置いていかれちゃったけど」
「モナ!余計な事言わないで」
ノーラが少しだけ顔を赤くする。
「またまたー。私の運命の人がカールさんなら、ノーラの運命の人はヒョーさんでしょ? 知ってるよ。二人で仲良さそうに狩りに出かけてるでしょ」
「あれは訓練。それに私とヒョーじゃ身分が違い過ぎる。ヒョーは貴族だし、私は不思議島の狩人の娘だもの」
先ほどからノーラがヒョーを呼び捨てにし始めた。これがいつもの呼び方なのだろう。
「私だって平民だけどカールさんと一緒になるよ?」
「いや、そんな約束はしていないのだけれど……」
「ノーラも気があるならガンガン行かなきゃ。私の見た所、ヒョーさんもまんざらじゃない感じだし?」
「あの人は、私にとってその、兄みたいなものだから、そういうのじゃないの。そう、ミアミの、ミアミの運命の人は誰なの」
話を振られたミアミは首を傾げ、それからカールを見て目を細めた。
「私の運命の人は、カール・カビル」
「えっ」
「ちょっとそれ私の」
ミアミの言葉にノーラが驚き、モナが勝手に所有権を主張する。
「……のお父さん」
続いた言葉にモナが安心し、事情を知らないノーラは疑問を浮かべ、カールの笑顔が引きつった。それからミアミは、聞き慣れない言葉、おそらく東洋の言葉でぽつりと何かを呟いた後、困った顔をしたカールを見て笑った。
「カールったら変な顔。大丈夫。あなたを見て思い出しただけで、もう乗り越えてるから。ねえ、運命の人がいる私たちよりも、アニーに素敵な人を探さなくちゃ」
「確かに! その通りだね」
ミアミの言葉にモナが真剣に悩み始める。
「うーん、アニーもいっそ、どこかの貴族に見初められればいいのに。ちょっと背が高くて、普通の男性よりも強いだけで根は優しいいい子なんだけど。カールさん、心辺りはありませんか」
「どうだろうね。新大陸で一旗揚げようとする若い貴族ならあるいはアニーみたいな女性とうまくいくかもしれないな」
「私は、アニーは狩人のお嫁さんが向いてると思う。旦那さんと一緒に山に入って、怪物や動物を狩るの」
「いいかも。でもアニーなら弓矢よりも剣を持って突っ込んでいきそうだけどね」
「本当、そう」
少女たちはくすっと笑い、アニーの運命の相手についてああでもない、こうでもないと議論をはじめた。カールは時々相槌を打ちながら、何だかんだでこの三人がアニーのことを気遣っていることを知り安心していた。
そんな話をしながら四人は食事を終えた。アニーが戻ってくると食器や鍋を落ち葉や川の水でさっと荒い、日よけやテーブルを素早く馬に積み直す。太陽が真上に上がる頃、五人は再び馬に揺られ最初の目的地、アブロテンを目指して旅を再開した。
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