第6話 買い物(2)

「弟が冒険者を辞めた理由ですか? 本人は危険な生活から離れたかったと言っていましたけど、本当は姉妹を助けるためだったんだと思います。私の夫をボラリッチリさんに紹介してくれたり、他の異母妹や異母弟を探して援助をしたりしていたみたいです。私たちの父親、あのシェーンの代わりに罪滅ぼしをしているんです。いい子なんですよ、私の弟のカールは」

ノスアルクのとある商人の妻ヘンリカ・ヘルナル

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 武器屋から出ると、モナが満足そうにカールの剣を見ていた。自分が選んだ剣が選ばれたことが嬉しいらしい。


 「さっきのコートもだけど、いい目をしているね」

 「ありがとうございます。道具の相性を見るのは得意なんですよ」

 「それもマルデル様の奇跡かな?」

 「いえいえ、訓練の賜物です。自分に合った道具をぱっと見つけてくれる人がいたら、なぜって興味を持つでしょ? だから人の筋肉の付き方とか身長を観察して、どれくらいの道具が合うか色々試したんです」


 どうやら玉の輿に乗るための訓練の一つだったらしい。それでもそう簡単にできることではない。


 「次はどちらに行きますか? 武器の次だから鎧ですか?」

 「防具はコートだけで十分だよ。何も危険な場所に行くわけじゃないんだしね。次は魔法の道具をそろえるつもりだ」


 カールが武器屋と同じ通りをまっすぐ進むとモナがそっちにお店あったかなと呟きながら着いてくる。


 「カールさん、魔法が使えるんですか?」

 「少しだけね。念のためマジック・ポーションを買っておきたいんだ」

 「おお、お金持ち!」


 マジック・ポーションはかなり高価な道具だ。そもそも魔法は不思議島以外では使えないし、大抵は一日に数回しか使えない。駆け出しなら一日三回程度、十年くらいのベテランでも一日に十以上魔法を仕える者はほとんどいない。マジック・ポーションを飲むと、三回しか使えない魔法を何とか四回目が使えるようになったりするのだが、一本当たりの値段はかなりする。


 「ここ行きつけの店が……あったんだけれど」


 カールは先ほどの武器屋から通りを挟んで数軒先の建物の前で足を止めた。二年前、そこは老婆が経営する魔法の品を扱う店があった。今は店構えこそ同じだが看板が変わっている。パン屋になったようだった。


 「ここが魔法の道具屋だったんですか」

 「少なくとも二年前はね」

 「私が島に来た頃にはもうパン屋さんでしたよ。ここのパンはふわふわしていておいしいんです。私もたまに神殿の子供たちに買っていきますよ。一番のおすすめは」


 モナが話している間に、街の住人らしい親子連れがパン屋の扉を開き中に入っていった。鐘の音が響き、中から店員の元気のいい声が聞こえてくる。


 目を凝らしてみると、パン屋の扉はかつて魔法具屋だった頃のものと同じようだった。昔カールがかけてしまったポーションの染みが僅かだが残っている。かつて何度も通った店が、今は知らないだれかの所有となり、冒険者ではなない人々が通うようになっている。カールは町の変化にまた一つ寂しさを感じた。


 「モナ、魔法の道具を扱ういい店を知っているかな」

 「もちろんです案内しますね」


 モナは職人通りの奥、魔法使いが多く集まる区画にカールを連れて行った。モナは途中ですれ違った何人と知り合いらしく挨拶を交わしている。やがて二人は路地にある小さな店に着く。

 雰囲気はどことなく一件目の服屋に似ていて、一見すると普通の民家の様でだが、小さな窓にかけられた日覆いに目立たぬ感じに箒に乗った魔法使いの看板が掛けられており、窓の下には一見普通の花だがよく見ると不思議島でしか取れずポーションの材料にもなる花が植えられていた。


 「隠れ家的でいいと思いません? 私こういう雰囲気好きなんです」

 「店が隠れて、商売になるのか?」

 「前は立て看板もあったんですけど、最近店主が身体を悪くされて引っ込めたそうです。あと、今の店番の子が読書を邪魔されたくないとかで」


 そんな店で大丈夫なのか、カールがそれを口にする前に、モナは扉を開け、店の中に入ってしまう。仕方なくカールもそれに続く。


 店内は薄暗く、いかにもといった感じの魔法の店だった。虹色の葉っぱや光る鉱物、ガラス瓶に入った赤や青の液体や砂がきれいに陳列されている。カールがよく使っていた冒険者街の魔法使いの店は常に散らかっており、目当ての商品を探すだけでもちょっとした冒険だったが、ここの店主は几帳面な性格らしい。


 「あら、モナじゃない。またお腹でも壊した?」


 店のカウンターの向こうに細身の少女が座っていた。黒い髪と肌の色から東洋系と見て取れる。身体は平均的で、大人びた雰囲気があるが十代後半くらいのようだ。まっすぐに揃えた前髪の下に切れのある猫の様な目を輝かせていた。

 少女は読んでいた古いめかしい本をカウンターに置き、何かを期待するように店に入ってきた二人に目を向けた。


 「ううん、今日は違うの。お客さんを連れてきたよ」

 「あなたはいつも予想外のことをする。私はまだ心の準備ができてなかったのに」

 「どういうこと?」

 「そちらの方がカール・カビル卿でしょ」


 黒髪の少女がカールを見た。数年振りに会う親戚の子供を見る様な何かを懐かしがるような、そんな視線だった。しかしカールは黒髪の少女に見覚えがない。


 「ミアミはカールさんの事知ってた?」

 「この島に来て四年目だもの。街ですれ違ったことくらいある。それに、シェーンさんにはお世話になったから」

 「!?」

 

 ミアミと呼ばれた黒髪の少女の口から出たのは、カールの父親の名前だった。過去に父親関係で様々なトラブルに巻き込まれたカールはその名前を耳にして動揺した。


 「私の父を知っているのか?」

 「ええ。私がこの島に渡る時に色々と助けてくれた。私の命の恩人」


 ミアミは懐かしそうに微笑んだ。カールを見るミアミの目はどこか遠くを見つめている。カールの顔を通して父親を懐かしがっているようだ。カールは父に会った事はなかったが、良く似ているとは聞いていた。

 カールの父親シェーンは女性関係のだらしなさで有名だった。カールは目の前の東洋人の少女が父親の被害者の一人であるかもしれないと不安になった。


 「一つ確認させてもらいたいのだけれど」

 「何か?」

 「私の父シェーンと君はどういう関係だったのかな」


 ミアミは少し首を傾げ、それから声を立てて笑った。


 「ああ、安心して。あの人は私には手を出さなかったから。私はそれでも良かったんだけど、あの頃の私はまだ子供過ぎた。寝込みを襲ったこともあるけど枕で返り討ちにされた」

 

 楽しそうに話す少女を見て、カールは複雑な気持ちになる。目の前の少女の様にシェーンに悪い感情を抱いていない女性も稀にいた。だが、あの男に関わったことで人生を狂わせたり、迷惑を被った可能性はあった。むしろ頭ごなしに罵られた方が安心できるくらいだ。


 「え、どういうこと? ミアミってそんなに情熱的だったの? 私の恋愛話なんて一切聞いてくれないのに? しかも相手はカールさんのお父さん?」


 モナがカールとミアミの間で視線を泳がせる。


 「モナは知らない? 大陸一の結婚詐欺師シェーンのこと」

 「ん、聞いた事があるような、ないような」

 「シェーンさんは優しくて、強くて、素敵な人だった。見た目はカビル卿に似ているけど、人を惹き付ける不思議な魅力がある人で、どんな女性でもシューンさんに愛を囁かれたら一瞬で恋に落ちた」

 「さすがカールさんのお父様。でも結婚詐欺師って?」

 「シェーンさんはすごい女性が好きで、好みの女性がいるとすぐに口説きに行ってた。私と一緒にいる間も十人くらいと関係をもってたかな。村娘から伯爵令嬢まで何百人もの乙女の心と身体を奪っていったの」

 「あれ、最低の男じゃないですか」


 モナは恋に恋する乙女の表情から服にこびり付いた落ちない汚れを見るような冷めた目をカールに向けた。


 「一応言っておくけれど、私は父親とは違う人間だし、大嫌いだ。そもそも私は立たずのカールだからね。女性関係は潔癖そのものだよ」


 シェーンをけなされたからか、ミアミが少し眉をひそめる。


 「あの人の魅力は一度会えばきっと分かったと思うけど。まあ、シェーンさんとカール・カビル男爵は血のつながり以上の関係は無い。私もカビル卿の女性関係の浮いた話はホルン様以外に聞いたことないし。それに、確かに、シェーンさんは最低な人だった。あちらこちらで女性に手を出して、結局最後は、昔寝取った女性の旦那に刺されて命を落とした」

 「天罰ですね。当然です」

 「私もそう思うよ」

 

 カールは天罰というモナの言葉にすぐに同意した。カールの母とカールの人生、多くの異母兄弟姉妹の人生を狂わせた男は殺されて当然、そうカールは思っていた。そんなカールに、ミアミは意外そうな顔をした。


 「あなたはお父さんのこと嫌いだった?」

 「好きになりようがない。私の母親を騙して捨ててた男だ。あの男のせいで不幸になった人は数えきれないほどいる。殺されて当然だ」


 シェーンに騙され、カールを生んだ母親はすぐにカールを憎むようになった。カールが物心ついた頃、シェーンに似ている顔を見たくないと捨てる様に遠い親戚に養子に出し、それ以来一度も顔を合わせていない。


 「世間が何と言おうと、あの人は私には優しかった。亡くなった時は悲しかった。カビル卿、もし必要ならシェーンさんを埋葬した所を教えるけれど」

 「君は、あの男の最後を看取ったのか」


 ミアミは静かに頷いた。


 「そうか。正直、あの男に関わりたいとは思わない。墓の場所は君の心の中だけに留めておいて欲しい。もし知ってしまったら、兄弟の誰かがあばきにいくかもしれないからね」

 「そう、あの人は息子が訪れたら喜ぶと思うけどね」

 「すまない、あの男が眠っている土地には近づきたいとは思わないよ」


 カールとミアミの気まずい沈黙が流れた。

 一人蚊帳の外に置かれていたモナがわざと大きく明るい声を出した。

 

 「ところで、カールさんは魔法屋にマジック・ポーションを買いに来たんですよね。ミアミ、今何本ある?」


 モナの気遣いに、ミアミはじっとカールを見つめていた視線を外し、カウンターの後ろにある棚の中を確認した。


 「明日持っていく物があるから売れるのは三本」

 「明日?」

 「あ、言い忘れていました。こっちのミアミも明日からの旅に同行するんですよ」

 「君も冒険者だったのか」


 ミアミは華奢で肌も青白い。ずっと家の中に籠もり本を読んでいる様なタイプで、とても屋外で怪物と戦ったりするようには見えなかった。


 「冒険者じゃない。でも時々頼まれて旅に同行することはある。お金ももらえるし、時々珍しいものも見れる」

 「ミアミはもう魔法を三つも使えるんですよ! 不思議島の若手魔法使いの中じゃあ一番なんです」

 「それはすごいな」

 「ちなみに私は癒しの奇跡しか使えません!」


 またモナが胸を張る。


 (一つでは自慢にならないだろうに)


 「私も戦闘向きの魔法は一切使えないから期待はしないで」 

 「ミアミがいるから私たちもおいしいごはんが食べられるんですよ。期待してていてください」


 調理の魔法などあったかな、カールはそんなことを考えているとミアミはカウンターの奥にある棚からマジック・ポーションを取り出しカウンターの上に並べた。

 

 「マジック・ポーションの在庫はこれだけ」


 ポーションはガラス瓶に入った液体で、容器の大きさは全て同じだったが中に入っている青い液体の濃さが微妙に異なっている。


 「右から、ちょっと、それなり、たくさんのマジック・ポーション。カビル卿は何回魔法を使えるの」

 「カールで構わないよ。私も元々はただの冒険者だ。私は保温の魔法を二回、竜鱗の魔法が一回」

 「なら、それなりのマジック・ポーションなら保温がもう一回使えて、たくさんなら竜鱗がもう一回か保温がもう二回使える。ちょっとのポーションじゃ飲んでも変化が無いと思う」


 ミアミは三本の内、一番色の濃いポーションを棚に戻す。普通、効果の高いポーションほど色が濃い傾向があるので、カールはミアミの行動に不信に思った。


 「質は信じても大丈夫かな。一番良さそうなのを棚に戻したけど」

 「うちのは薄い方が効果出る。安心して。恩人の子供をだますようなことはしない」

 「大丈夫、ミアミが作るポーションの質は私が保証します!」

 モナは親指を立てカールに向けてウインクをした。カールは心の中で自省する。父の話を聞き、少し苛立っていたようだ。明日から一緒に旅をする仲間を不快にさせたところでメリットは一つもない。


 「すまない。久しぶりに父の話を聞いて少し動揺していた。ではそれを二つもらうよ」

 「大丈夫。私も忘れかけていた思い出を思い出せたから。ちょっとだけまけてあげる」


 ミアミが提示した金額はかなりの高額だったが、マジック・ポーションの価格としては妥当に思えた。カールは財布から金貨を一枚出すとミアミに渡す。ミアミは金貨が本物であることを確認するとそれをカウンターの引き出しに入れた。


 「ありがとうカール。きっと役に立つから」

 「え、呼び捨て?」

 「カールがカールでいいと」

 「でもカールさんは貴族だよ。私だってさんづけなのに」

 「本人が呼び捨てでいいといいっているし、シェーンさんもカールって呼んでいた」


 カールはそれを聞いて驚いた。父が自分の事を認識していたとは予想外だった。あの男は母を身籠らせた事すら気づいていないと思っていたのだ。


 「かまわない?」


 名前の件を確認するミアミにカールは頷いて返す。悔しがるモナを横目に、ミアミは二本のポーションが入ったガラス瓶を厚めの布で包みカールに渡すと、小さな右手を差し出して来た。


 「よろしく、カール」

 

 自分に向けられるミアミの嬉しそうな視線に、カールは居心地の悪さを感じた。他人から見られることには慣れていた。社交界では見世物にされることも多かったし、冒険者時代も街を歩いていると女性や男性から声をかけられた。しかし、ミアミのようにカールにシェーンの面影を見つけそれを愛おしそうにする女性は初めてだった。

 カールは顔を引きつらせながらミアミの手をゆっくりと握り返す。そして心の中でミアミを護衛に加えたホルンに文句を言った。


 次の買い物に向かうカールとモナを見送った後、ミアミは首から下げた小さなロケットの蓋を開けた。中には一房の金髪が入っている。すっかり色あせたているが、かつてはカールと同じ色をしていた。


 「忘れようと思っても忘れさせてくれないのね、シェーン。これも運命なのかしら」


 ミアミはそっとロケットの中の髪を撫でると、蓋をした。それから、カウンターの上に置いた読みかけの本を手にとり読書を再開した。

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